その5 お披露目
競技場の中に一歩踏み入れると同時に、大きな歓声が沸く。それらは周囲を取り囲む建物に反射して、サラウンドの様に響き渡った。
大きな歓声がこだまする中、俺たちは中央に向かってまっすぐ歩いていく。
競技場はグラウンドの様な平坦な地形となっているが、試合が開始すると専用の地形に変化する。
丘の様になだらかな緩急がある地形の時もあれば、樹木が立ち並ぶ密林の時もある。どんな地形になるかは、試合が開始するまで分からない。
仕組みは想像もつかないが「実践では色々な地形があるから」みたいな配慮なんだろう。
中央近くまで来ると、前方から同じように歩いてきた対戦相手の姿が見えた。
金で縁取られた青いケープを羽織った若い男だ。
彼は声が届く位置まで歩くと、緩やかなウェーブがかかった茶髪を右手でかき上げる。
「青男爵マクシミリアン=イルダーク。君を倒す男の名前だ」
「異邦者ミキト=ミナミノ。趣味はエロゲーだ」
気取った自己紹介をされたので、俺もそれに倣う。
「エローゲ……? 聞いた事のない言葉であるな。どこの流派か?」
「流派……そうだな、確かに流派と言えなくはない。一言で言えば1982年発売の『ナイトライフ』が最も古いと言われており正にこれが源泉であるといっても過言ではないが、しかし俺は1987年に発売されたADVの傑作『同級生 』、1989年発売RPGの傑作『ドラゴンナイト』、ビジュアルノベルという源流を生み出した1996年『雫』の三作こそが真の源泉だと考えていて、一時代を築いたこれらの後に生まれた名作は数知れず、特に『この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO』『To Heart』『ランスシリーズ』といった神作のあとには雨後の筍の如く多くの亜流を」
「待て。一言の割に長いぞ」
「すまん。ちょっと熱くなりすぎた」
「それでつまりエローゲとは?」
俺は大きく息を吐いて髪をかき上げる。
「最強の言霊を生み出す最高の欲望の流派。ただそれだけだ」
この異世界においては大体間違ってないハズである。
「面白い。ところでそちらの婦人は精霊堕ちした精霊とお見受けしたが……。果たしてそんな精霊で私とまともに戦えるのかな。いや観客を冷めさせないか、少々心配ではあるがね」
男はそう言って顎に手をやり、後ろにいるマリナを見る。マリナが僅かに息を飲んだのが分った。
そういえば精霊堕ちってのは蔑視の対象になっていた歴史があったんだっけか。
まったく……その微妙にいけ好かない顔も、その下らない考え方も気に入らない奴だ。
「おい、ちょび髭野郎。マリ……いや「マナ」は俺のパートナーだ。悪く言うのは許さねえぞ」
指を突き付けて釘を刺す。
「ミキト様……」背後でもう一度マリナが息を飲んだのが分った。
「いやすまない。ただ精霊堕ちした精霊は元々人間だからね。生粋の精霊に比べてマナの扱いが苦手だと」
「ああ、知ってる」
知らないけどよ。
マリナを、俺の為にそうなってしまった彼女を悪く言われては黙っていられねーっての。
「言っておくが、彼女が生成するマナはそんじゃそこらのモノじゃないぞ」
「ほう」
「精霊堕ちだからって色眼鏡で見てると痛い目に遭うからそのつもりでいることだ。ま、最も。あんた相手に使う『必要』はないかもしれないけどな」
茶髪の男がニヤリと口の端を上げる。
「失礼した。不適切な言動は謝ろう。その特別なマナとやら、是非見せて頂きたいものだ」
茶髪が自分の右腕の手首を掴む。細い三つの腕輪が触媒なのだろう。俺も自分の胸に手を当て、触媒であるペンダントを握った。
多くの観衆の中、魔法同士の対決が始まろうとしている。だが俺に緊張はあっても不安はない。
そしてその理由が二人の精霊がいるからであるのを、俺は知っている。
