その2 来訪者
「しかし、あの時何故、第六属性真光が使えたんでしょうか」
ベッドで仰向けになると、脇に座っていたマリナが小さく呟く。
「そりゃこれが触媒として機能したから、なんだろうな」
「その布は……昨日わたくしの怪我を止血したナプキン……ですか?」
「ああ」
ポケットに入れたままにしていたナプキンを天井の明かりにかざす。
僅かな血が付着しているのはマリナの血だ。
「ユキはこれが触媒になるって言ったんだ」
「これが、ですか。少々見せて頂いてもよろしいでしょうか」
マリナは布を受け取るとつぶさに観察を始める。
「……触媒はマナが圧縮された、言わば宝石です。硬質系の物質以外の例は聞いた事がありません。それにこれが触媒だとしても、精霊であるわたくしには何も感じられません」
確かにこれまで見て来た触媒は、どれも鉱石系のものであった。特に変わった所はない何処にでもありそうな量産ナプキンが触媒になるなら、この異世界はエネルギー戦争を必要としないだろう。
ユキはなぜこれが触媒になると分ったのだろうか?
「本人に聞いてみた方が早いかもしれませんね」
「確かにそうだな。おい、ユキ。いるか?」
いつもなら呼べばふわふわ浮いて現れる彼女だったが、暫く待ってもその姿を見せることはなかった。
「何処かへ行かれているのでしょうか」
「んー、また腹減ったとかで何か買い食いでもしてるのかもな」
夜も更けてきたが、まだまだ宵の口だ。街は喧騒にあふれているだろう。何せトーナメント開催中の今は、話題には事欠かない。
五階の此処へは流石に騒がしさも届かないが、それでも――――何も喋られない時間が続けば、その欠片くらいは伝わってくるのだった。
俺は体を起こしてからマリナを見た。
口を開こうとして止める。頭を少し掻く。それを何度か繰り返してから、意を決した。言うなら今だろう。
「すまん」
突然謝られたのが意外なのか、マリナはポカンと口を開けて、訳が分からないという表情だ。
「いきなりどうされたのですか?」
「いや、だってさ。最初に襲われた時に……マリナが精霊堕ちしてくれたおかげで、マナが生成できて魔法が使えた訳で。つまり俺が生きてるのはマリナのお蔭なんだ。今まで協力だけしてもらってお礼を言ってないし、今言わせてもらった。本当にありがとう」
ベッドに座ったままだが、俺は深く頭を下げた。だからマリナが今どんな顔をしているかは分からない。
「そ」
そ? なんだろう? まさか粗○ンって言いたいのかな? そんな言葉を教えた覚えはないけど努力家の彼女だし、もしかしたらあるかもしれない。自分ではポークヴィッツだとは思っていないけど、実際言われたらダメージ大きすぎ。むしろ死ぬまである。
「そんなことはありませんわ!」
彼女の口から出たのは、俺が想像していたのとは全く異なる言葉だった。
「わたくしの方こそ謝らなければいけないことばっかりでしたのに、ミキト様は、ミキト様が謝る必要なんてありませんもの!」
「とはいってもだな、一国の元首が精霊に……」
「だって! わたくしは自分の意思でなったんですもの。それにあの時助けて貰ったのはわたくしも同じです! だって魔法が使えないわたくしの代わりに魔法を使ってくれたのはミキト様です! ですから!」
「わ、わかっだがら、その首をじめるのはやべてくだざい……」
「きゃっ! す、すみません……!」
興奮のあまり俺の首を掴んでがくがくしていたのを止めてくれました。危ない。決戦前夜が危うく夢になってしまうところだったぜ。
落ち着いたマリナの肩に手をやって宣言する。
「とにかくだ。明日は、絶対に勝つから」
「……はい!」
僅かに頬を紅潮させたマリナは――これまでに見たことがないほど美しい――笑顔を浮かべて、小さく頷いた。
それを見て、俺は自分の耳が赤くなる音を聞いた気がした。
「と、とりあえずユキが来ないことには触媒の正体は分からないなっ」
気恥ずかしさを隠すように、俺はマリナの手にあった布を手にしてわざとらしく呟いた。
あぶねー。反則だろ、今のは。危なく惚れるところだった。女の子にちょっと笑顔を向けられるだけで「コイツ俺に気があるな」なんて思ってしまうのは、非モテ童貞の悲しいサガである。
ふと。手にした布を見てあることに思い至った。
これ自体は単なる布だ。それは間違いない。
だが違う点がたった一つだけあるとすれば、それは――――。
コンコン。
ある考えに至ったその時、部屋のドアをノックする音がした。
ユキ……だったらノックなんてせずズカズカと入ってきそうだ。リーフだろうか?
