その6 祝杯
俺の試合が最後の試合だったので、会場が閉鎖されると同時に、競技場周辺にある飲食店には観客が殺到することとなった。
俺たちはマリナの計らいで、懇意にしているという店に案内してもらった。どこの店も戦場さながらの混雑となっていたので、これは非常にありがたい。
店の隅にあるテーブルに座ると、至る所から話し声が耳に入ってくる。
「見たか今日最後の試合」「ああ、新時代のマナ使いだろ」「若き紅蓮の担い手って二つ名を付けてる奴がいるぜ」「俺の新聞社の知り合いは公爵に近き魔法士って見出しを考えてたぞ」
酒場でもっぱら酒の肴になっているのは、突如現れた新鋭魔法士(つまり俺)のようだった。
正直、相当恥ずかしい。若き紅蓮()。
座った直後に、チラリと視線が向けられたので「おい、もししかしてあいつ……」「超天才新星魔法士のミキト様じゃないか?」「サイン貰おうぜ!」みたいな流れになるかと思って懐からペンを取り出す準備をしつつ身構えていましたが、本人だと気が付かれることなくそんな展開にはなりませんでした。
単純に目立たない恰好をするだけで、一般人として溶け込めたようです。つまり影が薄いって事なんですかね、はい。
ちなみに競技場には精霊としてマリナも立っていたが、こちらはそもそもベールのお蔭で正体もばれてい
ないのか、特に話題にすらなっていなかった。
注文した飲み物がテーブルに置かれると、各々手に取る。
「えー……それでは、二回戦の勝利を祝って。僭越ながらこのヘルムネラ=ツー=リーンリーフが祝杯の音頭を……」
「うぇーいオツカレー」「かんーぱぁいぃ!」「乾杯ですわ」
俺、それにユキにマリナ。それぞれが言葉を口にして手に持ったグラスをぶつける。
「ちょ、ま、わた! ううう! 乾杯!」
残されたリーフは、慌てて3つのグラスに自分のグラスをぶつける。マリナとリーフ、それに俺は一応未成年なので、酒ではなく果実絞りのジュースだけどね。
「まったく……乾杯の音頭と取れと言ったのはミキトなのに」
「悪い悪い。自分で言っておいて何だけど、畏まったのは苦手なんだよ」
冷たく冷えたグラスには鮮やかな山吹色の液体が注がれており、小さな緑の葉っぱが付いた紅の果実が彩りに添えられている。一口飲むと甘さの中にある僅かな酸味が、疲労した身体に沁みとおっていく。
グラスをテーブルに置くと、別の会話が耳に入ってきた。
俺に関連したもう一つの話題だ。
「オナーニとは何を意味している単語だと思う?」「俺が思うに恐らくマナの別表現をした言霊だ」「確か北方の島国で似たような言葉が使われたという記録が」「アへカオダブルゥピィースは高揚を表しているのでは?」「二百年ほど前に使われていた言霊だが、クチマンーコと発音が似ているからして……」
公衆の前で口にするには憚られる卑猥な言葉が飛び交っていたのだった。
勿論、彼らはその意味を分かっていないのだけど。
「何処もミキトの言霊の話題で持ち切りだな」
「いやまあ……ちょっと、いや相当複雑だけどな」
高尚で崇高な検討をしている彼らには悪いが、アヘ顔ダブルピースはまだセーフ(?)だとしても、ザー○ンミルクや口ま○こ はアウトを通り越してトリプルプレーまである。
自分でまいた種に少々頭が痛くなる。
俺は前髪をぐしゃっとしようとしたが、おでこを叩くような形になってしまった。ぼさぼさの長髪では逆に目立つので、リーフにざっくばらんに切ってもらったのだ。
短くなった髪は納まりが悪く、何となく恥ずかしい気がした。
「お似合いですわ、ミキト様。そちらの方が今までよりもずっと」
マリナが微笑みながら褒めてはくれる。
「そうか? 何かスースーして自分ではあまり……」
「お嬢様の言う通り、まあ悪くない……じゃない」
「リーフが言うと嘘っぽく聞こえる」
美少女二人に褒められれば満更ではないのだが、照れくささの方が前面に出てしまう。紅潮したのを悟られない様、二人から顔を背ける。
視線の先には魔法士らしき四人の若者。先ほど同様にアレな言葉を検証しているようだったが、いずれも期待した効果を出せないでいる、そんな結論が出ているところだった。
俺は再びマリナの方に向き直る。
「結局、俺と同じ言葉を使った詠唱でも『言葉の意味が分からない』から言霊としては機能しないってことなんだよな?」
「はい。意味がある言葉を、言葉の意味を理解し使って、初めて言霊となります。すぐに幾例も試されたようですが、ミキト様と同じくらいのマナを生み出した例は確認されておりません」
新しい言霊が公衆の面前で使用され、絶大な効果が発揮された。それを試した人間は百や二百ではないだろうが、少なくともマリナの耳に成功例は届いていないようだった。