何処から笛のような音が聞こえた。直後、地面が揺れる。「ぐわん」という奇妙な音がしたかと思ったら、一瞬でフィールドがなだらかな丘に変わっていた。上空を見上げるとと『タンマースの草原』という文字が浮かび上がっている。
始まったのだ。
周囲にはひょろりとした木が一本あるだけで他に障害物はない。どうやら地形を利用して相手の魔法を防ぐことは難しそうだ。
「土なる水の爪 発効せよ!」
正面からいきなり飛んでくる魔法。水で作られた爪が地面を抉りながら高速で向かってくる。
攻撃系魔法は「対象に向かっていく投射系」「対象付近に直接効果が出る放出系」の二つに大別され、前者は軌道が視認できる分、回避されやすいが必要とされるマナが少なく、後者は非常に回避しにくいがマナの必要量が極めて大きいという特徴がある。
そして今茶髪が放った魔法は回避しやすいという前者――放出系――であるのは見て取れた。
しかし回避とは「魔法による回避」なのだ。どんな魔法でも相手に当てることを前提としているため、障害物がないフィールドである以上、単純に肉体を駆使して回避するのは不可能に近かった。
衝撃が俺の左腕を襲った。
「なのでもちろん俺にヒットするのは至極当然であり……」
「ごしゅじん? ぶつぶつ言ってるけど次が来るよぉ?」
「分ってるっての!」
一応体の軸はずらしたので胴体部への直撃は避けているが、当たった左腕は完全に動かせなくなっている。左腕の護符が破壊されたため、身代わり人形の制約が発動しているのだ。
身代わり人形がダメージを負ったので痛みはないが、この試合では左腕は使えないだろう。
自分の腕でありながら動かせない感覚に少し戸惑いはあるが、今そんな事を考えている余裕はなさそうだ。
茶髪の方に視線を向けると、既に第二派の準備をしているところだった。
「土なる水の爪 水なる土の槌 発効せよ!」
「悠久 カオス 魂魄 霧散し消散せよ! 魔法障壁! 発効!」
連続して喰らう訳にはいかず、俺は相手の魔法に合わせ、咄嗟に「普通の」言霊で打消し魔法を使用する。俺の暴挙魔法は効果を発揮し、前面に展開された粒子が、茶髪が放った水の爪を受け止めた。
しかし止まったのは一瞬。
水の爪は展開した粒子を全て跳ね除け、俺の胴体へ直撃する。冷たい感覚を下腹部に感じた瞬間、大木で突かれたような衝撃が腹部を抉り後方へと吹き飛ばされた!
それでも多少なりとも衝撃を緩和させていたはずだ。ダメージは緩和できたはずだが……。
俺は立ち上がりつつ、上空に表示された人形に視線をやる。新しく破壊された部位はないようだが、胴体の部分がダメージを示す赤に変わっていた。
「完全に打ち消すのは無理だったか」
「む……。今のはそちらの婦人ではない、な……。別の精霊が言霊を受け取ったのか。そちらの精霊は中々優秀と見える」
僅かな感嘆の声をあげたのは相手の方だった。
ただしそれは俺の魔法に驚いたわけではなく、言霊を受け取ってマナを生成したユキに対してだった。
「詠唱はっやー。必要最小限のマナで初級魔法を連打するスタイルみたいだねぇ。生成するマナを最小限に抑えるために詠唱速度も速いし」
消していた姿を現したユキが感嘆する。
「……みたいだな。リーフとは全然違うタイプだ」
「てゆうかごしゅじん、またいつもの言霊だったし。もしかして舐めプ?」
「違うって。単純に一番早い詠唱じゃないと間に合わないと思っただけだ」
リーフ相手に練習をしていたが、彼女はもう少し長めの詠唱で威力を高い魔法を連発するスタイルだった。俺はその速度に慣れていたものだから、今の様な速度特化した戦い方意表を突かれたのだ。
「複数の精霊との契約、しかも片方は有形精霊で優秀。だがその長所である複数の属性を生かした魔法を使う訳でもない。シードだからどれほどの実力者かと思えば……この程度か」
俺が立ち上がるのを待ってから茶髪が僅かに嘲る。
「いや本当、この程度で助かったぜ」
