その8 次なる戦い
二日目ともなると有力な出場者が残るためか、会場の外の立ち見もぎゅうぎゅうになるほどの盛況だった。
特に部屋から移動する前に――五階にある窓から――見えた光景は「ふはは、見ろ。人がゴミの様だ!」と高らかに笑いたくなったほどだ。
会場の外がそんなのであるからして、当然一般観客席は満員御礼である。
競技場中央に立つと、昨日以上の大歓声が耳を貫いた。
「対戦相手を前にして余所見とは余裕だな」
目の前の大男が口の端をニヤリとあげると、腕を払ってマントを翻す。魔法士に相応しくない隆起した肉体が見え隠れする。
その口調は嘲るものであったが、どこか小さな焦りも感じられた。昨日の二回戦を圧倒的マナで圧倒した俺を警戒しているに違いない。
「いや、そんな余裕はない。何せ今もあの化け物魔法士のガーゼミキトに勝つにはどうすればいいのか頭が一杯だ」
こういう手合いには多少余裕を見せた方が良いって剣道の先生が言ってた。
一瞬呆気にとられた大男だったが、すぐに不敵に笑い直す。
「……はっ! つまり勝ち進む前提ってことか。俺も舐められきったものだ」
「舐めるなら断然女の子のprprがいい。むさいオッサンなどまっぴらごめんだ」
「ペロォペロォ……? 詠唱同様に理解できない言葉を使うのだな」
「むしろ理解できない方が幸せまである」
「新時代のマナ使いやら公爵に近き魔法士なんて騒がれているようだが……所詮は一度勝っただけの若僧。その余裕、すぐに砕いてやろう」
彼が口を歪め異様に太いその腕を前に出す。直後、上空に二つの人形が表示され試合開始となった。競技場がぐにゃりと歪み大きく変化する。周囲には幾つもの建物が現れ『失われし叡智の廃墟』というフィールド名が表示された。
『我が求めに応えよ 深淵の鋼をも焦がす炎 契約の印となりて此処へ 暗き炎の剣 発効!』
対戦相手の詠唱が終わると同時に、黒い炎に包まれた大剣が、何も握られていなかったその手に現れる。
「召喚、いや強化系か?」
「どちらもですわ。召喚系の魔法で剣を呼び出して、それに炎系の魔法と強化系の魔法をかけたのです」。
斜め後ろに控えたマリナが答える。俺が即座に判断した答えそれほど間違ってはいなかった。は、トーナメント直前までリーフに鍛えられていた成果だ。
強化系を破るには魔法障壁のような「マナを散らせる」魔法では効果が薄い。なんせ強化されたモノ(この場合は剣)自体は物理的なものなのだ。
先日戦ったゴロツキも似たような魔法を使用していたが、あれとは性質が異なる。例え強化した魔法を無効化したとしても、実体化した物理現象によるダメージは避けられないからだ。それに対応するには。
「確か魔法障壁で強化魔法を散らせつつ、送還で強化先の物理体を戻す……だっけか」
リーフに教えられた対処法を脳内に蘇らせつつ、俺はゆっくりと距離を取る。
強化魔法自体はかなり強力なものだろうが、俺とユキが出す膨大なマナであれば強化魔法を散らせるのは難しくない。
問題は送還の方で、発動させるには対象に触れなければいけないという制約がある。
相手も対処法は重々承知だろうから、容易に近づけるとも思えない。
そもそも強化系魔法を駆使して戦う魔法士は、総じて体術に自信がある者が多い。だからこそ接近戦を好むのだ。
俺も剣道を嗜んでいるから運動が苦手という訳ではない。相手は大剣だ。その隙をうまくつければ……。
「ふぅん!」
巨大な剣を苦にした様子もなく振り回す対戦相手。隙などないと言わんばかりのパフォーマンスである。隆々とした筋肉は遠目でも分るほどだ。
もしかしなくとも魔法士じゃなくてもっと別の職業があるんじゃないですかねぇ……。
