その3 秘められた世界の仕組み
世界に偉大なる四人の精霊がいた。
彼らは長くを生き、既に他の者がたどり着けないような高みに達していたが、それでも長らく解決できない疑問を抱いていた。
「我々は何処から来たのだろうか」
そして彼らは始まりの平地と呼ばれた大地が、世界の何処かにあることを知った。
神々が住まうと謳われたその大地は、ありとあらゆる現象が必ず通る生命と因果の交差点。
命も光も全てが一度は通過し、そして終焉を迎えるという。
四人は確信した。そこへ至れば更なる高みへと登れるだろう、と。
しかしその場所は何処にあるのか。四体の叡智を結集しても分からず、日々だけが過ぎた。
だが手探りで探すうち、ある場所が始まりの平地入り口であることを突き止める。
四人は歓喜し、さっそく入り口を開けようと試みたが、それには膨大なマナが必要であることが判明した。
彼らは既に他の精霊の数千倍のマナを生成する術を心得ていたが、それを持ってしても巨大な器に注ぎ込まれる一滴の雫にしかならなかった。
この世界をマナの粒子で埋め尽くしても足りない。
知恵を出し尽くした結果、不可能と悟った彼らは、後ろ髪を引かれつつ諦めることとなった。
だが1000年後。
一人の人間が、不可能を可能とするアイデアを四人の精霊――もう既に王と呼ばれていた――に提示した。
それは一か所に膨大なマナを蓄積し、超高密度のマナ結晶とすることで、世界に存在する最大量以上のマナを一度に使用するという計画だった。
『実に興味深い案である。だが、そのマナを溜めておく聖杯とやらに注ぎ込むとしても、だ。我々のマナ生成量を持ってしても数千、いや数万年の時が必要となろう』
『長寿とは言え、我々も長く生きすぎた。それが実現するまでに、果たして生きていられるかどうか』
だがその人間は、マナを集める方法も考案していた。
「聖杯にマナを注ぎ込むのは、何もあなた方だけに限定する必要はないんですよ。この世界にいる全ての人間に協力してもらえばいいのです」
『人間に……? だが君たち人の子は、マナを使う事は出来ても、生成することなどできない筈だ。マナを生成できるのは我々精霊のみ』
当時、何処からともなく漂ってくるマナを、人は『未知なる力』として捉えていた。
少数の人間はそれを使って超常現象を引き起こすことができると知っていたが、一定量のマナを使うには自然発生した量では足りず、精霊王や他の精霊が生み出した残滓を利用するしかなかった。
「僕の研究では、人が発する言霊がマナの生成を円滑にし、より多くのマナを生成できると結論が出ています。だから人が精霊に命じてマナを生成すればこれまで以上のマナが生まれることになります」
「人は精霊にマナを生成させる。精霊はその一部を自らの糧として使用し、残りを人の願いに対して使用する」
「この仕組みを利用した時にのみ、そこから極ごく僅かのマナを聖杯へプールする。これで人も精霊も、そして聖杯を満たしたいあなた方精霊王も得をするって訳です。僕はこの一連の流れを魔法って呼んでいますけどね」
四体のうちの一人が、胡坐を掻いて提案してきた人間を見据える。
『成程。実に興味深い仕組みだ』
「人はこれからの発展の為、大量のマナを必要とするでしょう。マナを使った奇跡――――魔法が日常的に使われるようになれば、聖杯へプールされる速度も早まります。僕の計算では2000年ってところですかね。僕は生きていないでしょうけど」
人間の男は無邪気な顔で笑った。
『……確かにそれは三者にとって都合の良い話。だが一つ疑問が残る』
「なんでしょう?」
『君の利益は何だ。まさか人類の発展という訳ではあるまい』
また別の精霊王が無邪気な人間に問いかける。
その声は友好的なものではなく、一種の警戒を内包したものであった。
「いや、そういう気持ちはゼロではないんですけどね。ま、僕が望むのは二つです」
人差し指と中指を口に付け、芝居がかった口調で人間は望みを口にする。
「一つは始まりの平地に行ってみたいということ。もう一つは僕を精霊にしてほしいという事。聖杯が起動させられる頃には、人間のままだと寿命で死んでますから」
やはり無邪気な笑みを浮かべたまま、人間の男は答えた。
『く、くく………はははは! 面白いじゃないか! 良いだろう。我はその人間の提案を受け入れても良いぞ!』
また別の精霊王が豪快に笑い、人間を認めた。残りの三体も深く思案した後、人間の案を受け入れることにした。
『だがマナを溜めておく聖杯はどうする? 膨大なマナを溜めておくにはこの世界と同じくらいの規模が必要になろうぞ』
「でしょうね。だから世界を器にすればいいのですよ。この世界を『マナを使う世界』と、『マナを使わない世界』に分け、ベータを聖杯としましょう」
それは世界を二つに分けると言う、途方もない壮大な計画だった。
『ワールドアルファ』ではマナを消費させるために魔法活動を活発化させ、もう一方の『ワールドベータ』では「魔法」の概念そのものを失わせ、マナを消費させない器としたのである。
移住という形では人間の総数が大きく減ってしまう為、ベータは『並行世界』として大陸や地形、動物、住んでいる人間まで複製された。
こうして五大精霊王の手によって世界は二つに分かれ、『ワールドアルファ』は人間と精霊と魔法の共存する世界に。
一方の『ワールドベータ』――聖杯――は魔法が使われない世界として創造されることとなった。
魔法が使われるたび人類は発展し、精霊は富み、そして知られざる聖杯へマナが蓄積されていった。
精霊王は眷属である弱い力を持った無形精霊を創りだし、大陸中で魔法が使われるように促した。
複製された世界へプールされるマナの量は微々たるものであったが、それでも精霊王だけで溜めるよりも、数千倍の速度で溜まっていった。
「いや複製という言葉は正しくないな。どちらも本物の世界なのだから」
そう呟いたのは、広大な草原に一人立っている――既に第五精霊王となった――元人間だった。
俺は彼を空から「見降ろして」いる。
どんな仕組みかは知らないが、俺は四人の精霊王と一人の人間の会話、そして五大精霊王が世界を創造するところを、イメージとして直接見ていたのだ。
一瞬、視界ブラックアウトしてから表示されたのはアルファとベータの時代の流れ。二つの世界の歴史が、超スピードの映像として背後に流れていく。
一方の世界では魔法による経済発展が、もう一方では魔法はなく科学による経済発展が行われていくのが、映像として次々表示されていく。
アルファの魔法の歴史は良く分からない映像であったが、ベータの映像は剣や弓の戦いに始まって、何処かで見たことのある銃や大砲に代わっていった。
感覚がないはずなのに、俺は背中に冷汗が流れるのを感じた。
何故、この異世界の言語が日本語だったのか、ずっと残っていた違和感が氷解したからだ。
ワールドベータ。それはつまり―――――。
ふと、イメージ映像が急に先ほどの草原に戻った。
そこには第五精霊王がただ一人立っている。
不意に彼が空を向き、今まで見ることができなかった顔が鮮明に見えるようになった。
そしてその見覚えのある顔に、俺は驚愕する。
なぜなら草原に立っていた彼は―――――俺だったから。




