その1 マリナの想い
「まさか接近戦の名手であるガレリア=ラーバムをも圧倒するとは」「膨大なマナから放たれる魔法、それに伝説の第六属性。ミナミノミキト……奴は本物かもしれんぞ」
病室の部屋の外の廊下からそんな声が聞こえてきたが、特に何かある訳でもなく、二つの話し声はそのまま遠ざかって行った。
その本物かもしれない本人が部屋は中にいるんですけどね。
「ミキト様、具合は如何ですか」
「いや、丈夫だ」
俺はベッドから起き上がって答えた。
マリナは心配そうに尋ねてくれたが、単に気を失って運ばれただけで、何処かに痛みがある訳ではない。
真光を使った後はいつもこうなる。強力な性能と引き換えに虚弱体質にでもなるのだろうか。
「マリナ、それでガレリアの容体は……」
「胸骨骨折、それと右腕に若干の火傷のような跡が出来ているそうです。ただ命に別状はなく、一週間ほどの治癒魔法で退院できるとのことです」
「そうか」
ホッと息を吐いた。
俺が放った魔法は、ガレリアの身代わり人形では吸収しきれず、本体へダメージを与えてしまっていた。
しかも今回放った魔法は、以前はなったものと比べ物にならないほど効果は小さい。それでもあの威力だ。
真光の性質はまだ解明されていない所が多い。なにせ伝説でこれまで誰も使えていないのだから当然である。
だが何度か使って、ほんの少しだけ分かった事がある。俺にだけに分かることだ。
それはあの光には、恐らく何かしらを「奪う」性質があるということ。俺には光がマナを食べているように思えた。
感覚的なもので説明できそうにないが、今他の誰かに説明する必要もない。考察はまた余裕ができた時でいいだろう。
それよりも今考えるべき事は他にあった。
言うまでもないが、魔導公爵ガーゼミキトは、Bブロックの三回戦を難なく勝ち残っている。
それは同時に、Aブロックを勝ち抜いた俺と、明日行われる三回戦でガーゼミキトがぶつかることを意味していた。
最強の魔法士と、第六属性を使う新鋭魔法士。
世間が話題にしない訳がない。
実際、既に色々な取材が来ているが、マリナが全て断っている。それでも明日の新聞の見出しは第六属性真光一色になるだろうけど。
今やミナミノミキト――実感はないが俺である――の名声は最大にまで高まり、魔導公爵を倒す可能性がある存在として認知されるようになっていたのであった。
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宿泊施設の部屋に戻ると、ベッドへ直行し倒れ込む。
「いよいよ明日か」
仰向きになり天井を見上げながら、俺は誰に言う訳でもなく呟いた。
成り行きでマリナたちに協力することとなったこのトーナメント。ガーゼミキトに勝てば一応の目的を達成できたことになる。
ガーゼミキトとは、何となくだが決勝戦で当たるものだと思っていたから、こんなに早く当たるとはやや肩透かしだった。「一体何時から「一番いい舞台を与えられる」ものだと勘違いしていた……?」 そんな声が聞こえてきそうですらある。そう考えるとちょっと恥ずかしい。
その時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「よろしいでしょうか?」
マリナの声が聞こえたので、俺は入るように促す。
ちょうどいい。俺は彼女に確認しなくてはならないことが幾つかあった。
勿論彼女も用件があってきたのだろうけど。
「……いよいよ明日ですね」
ベッドの脇に座った彼女は、少し迷ったように切り出した。
「その……実は」
「本当に勝ち進むとは思ってなかっただろ」
「え、い、いえ! そんな! 実際ミキト様はこうして勝ち進んで……」
「勝ち進めたのは……そうだな、半分以上は偶然だ。だからマリナは負けてもいいように計画していたのは君だろ?」
「…………そんなことは」
「いや、責めてる訳じゃないんだ。別に悪いとは思ってない。勝っても負けても国民感情を刺激させず、平和を維持するのがマリナの目的なんだろう」
