その7 対峙
その城は鬱蒼とした森林を抜けた先、湖に浮かぶ島にあった。中世ヨーロッパのような荘厳な城はまるで主であるかのように建っている。
湖には城に向かって石造りの橋が架けられており、城へ向かうには橋を渡るルートしかなさそうだった。
「迎撃するにはおあつらえ向きって所か」
「考えてる時間はないわ。ルートが一つならまっすぐ行くのみ」
リーフは迷うことなく橋へと歩みを進める。そして止まる理由は、俺にもない。
橋の中央まで歩いた時、青い靄が前方にかかり始めた。それは数秒を経て幾つもの人形へと変わっていく。
「魔導魂が……五十、いえ、七十。……ああもう数えるのが面倒ね、緋色魔動魂も十体以上いるし、随分と大盤振る舞いだこと」
「よし、ここは同時に……ってリーフ⁉」
「ヘルムネラ=ツー=リーンリーフが言霊の始まりを告げる。彼の者を燃やせ我が導き 生命の棺を閉じよ 其処こそが最も暗き炎 二重の業火 発効!」
リーフの詠唱が終わると同時に、前方に配置された魔導魂たちの足元から炎が吹き上がった。
その炎に押され舞い上がった人形たちは次の瞬間、上空から発生した炎の滝によって押し戻される。上下同時に沸き起こった炎に何度も押し潰され、魔導魂は文字通り塵一つ残さず燃え去った。
「すげ……」
「炎系の上級魔法だねぇ。やっぱおっぱい魔法士は結構なやり手ですよぉ」
リーフが二十体ほどの魔導魂を消し去ったものの、まだ青い人形は残っていたし、更にその後ろには緋色魔動魂が無傷で控えている。
とはいえ、リーフが先制した機を逃す必要はない!
「ユキ行くぞ!」「はぁい!」
『騎乗位、座位、後背位! ぼ、ぼくは性処理奴隷です! いやらしいアヘ顔を見てください!』
『舞え 鋭い風! 発効!』
えっちな言霊をユキに言わせ、マナを生成させる。
膨大なマナから放たれた風の刃は暴風と化し、その場にいる全ての人形を切り裂いた。
だが緋色魔動魂は流石というべきか、俺の魔法に耐え反撃の体勢を取っていた。何時か見たことのある赤い矢が、俺たちに向かって放たれる。
『魔法障壁 発効!』
防御障壁を張ったのは俺ではなくリーフ。だがそのおかげで俺の次弾が間に合う。次に放った俺の炎魔法が、十体以上の魔導魂を焼き払った。
それでもまだざっと二十体以上残っている。緋色魔動魂も健在だ。
だが俺の方にもまだまだ余力がある。
いつもなら一発撃って意識を失っていたが、これまでの戦いでマナの使い方に慣れてきたのだろう。それでも疲労は一気に蓄積されていたが。
「流石ね、ミキト。例え第六属性が使えなくても、貴方以上の魔法士はそうそういないわ」
「お世辞は後いっぱい聞かせてくれ。それより早くこいつらを――」
その時、城の中央にある塔から柔らかい光が走ったのが見えた。
「あれは⁉」
「あの光は……第六属性の光ですねぇ……。あ、そっか、始まりの平地だ‼ そうだ!」
「どうしたユキ?」
後ろに控えて浮いていたユキが、何かを思い出したかのように叫んだ。
「うん、またちょっと思い出した! ごしゅじん、あれはマリナ譲からマナが引き出され始めた光だよ! 今までごしゅじんが使ったのと比べ物にならないほどの量と速さ……あの生成速度だと、三十分で全部取りつくしちゃうかも!」
「なんだって⁉ くそ!」
ユキが何かを思い出したようだったが、それよりもマリナが危ない事に注意が注がれる。
「ミキトここは私に任せて先に行って! お嬢様を取り戻して……お願い! 悔しいけど私の魔法では精霊王には勝てないから……」
リーフが緋色魔動魂の攻撃を魔法の盾で受け止めながら叫ぶ。
俺は一瞬躊躇したが、今優先すべきは……!
「任せた! 後で一杯奢ってやるからな!」
「未成年だからね! ジュースでお願いするわ!」
俺が走り出すと同時に、何体かの人形がターゲットをこちらに変えたが、リーフが大地の魔法で足元を崩し人形達の動きを一瞬止めてくれた。
「ユキ! 持ち上げてくれ!」「りょーかい。働いた分はぼくにも奢ってよね」
俺はその隙にユキに持ち上げさせて、人形の上を飛び越えた。着地と同時に城門へと走り始める。
一瞬振り返った時、何体かの人形が反応してこちらに体を向けようとしているのが見えて――舌打ちをしようとした瞬間、急激に足が軽くなり走る速度が一気に加速した!