突如、十メートルほど先にいた彼の姿が消えた。
いや「消えたように見えた」が正しい表現だ。何故なら大剣を振りかぶった筋肉の塊が、俺の目の前に迫っていたからだ。
上段から打ち下ろされた一振りを避けられたのは、俺の反射神経が特別良かったからではなく「とりあえず正面にいるのはマズそうだから後ろの廃墟に隠れるか」と思って横にずれた矢先、つまりは単なる幸運であった。
「な、なんだ、今の動きは。……まるで見えなかったぞ」
背後の廃墟の壁が崩れる音を聞きつつ、前方に注意を向ける。
「ミキト様! 対戦相手のガレリア=ラーバムは、瞬間移動系の魔法を作ったとして一部で知られた魔法士です!」
慌ててマリナが対戦相手の情報を教えてくれる。
「戦場に幾つか目印を生成し、その位置へ向かう移動量を増す魔法です。驚異的な加速度で、まるで瞬間移動したかのように見えます。ただしその術式は複雑な上、一度生成させるとマナの消費が激しく、常駐させるのは難しいはずなのですが……たぶん恒常的に使用する術式を保つため、無形精霊とも契約しているのでしょう」
確かによく見ると、彼の肩のあたりに「もや」のような煙のような塊が時折見える。恐らくあれがそうなのだろう。
「ほう。まさかこの僅かな時間で俺の一足の跳躍の仕組みを見抜くとは。中々博識ないい精霊と契約しているようだな」
男はニヤリと笑い、次の一撃を決めるべく体制を整える。
「接近戦なら俺の右に出る奴はいない。俺の剣に触れて送還を狙うのは、君の基本戦術だが……触れられると思うなよ」
悔しいが確かにあいつの言うとおりだ。俺は触れることすらできないだろう……だが。
「何も攻撃手段を防御して勝つ必要はないんだろ」
「何だと?」
「俺は送還なんて使う必要がないってことだ。ユキ!」
俺は触媒を握りしめ、もう一人の精霊の名前を呼んだ。「はいなぁ」軽い返事をしながらユキが姿を現す。
要は先に攻撃して倒してしまえばいいのだ。圧倒的なマナで生み出された魔法を、彼に叩きつけてやろうじゃないか!
「小さな発火 イけ !」
ユキに登録されたショートカットを経由して魔法を放つ。
発生した炎の波が大男に襲い掛かった。膨大なマナから生み出された「初級魔法」は横にも広がっている。仮に超速度で左右へ回避したとしても、逃れられる範囲ではない。
先日の戦いを再現してくれる――――はずだった。
だが当たる直前。彼の姿が消え、彼を喰らおうとした炎の波は何も飲み込むことなく、轟音とともに流れて行った。
「馬鹿め! 俺の一足の跳躍が移動可能なのは、左右だけだと早合点でもしたか? ベクトルが向く方向であれば、空中へ移動することも可能なのだ!」
明らかに人が飛べる高さではない位置から、大男が嘲笑する――――。
だが!
「ああ、俺もその程度の想像ができない奴は馬鹿だって思うぜ! マリナ!」
「はい! ミキト様!」
笑い返してやると、用意していたもう一つの「小さな発火」を、マリナを経由して使わせた!
もう一つの炎の波が生まれる。それは空へ回避したはずのガネリアへ襲い掛かる!
「な⁉ あのクラスのマナを同時に生成させただと⁉」
それは上空からカウンターを与えようとしていた、彼の思惑を打ち崩す一撃だった。
彼の姿は一瞬にして炎に飲み込まれた。
俺が使用する初級魔法は、膨大なマナを使用している分「威力」こそ桁違いであるが、魔法の「性能」自体はやはり初級に過ぎない。当たればいいが、回避された時のことは考えておくべきだと、昨日の戦いで想定した。
初級魔法なだけに連発はしやすい。
避ける方向全部に撃てば当たる理論である。




