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その6 異世界、再び

 気が付くと、俺はベッドに仰向けになっていた。

 最初に視界に入ってきたのは、真っ白なシーツ。そして体の下にあった山吹色の綺麗な髪。


「ミ、ミキト……?」


 何だか久しぶりに聞いた気がするリーフの声が、俺の名前を呼んでいた。


「リーフか。ここは……」

「え、宿舎の私の部屋だけど……ってあ、貴方一体何処からっ!」


 お互い状況が飲み込めていないが、とりあえず手を付いて体を起こそうとする。そして手のひらが奇妙な弾力あるものに触れている事に気が付いた。

 何だこれは? ふにふにとその柔らかな感触を確認する。


「ちょ、きゃあっ!」


 リーフは自分の胸に宛てられている手を見て小さく悲鳴を上げ、その持ち主(つまり俺だ)を跳ね除けた。


「あなた! 一日ぶりに姿を見せたと思ったら、こんな夜更けに人の部屋に来て、い、い、いきなりなにしよっと! このド変態!」

「誤解だ! いや確かにちょっと触ってもにもにしたのは事実だけどな!」

「な、何でちょっと威張ってるのよ! バカ!」


 ちょっと心に余裕ができていたのか、軽口を叩いた自分に少々驚くリーフと言い合うのも久しぶりな気がした

 顔を赤らめたリーフは、胸の辺りを隠すようにシーツを抱き抱えていたが、すぐにハッとした表情に戻り、俺に詰め寄ってくる。


「お嬢様がいなくなったの!」


 昨日の夜に分かれた後行方が分からず、宿舎にいる者総出で探したが、付近にその姿を見つけることはできなかった。本格的な捜索を行う為、現在警務省が計画を立てている。今は一旦休めと命じられたので、自室に戻った所だったという。

 説明を終えた時、彼女の表情は青ざめたものになっていた。


「……すまん。それはゼーガミキトの仕業だ」

「え? ゼーガミキトって魔導公爵の? 彼がって……どういうこと」


 俺は困惑している彼女に、簡単に事情を説明した。





「そんな……。じゃあお嬢様は……マリナは第五精霊王に連れ去られて、触媒として生贄にされるって事⁉」

「ああ。奴の目的が本当なら膨大なマナを生み出すために使われるはずだ」

「……っ! あなた良く落ち着いていられるわね! 大体連れ去られた時にあなたがいながら……!」

「そうだ! 俺のせいだ! だから落ち着けリーフ! させる訳ないだろう! そうさせないために俺は戻ってきたんだから!」


 青ざめた顔のまま、俺のティーシャツの襟を掴み取り乱すリーフを一喝する。普段冷静な彼女がここまで取り乱すのは見たことがない。


「俺がいたのに連れ去れたのは申し開きもない。ただ、それはマリナを取り返したら存分に聞く。今はあの精霊王からマリナを取り返す事だけを」


 リーフは襟を握って俯いたまま項垂れている。


「時間はあまりない。今は何時だ?」

「……今は標準時五時十七分よ」


 マリナと部屋にいたのは二十三時頃だったから、六時間近く経過していることになる。

 恐らくヤツは今日にも実行に移すに違いない。


「ユキ。第五精霊王が何処にいるかは分からないか?」

「灰の王の居城じゃないかな。聞いたことがあるよ。森の中にあるって」

「森……か。それだけだと大分アバウトだな」

「でもこの場合は灰の王を追うより、マリナ譲を追った方が分かり易いかも」

「マリナを?」

「精霊堕ちの精霊はマナがちょっと特殊なんだよね。だから何となくな場所なら分かるんだ」

「なるほど、それなら場所は絞れそうだな。リーフ地図はあるか」


 今だ俯いたままのリーフだったが、キッと顔を上げると決意の表情を見せる。


「たとえ相手が精霊王でも、私はお嬢様を取り戻すわ」


 小さく詠唱して魔法を発動させると、空中に地図を表示させた。


「こっちはアラント、これがゾーンハイムとヴェリタニアの地図。ガーランドのは、確かこの地域にあったはず……あ、そうだ」


 リーフは名前を知らない国名を挙げながら、幾つも表示させた地図の一角を指さした。


「ゾーンハイムには二百年ほど前に風の精霊王(シュトゥルム)の居城があったって、契約していた精霊に聞いた事があるわ。今はいないらしいのだけど、別の精霊王がたまに来てるって文句を言ってた」