マリナが立とうとするのを制して、俺はドアの前まで歩きドアを開いた。
だがそこに立っていたのは――――意外な人物だった。
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「やあ。お邪魔だったかな」
その声には聞き覚えがあった。いや何より灰色のロングコートに仮面、それと圧倒的な威圧感を忘れるはずもない。
「お前、ゼーガミキト……⁉」
自分の口から呻くような声が漏れたのに気が付き、思わず歯ぎしりしてしまう。何故ならその原因は、間違いなく「畏怖」だったからだ。
さっきマリナに絶対勝つと言ったのはどの口だ、この野郎。
自分の情けなさが実体化できるなら、力いっぱいぶん殴ってやりたいところだった。
だがこの圧倒的な威圧感を前にして、普段通りの行動ができる奴がいたら見てみたいものだ。そういえば初戦で負けてたけど、白き風の侯爵とかいうおっさんはこいつを前にしても随分と軽口を叩けてたな。やっぱそれなりに凄い奴だったのかもしれない。
ゼーガミキトは口の端を上げてうっすら笑うと、形式ばった仕草で右腕を胸に当て軽くお辞儀をする。
「お楽しみのところ悪いけど、僕も少し話に混ぜてくれないかな」
「……お前、一体何しに」
「いやまあ偵察に来ただけなんだけどね。でも今日の戦いで思わぬ発見ができたから、別に大会に拘る必要もなくなったって報告でもしようかなと」
「発見……だって?」
俺は少し苛ついた声で聞き直す。
理由は分からないが、コイツが話すと妙にイライラくるのだ。威圧感の中にある、何か別の嫌悪感が。
「ま、話すくらい、いいじゃない。入らせてもらうよ」
「おい、待て」
静止を無視し、俺の脇をすり抜けると、ベッドに座っていたマリナの隣に座る。マリナは眉を少し動かしただけで、姿勢を正したまま動かない。
ゼーガミキトは、突然の来訪者が現れても平然とした表情のマリナを見て、口の端を上げる。
「お初にお目にかかります。エステヴァン=フォン=マリナリーゼ。僕もマリナと呼んでいいかな?」
「初めまして。都市国家アラント元首のマリナリーゼです。ゼーガミキト卿、椅子ならばそこの壁際にあります。一国の元首に対して隣に座るのは、一魔法士として失礼ではありませんか?」
マリナは冷静な口調で釘を刺すと、隣に座ったゼーガミキトをキッと見据える。
「これは失礼した」
やつは軽く笑って椅子に腰かけると、わざとらしく両腕を広げた。
「マリナリーゼ嬢。まずはあの時貴女が死ななくて本当に良かったと、お礼を言いたい」
「……どういうことでしょうか」
「いえ。五日前に森で貴女を襲撃した魔導人形ね。あれ、僕が送ったんですよ」
その口調は今までと変わりなく、まるでお茶にでも誘うような軽さであったため、最初何を言っているのか分からなかった。
だがすぐにその意味がわかると、マリナはサッと顔色を変えた。
「やはり、あれはゾーンハイムの差し金だったのですね」
「いや、それは違う。魔導人形で襲わせたのは僕の独断だ。もちろん、暗殺に成功すればゾーンハイムがやったと、大々的に全国へ公表するつもりだったけどね」
「独断でしかも成功したら公表ですって……! 貴方、そんなことをすれば両国は戦争になりますわよ!」
「無論それが目的だよ。なんせ最近はどこも戦争をしてくれないものでね。だから貴国とは是非、派手な戦争をしてほしいと思っている」
「貴方……本気なのですか⁉ 一体何のつもりで自国を戦争に巻き込もうというのです!」
ゼーガミキトは先ほどから変わらない口調だが、マリナの方は徐々に口調が荒くなっていく。いつも落ち着いて対応する彼女らしくない。
だがそんな事はお構いなしに、ゼーガミキトは不敵な笑みを浮かべたまま続ける。
「それは一番マナを生成する活動が戦争だからだよ。聖杯へマナを貯蓄するためには、精霊が触媒からマナを生成しないといけないからね。精霊王たちも最近は芳しくないと嘆いていたから、僕が出しゃばったって訳さ」
「聖……杯? 精霊王? 一体何のことを言って……」
突然飛び出した単語に困惑の表情のマリナ。聖杯ってのは初めて聞いたが……マリナの反応からするに彼女も初めて聞いたようだ。博識のマリナが知らないとなると、他の誰が聞いても同じだろう。
対峙して改めて認識した。
こいつは異質だと。
圧倒的な力を持つ魔法士というだけではない。何か別の目的と、性質を持った何かだ。俺の直感がそう告げている。そしてそれは大体当たる。
「だから僕がゾーンハイムに所属しているのは、本来は争いを巻き起こす火種になるためだったのだけど、」
ゼーガミキトは言葉を区切ってから俺たちを一瞥し、話についていけていないと判断したのか、小さな溜息を一つついた。
「そうだな。僕がここに来た理由を話す前に、少し昔話をさせてもらってもいいかい?」
椅子に深く腰掛け脚を組んだ灰色のローブの男はそう言って、誰かの許可を得ることもなく話し始めた。
「3000年以上も前の話になる。まだこの大陸に、魔法というモノすら存在していなかった頃の話だ」