ハッとしたような表情になった後、彼女は何も言わず俯く。
秒針が三週はしただろうか。長い沈黙の後、マリナは口を開いた。
「とにかく彼に勝てばアラントの面目は保てる。でも負ければ国民の負の感情は高まり、過去の遺恨が吹き返していくでしょう。すぐ戦争なるなんてことはないですが、生まれた遺恨はすぐには消えず、心の底で成長していきます。小さな傷が大きなものに変わるのをわたくしは何度も見てきているのです……」
ゆっくりと。心の内を吐露する彼女の瞳を見つめながら、
「だから部外者に「臨時魔法士」なんて役職に任命して出場させたと。勝てばよし、負けても部外者だったと言い訳が聞くように」
「……はい、その通りです」
マリナの声は消え入りそうなほど小さい。
「ふふ、こんな腹黒い女の子で幻滅されたでしょうね」
そしていつもの天使の笑顔とは程遠い、自嘲の笑みを浮かべると、再びその口を閉じた。
再び訪れた沈黙。だが二度目のそれをさっさと破ったのは俺だった。
「何言ってんだ。別に、まったく気にしてないっていうか、むしろ姉ちゃんの腹黒さに比べたら全然普通だ。あの人10人の男と同時進行なんだぜ? 腹黒いを通り越して既に清々しいまである」
大げさに語る俺を、キョトンとした顔で見るマリナ。
「……ミキト様にはお姉様がいらっしゃるのですね」
「ああ。別れた男が逆上して俺を殴った事もあったっけな。そんときは姉ちゃんがマジ切れしてそいつをボコってたけど。ま、一応あの人なりに人を傷つけないよう立ち回ったてたりするから、人間は不思議なもんだ」
俺は言葉を頭の中で選んでから、彼女を真摯に見つめる。
「何ていうか。元首なんだから、第一に考えるべきは国だったってだけだろ。別にいいと思うぜ俺は」
「ミキト様……」
薄紫色の瞳に見つめられて、照れ隠しに顔を逸らす。
「それにだ。俺も魔法を使えて楽しいし?」
クスッと笑う声。視線だけ向けた先には、いつもの天使の笑顔があった。
「腹黒マリナもいいけど、やっぱ笑顔の方が可愛いな」
「えっ」
「あー、いや何でもない。何でもないです」
「もうっ! またわたくしをからかって……」
「でもさ、俺がからかうのだって想定内だろ? きっと心の中で「コイツマジちょろ」とか思って……」
「ミキト様? 怒りますよ? わたくしはそこまで計算高い女ではありません!」
一瞬頬を膨らませた彼女は、そのまま顔まで赤くなる。
「そ、それに! あんな恥ずかしい言霊を使わされるなんてのは想定外です……。公衆の面前で見られちゃったじゃないですか。わたくしのいやらしい顔」
「い、いやらしいとか。そんなことは、まああるけど。けど大勢の人には判っていないしいいんじゃ……」
「あ、それに精霊堕ちしちゃいましたし、責任を取って貰わないと困り……困る。そう困るかもですわ……」
「……?」
「…………つ、つまりですね」
マリナは何か言おうとして黙ってしまう。俺は俺で彼女の言葉の続きを待っており、何も言う事ができない。
先程とはまた空気が異なる奇妙な沈黙が俺たちを取り囲んだ。
「もうこうなったら、わたくしはミキト様の……せ、性奴隷になるしかっ!」
「はあ⁉ ち、ちょっとマリナさん⁉ どういう計算をしたらそんなぶっとんだ結果に⁉」
「あ、す、すみません。もしかしてミキト様はわたくしがお嫌いでしょうか……?」
「違うって! そうじゃなくてだな」
「でしたら……」
マリナは真剣なまなざしで、隣に座っていた俺を見つめてくる。その瞳に曇りはなく、心の底から何か思いつめているようである。
「いやだからさ。利用することはそんなに悪い事じゃないって言ってるの。自分の身体を差し出してどうにかしようとしなくてもいいんだって」
「え? いえ。そんなことは思って……」
「よし、この話は終わり! 明日俺が勝ってそれで終了! おーけー?」
強引に締めた俺を見てマリナは、
「もう、そうじゃないですのに……」
何か呟いたようだったが、その声は小さすぎたので聞き取ることはできなかった。