「ごしゅじんみたいな変態は早々いませんって~。あ、それぼくのですよ」
「残念だがお前はもう既に二つ食べただろう。悪いがそいつは俺のだ」
ユキが皿の上に乗ったベーコン巻にフォークを伸ばすのを、俺はナイフで牽制する。
「んもう。結局大きなマナを生成したのは一回だけでしたから、あんましマナ貰えなかったし? 食事でマナを補給するのは義務っていうか? ごしゅじんは譲るべきだと思いますぅ」
「だめですぅ。俺は魔法対決で疲労しているから、優先的に栄養を取って回復するべきだと思いますぅ」
「まったく。子供なのかしら、あなたたちは」
呆れた表情で肩を竦めると、ジュースが入ったグラスに口に付けるリーフ。
「さっすがリーフちゃん。子供じゃないおっぱいを持つと言葉に重みがありますねぇ」
「ユキさん。俺もまったく同意ですねぇ」
「むむむむむ、胸は! か、関係ないだろう!」
茶髪で元気のいい女の子は、慌てて両腕で胸を隠す。
「ふふふ。みなさんリーフと仲良くなってくれて嬉しいですわ」
「……お嬢様? 目が曇ってらっしゃいます?」
「あら。違いましたか」
「ち・が・い・ま・す」
「ふふふ、同じように見えますけどね」
口を膨らませたリーフに微笑むマリナ。主従関係とは思えないほど仲がいい二人。こうして見るとまるで姉妹のようだ。
「……何よ、その『俺は全てを分っているから』的な顔は」
「元々こんな顔だって。気にするな」
「スカしすぎ。あ、成程。変態面ってことね」
ぐっ……リーフさんがちょっと厳しい。
「おっと隙あり。いただきだよ! ごっしゅじーん!」
リーフに返事をした一瞬のスキをついて、ユキはフォークでベーコンを突き刺すと口に放り込む。
「くっ……! ま、まあいいさ。これくらいなら自分でも作れそうだしな」
「へぇー。ごしゅじんは料理できるんだぁ?」
「簡単なものならな。趣味で良く作ってる」
さっきのベーコンもそうだし、野菜なんかもキュウリやトマトに似たものがサラダとして提供されている。テーブルには塩が置かれているし、異世界とは言え、食事情は大差無さそうだ。
グラスを口に付けようとしたリーフがその手を止め俺を見る。
「へぇ。意外」
「できる男は料理のひとつくらい出来て当然だ。リーフは何か趣味はないのか?」
質問の内容が意外だったのか、パスタを取っていた手を止める。
「都市国家公認魔法士としての責務があるもの。遊び呆けている時間はないわよ」
「何だ、随分と味気ないな。モテるだろうから彼氏の一人でも作ったらどうだ」
「そんなものに興味はないし」
「髪は降ろした方が似合うんじゃないか?」
俺は右側に座っていたリーフの頭に手をやる。明るい茶色髪を後ろで纏めていたゴムをひょいっと取ると、サラッとした髪が肩にかかる。
「……? ん、んな⁉ なにするのよ!」
リーフは何をされたか分からずポカンとした表情だったが、すぐに真っ赤になり自分の髪を手で隠す。ボリュームがあるし片手でじゃ隠しきれてないけどな。
「いや、そっちの方がやっぱ似合って――――」
「か、返せ!」
俺の手からゴムを奪い取ると、サッと元の髪形に戻す。
「やけに強情だな……はっもしや! 実は彼氏がロングヘアーに憧れてしまい道行く熟女に一目惚れしたあげく取られた過去がリーフの心を抉り、深く傷ついてしまった彼女は次第に長髪の女性を恨むようになりそして手にした短剣で心臓を」
「途中からやけに説明風なのは何故? あと最後の方ちょっとホラー入ってるし!」
「違うのか」
「むしろ何故当たってると思ったのか聞きたいくらいだけど。だ、第一彼氏がいたという部分が間違ってるし」
「そりゃ勿体ないな。顔はいいんだから、黙ってれば向こうから寄ってくるだろうに」
「……ねえ、それって悪いのは私の口だと聞こえるのだけど?」
「違うのか」
「う、ち、違わない……けど。もういいっ」
リーフはふんっと顔を背けると、テーブルに乗っていた料理に目を向ける。
「ミ、ミキトこそ元の世界に帰って彼女といちゃつきたいんじゃないのか」
「まあそうだな」
軽く返答すると同時に、ガシャーンという金属音が響いた。
「おい、フォークを落としたぞ」
指摘してやったのに、リーフは俺を見てポカンという表情をしたままだ。取ろうとしていたパスタごと、フォークがテーブルの上に落ちたのに気付いてすらいない。
「彼女……い、いたの?」
「まあ正確には違う。あと物理的に、触れられない」
ミクは彼女じゃなく俺の嫁。あとはモニターから出てくれれば完璧なんだけど!
「? 良く分かんないけど彼女じゃない……のね。ま、まあこんな奴を彼氏になんて思う女の子はいない……いえ、殆どいないでしょうしね」
妙にホッとしたようなリーフがフォークを拾った。