 ユキは指さされた国の地図を見て頷くと、目を閉じる。


「うん、ちょっと遠くて感覚が薄いけど、そっちの方からマリナ譲のマナを感じる。座標は多少違うかもしれないけど、多分そこですねぇ」

「決まりだ。まずそこへお邪魔するとしよう。リーフ、一番近いルートを教えてくれ」

「いきなり行くのは無茶だわ。国境を越えるか外務省を通して正式な許可を取らないと。先の話じゃ、第五精霊王……ガーゼミキトはゾーンハイムと関係ないってことでしょう? 下手に動くとそれこそ戦争になってしまうわ。それはお嬢様の望む事ではないし」


 リーフが悔しそうに唇を噛む。


「うん、まあ転移で飛んでみてからでいいんじゃ」

「転移? なんだ、そんな便利そうな魔法があるのか」


 ユキの発言に希望を見出すが、リーフが訝しんだままである。


「転移って……もう百年以上も開発中の魔法じゃないの。実現された何て話は聞いた事ないわよ?」

「魔法じゃないよ。ぼくに与えられてる能力の一つさ。正確にはごしゅじんを元の世界から引っ張ってきた応用。座標を二つの世界から取ってきて一方を入れ替えることでー……って仕組みはどうでもいいですね、あはは」

「……精霊にそんな能力があるなんて聞いた事がないわ。また適当な事を言ってるんじゃないでしょうね」

「しっつれいなー。名前以外はちょっと思い出せたんだからねぇ」

「え、名前って。貴方の真名はユキなんでしょ?」

「いや、それは俺が契約の際に適当につけた名前だ。こいつ記憶喪失らしくてな」

「うそ、真名がない『精霊』が存在できるなんて……貴方一体」


 それを聞いたリーフは驚愕の表情になる。どうやらリーフにとっては相当な事実らしい。

 そもそも精霊が名前を無くすってのは良く分からないが……今考えるべきはそこではない。


「とにかくだ。方法があるなら、ユキに頼むしかない」

「……その通りだわ。今重要なのはお嬢様を追う事。細かく聴きたいことはあるけど、全部後にするわ。宿舎にいる魔法士と常勤魔法士を収集するわ。三百人程度じゃ精霊王に勝てるかどうか分からないけどね」


 言いながらリーフは既に服を着替えはじめ、支度を始めている。一瞬彼女の白い肌が見えた気がしたが、

本人は気にした様子もない。むしろこっちが気恥ずかしいくらいだが、彼女にとって今は非常事態でそれどころではないのだろう。


「あー、おっぱい魔法士さん。悪いけどぼくが使う転移はせいぜい三人か四人が限度なんだにゃー。さっきご主人を戻すときにも使ったから、次送れるのは二人までなんだよね」

「……援軍は連れていけないという事か」


 それにアラントの魔法士を他国へ大勢連れて行けば、ゾーンハイムとは揉め事が発生するに違いない。ゼーガミキトがそれを見越して移動したかは分からないが、いずれにせよアラントの魔法士を連れていくことは出来なさそうだ。


「私とミキトで何とかするしかない、わね」


 支度を終えたリーフは立ち上がり、決意の瞳を俺に向けた。

 俺もその真摯な瞳を、負けない様に、真っ直ぐ見返す。


「次は勝つ。勝ってマリナを取り戻す」

「ふん! 一度負けてる貴方に期待なんてしない。――けど」


 リーフは俺の服の裾を少し握り、頭を俺の胸に預ける。


「しないけど……戻ってきてくれて嬉しい」

「っ……」


 微かに甘い香りが鼻孔を突いた。一瞬、体がビクッとなる。それに気づいたリーフが慌てて離れた。逆を向いた彼女がどんな表情になっているかは分からないが、髪からはみ出た耳が少し赤いのだけは分かった。


「と、とにかく! 次は勝たないと許さないからね! な、何か策はあるのかしらっ」


 俺はそれに応えなかったが、実は用意している秘策が一つだけあった。

 果たして実戦でそれが『有効』かどうかは分からなかったか、やってみる価値はあると思っている。


「はいはい。じゃあ行くよ。二人ともぼくの手を握って……そうそう、でもう片方の手を腰に」

 ……ってまたこれかよ!

「儀式みたいなものだから必要なんですってば。じゃ、目を閉じてくださいねぇ」

「?」


 リーフは訳も分からず目を閉じる。俺も仕方なく、いや本当に仕方なく目を閉じた。


「じゃ、いきまっすよ~。はい、ちゅっちゅ」

「あひゃあ⁉}


 一瞬、唇に柔らかい感触が触れた。目を閉じていたから分からないが、多分リーフも同じことをされて、ついでに物凄い顔になっているのも容易に想像がつく。

 眩暈が俺を襲い、足元がふらつき、閉じた瞳の暗闇が更に暗くなった




 待ってろよ、マリナ。今行くから。




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