その9 危機
「やったか?」
言ってからしまったと思った。
これは大体やってない奴が言うセリフだからである。
案の定……濛々とした煙の中から影が浮かび上がった。
「……やってくれるじゃないか」
ゆっくりと着地した影から声が発せられる。ガレリアのそれは余裕があるものではなかったが、負けを覚悟した声でもなかった。
彼は手に持った剣を構えたが、それは砂の様にパラパラと崩れ落ちた。
「Aクラス触媒から作りだした魔力剣だったのだがな。全てを放出して相殺させたが、いったいいくらの損失になるのやら」
彼は苦々しい表情を作ると、手にした残骸を投げ捨てた。
どうやら強化された剣とそれに纏わせた魔法で、俺の炎を相殺したらしい。実際、上空のガネリアの身代わり人形に異常はなく、ダメージを受けていないことを示していた。
「ふっふっふ。どうやら俺の魔法は相殺できたようだが、代償も大きかったようだな。触媒がなくては戦いにならないだろう。というわけで、ここは棄権がお勧め……」
「やむを得ん。このCマイナーの触媒でやるしかないな」
「あ、ですよね」
そりゃ触媒を一つしか持たない制限はないもんな。ま、次もまた先制すれば大分優位に運べるだろう。
「ごしゅじん? 今ので触媒が壊れましたけど?」
「ん? そりゃ見ればわかるだろ」
「いえ、ごしゅじんのですよ」
「は?」
俺は握っていた触媒を慌てて見る。ペンダントに付いていた宝石が真っ黒になっており、まるで墨の様になっていた。
「マナを限界量まで生成してしまったようですわね……」
「そりゃ二人同時にあれだけのマナを生成しちゃえば、負荷はぱないですよぉ~」
「ミキト様、他の触媒があれば大丈夫です! Bプラスの触媒の代わりはありませんけど、それで……ミキト様?」
マリナは不安気な瞳を俺に向ける。そしてその不安は……大体あってる。
「……いや、ないんだ。紹介所で貰って来た触媒はゴミだって言われたから部屋に置いてきたんだ」
「ええ⁉」
「えっと~。じゃあつまり」
「今俺は触媒を持っていないということですー。はははは」
俺は乾いた笑いを上げるしかない。
「どうやら代わりの触媒を失ったようだな?」
ガレリアがニヤリと笑う。
「新時代のマナ使いは準備不足で触媒不足か。悪いが死んでもらおう!」
って殺すな! 思わず非難の声をあげようとしたが、それよりも先にやることがある。
幸い初戦と違い、フィールドは廃墟設定で隠れる場所は幾らでもあるのだ。とりあえずマリナの手を取って、最も近い廃墟の壁際へ逃げ込む。奴の視界から姿を消すことが最優先だ。
「ふはははは! 逃げても無駄だぞ!」
「逃げてるんじゃねえ! 作戦を練る時間をつくってるんだよ!」
物は言いようだ。場所を特定されないよう、廃墟の中を暫く走り回る。二階建てで敷地面積は一軒家よりも少し大きくらいか。一階と二階を分ける天井は崩れ落ちており、吹き抜けになってしまっている。
二階にあがり壁から伺うと、一階を警戒しながら探す彼が見えた。どうやら俺を目視で探しているようだ。その手には最初に出した剣よりも明らかに短い魔法の短剣がある。
接近戦を得意とする大男だが、透視とか遠視のような索敵するような魔法は使えないらしい(あるいはマナが足らないだけかもしれないが)。
「さて……とはいえどうするか」
「はぁはぁ……そ、そうですね。とりあえず次の手を考えましょう」
隣にいるマリナを見る。ここに来るまで走ったので息が荒い。彼女は元々人間なのでユキの様に浮けないし姿を消すこともできない。運動力もお世辞にも高いとは言えないので、逃げ続けるには向いていない。
「ごしゅじん~。ぼくは触媒がないと何にもできないですよ~」
ちょっとしたピンチではあるが、頭上に姿を現したユキは普段とあまり変わらない口調だ。
「分ってる。何か打開する可能性があるか考えてる所だ」
「あ、それでですね。さっきから思ってたんですけどぉ~」
ユキが何か言いかけた時、階下から大きな破壊音が響いてきた。二階にいる俺たちも揺れる。何だ?
「はっはっは。さあ隠れていないで戦おうじゃないか!」
階下を見ると、手当たり次第に壁を殴っているガレリアがいた。筋肉が隆起した腕で「殴られた」壁はまるで粘土のように崩れ落ちる。
ええ、はい、殴っています。明らかに剣じゃない方で。
もしかして粘土で出来ているのかと思って近くの壁を軽く叩いてみたけど普通に堅かったです。
「はははは! どうだ、俺の魔法は! 鍛えられた魔法は壁を破壊することも容易!」
どうみても魔法じゃねぇし。既に剣すら使ってない。これだから筋肉馬鹿ってのは!
しかしそれが魔法であるかはともかく、この廃墟が瓦礫の山になるのは時間の問題であるのは確かだ。やたら肉体派な探し方だが、現状では効果的であることは認めざるを得ない。
「せめて触媒さえあれば……」
逆転する活路は見えるのだが。如何せん競技場に落ちているとは考えられない。
「あ、で。触媒なんですけど。どうもご主人、持ってるぽいんですよねぇ」
「触媒は無いから困って……え⁉ 何処にだ⁉」
俺は慌てて調べる。有りそうなのはズボンの尻ポケット位だが……あったのは、ポケットティッシュと十円玉、それに血の付いた布の切れ端。こりゃ昨日マリナの指を押さえるのに使ったヤツだな。
「これくらいしかないが、この中にあるのか? 俺にはどれも使えない物に見えるんだが」
マリナも目を通したが同意見のようで、表情を曇らせる。
「ユキさん。ミキト様の持ち物に、普通に使えそうな触媒は無いようですが……?」
「うん。『普通』のはないね」
だがマリナにあっさりと返答すると、俺の手からあるものを摘まみ上げる。
「これ。ぼくを含め普通の精霊には触媒にはできないけど、マリナ譲ならこれを触媒にできるはずだよ」
「こ、これですか……? ですがこれからは何も感じられないのですが……」
「そりゃこれは特別だからね。詳しい事は今はなしている余裕はなさそうだから手っ取り早く言うとですね、精霊になりかけの存在にしか使えない上に、ちょっと特殊な……って二人とも、そこ落ちますよぉ?」
「何?」「え? きゃっ!」
おうむ返しに聞いたのと、マリナのあげた悲鳴が聞こえたのは同時だった。
寄りかかっていた壁と床が崩れ、俺たちは階下へと強制的に移動させられた。