人形達の向こうからリーフが一瞬笑ったのが見えた。
彼女が魔法でフォローしてくれたのだ。
俺が振り返ったのはその一回だけで、思いを振り切るように城門へと走り込んだ。
******
城内の構造など知る由もなかったが、マリナがいる場所を探す必要はなかった。辺りに充満し始めている光――マリナと出会ってから何度も見た光――が、うっすらと道筋を作っていたからだ。まるで俺とマリナの小さな繋がりを結び付けるかのように。
俺は広間を抜け、階段を上がり、長い廊下を走っていく。光が漏れ出る扉が見えたとき、確信を持って俺は叫んだ。
「マリナ!」
重い鉄製の扉を開けた先にあったのは、礼拝堂のような大きな部屋だった。
左右のステンドグラスから差し込む光が一本の道を照らしている。その道は少し小高い階段を経て、祭壇にいるガーゼミキトに繋がっていた。
俺が来たことを意外に思っていないのか、焦った様子もなく奴が振り向いた。
「また君か。せっかく元の世界へ戻してあげたというのに、わざわざ戻ってしかも僕の居城までやって来るとはご苦労な事だ」
だが俺はそんな奴の言葉を聞いてはいなかった。隣にマリナが立っていたからだ。
「マリナ!」
だが返事はない。いつもの明るい売る紫色の瞳に輝きはなく、ただ虚ろに立っていた。
彼女の周囲には濃い光が漂っており、それらは彼女の身体から漏れ出ている。触媒たる彼女から第六属性が漏れ出しているということに他ならない。
「今助ける!」
俺の声に反応し彼女がゆっくりとこちらを向く。だが薄い紫色の目はどこか虚ろであり、
「大丈夫ですわ。ミキト様。わたくしは戦争の無い世界へ参ります……」
彼女の口から出た言葉は、助けを拒絶するモノだった。
「な……何言って。どうしたんだ?」
「彼女は非常に意思が強かった。どれだけ僕が説得しても触媒となることを拒んだからね」
「あったりめーだ。バカかお前は」
彼女の頭を撫でるように脇に立つゼーガミキト
「だから僕は一つ、彼女が望む事を教えてあげることにした。君が触媒になれば、世界から戦争が無くなるってね」
彼女は確かに戦争がない平和な世界を望んでいると何度も言っていた。だから望みは何かと言われたら確かに平和ではあるが、
「触媒になる事とそれがどう繋がるってんだよ」
「僕たち精霊王の目的は始まりの平地に行くことだ。そしてそこには彼女に劣らない純粋な触媒があるはずだ。エネルギー問題なんて論争にならないほどのマナ。戦争の原因の大きな一つが解決されると彼女に教えてあげたんだよ」
「ばかな! エネルギー問題は確かに戦争が起こる大きな要因の一つだが、それだけで解決なんざしねえっての! いや逆に新たなエネルギーを求めて争うだけだ!」
「そうかもしれない。だがいま彼女に必要なのは平和への可能性だ。第三者の視点で簡単に言えるのも、君が平和な世界で生きていたからだろう。戦争を経験し、戦争で両親も亡くしている彼女に、君は何か提示できたのかい?」
ガーゼミキトは別に嘲るでもなく、これまで同様淡々とした口調で理由を話しながら、虚ろな目のマリナに視線を向ける。
「ま、そう説明しても彼女の意思は少し揺らいだだけだったけどね。仕方なく彼女には魅了を掛けてある。今の彼女は五歳児並の意識しかないだろう」
他人を犠牲にしたとしても、自分が間違っているなどとは微塵も思わない目だ。
「平和のためにマリナに何か提示できたのかって聞いたよな。ああ、可能さ」
「……ほう、それは何だい」
「お前を倒すことだ」
「ほう、僕を倒す? だがそれが一体何の……」
「それがマリナとの『契約』だからだ。マリナが平和を目指す行動じゃない事を頼むわけがねーだろ。そして何より、」
俺は拳を握って灰色のローブを纏った男へ突き出す。それは俺なりの、明確な宣戦布告だった。
「俺はお前が気に食わない」
「はは、良いだろう。始まりの平地へ行くことは僕たちの悲願である。これ以上邪魔をすると言うのなら容赦はしない」
第五精霊王はふっと軽く笑い、灰色のローブを翻した。
「来い。相手をしてあげよう」
「今度は負けない」
「いいや次も負けるよ、君は」
戦争が起きる理由とか、平和への道とか、正直そんな事は俺には分からない。性善説やら性悪説っつー哲学的も、中学生の俺が語れるものではない。
だけど――――こいつを倒す理由は俺にはあった。たった一つだけあった。
こいつはマリナを奪おうとしている。
「理由はそれだけで十分だ! ゼーガミキト! テメエだけは許さねぇ!」