「左腕は破壊され胴体にもダメージが蓄積されている方が吐くセリフではないな。それとも負け惜しみか? 」
上空に映し出されている俺の身代わり人形は、左腕が破損している。胴体の部分も若干ではあるが赤くなっており、ダメージを受けていることが明らかだった。
「いや、まだ四体満足だし」
「移動も制限されたというのにか」
「なに?」
その瞬間、俺の身体が沈み込んだ。俺が立っていた草原はいつの間にか湿地に……いや沼地と化していた。柔らかく深い土は俺の太腿辺りまで迫り、尚も沈下しようとしている。
「先ほどの攻撃と同時に放った水なる土の槌だ。初級魔法でも素早く連打することで価値あるモノへと昇華させられるのだよ。初級魔法だと打ち消さず舐めすぎたようだな」
話している間も茶髪は周囲に魔法をどんどん「溜めて」いた。
殆どが初級魔法であるようだがその数は30以上。一つ二つ打ち消されても幾つかが直撃すればいい。魔法による防御ができないのであれば、初級魔法だろうがそれは致命傷となる。
「稼げた時間でこんなにも魔法を生み出せてしまったよ」
数の暴力を実現した彼は、今勝ちを確信した笑みを浮かべる。
だが、悪いが――――。
「ま、俺も確信したけどな」
「ははは。負けることを、か?」
「いや、単に俺が今勝つ方法を、だ」
俺の返答に、一瞬意外な表情を見せた彼だったが、
「ははは! ならば負けたら教えて貰うとしよう。さらばだ異邦者とやら」
何か呟くと、30を超える風と水の魔法が全て同時に放たれた!
「ああ! なら後で教えてやるから酒場で待ってな! ユキ、行くぞ!」
「おっけ~!」
俺は返事を聞く前に詠唱を開始していた。
「全裸電マオナニーしろ」『はい、全裸電マオナニーしますぅ……』
「顔射したらごっくんしろ」『顔射されたらごっくんしますぅ……』
「俺んちでハメてやったらアヘ顔ダブルピースで失神してもいいぞ!」『はい! ハメて下さいませぇ!』
俺が言霊を一つユキに渡すたび、周囲にマナが満ちていく。……そして。
「うおおお! 小さな発火 !」『はい! イきますぅ!』
高まり切って恍惚としたユキが、触媒を握った俺の手に触れた瞬間、周囲の膨大なマナが炎に変換された。
それは初級の炎の魔法とは思えない、巨大な炎の津波。
術式の限界を超えて放たれたそれは、彼が放った30以上の魔法を全て一瞬吹き飛ばした。
その余波――というには余りにおこがましい程強大な波――は、そのまま目を丸くした青男爵マクシミリアン=イルダークへと向かっていく。
瞳を見開いた彼は何か魔法で防ごうとしたようだったが、炎の波は何もなかったように「その魔法ごと」飲み込んでいった。
競技場は奇妙な沈黙に包まれていた。
観客はもちろん、受けた本人すら何が起こったか理解できず呆然と立ちすくし、誰かの吐息すら聞こえるんじゃないかと錯覚するほどの静寂。
身代わり人形が発動したため、炎に飲まれたにも関わらず彼は無傷だった。
だたし、上空に表示されている彼の人形は原形を留めておらず、風が拭けば塵となるようにも見えた。
それはもし彼が、この競技場でなければそうなっていた、という事を示唆していた。
「『特別なマナ』は、やっぱりあんたに使う必要はなかったな」
やがてどこかで小さなどよめきが沸き起こると、それはすぐに化学変化を引き起こし、会場全体を揺るがす大歓声へと変わった。
「ごしゅじんんん! さいっこーの言霊でしたよぉ! あはぁ」
「ミキト様、やりましたね!」
頬を紅潮させふわり寄ってきたユキと、小走りに駆け寄ってきたマリナ。こちらも嬉しそうにしていたが顔は真っ赤だ。
「でもユキさん。よくあ、あんな恥ずかしい言葉を言えましたね」
「だって最高の言霊だよぉ? 何て言うの? 実際イキかけちゃったかもぉ、へへへ」
「そ、そうなんですか?」
「マリナ譲も次は言ってみなよぉ~」
「え、あ……そんなこと、はい……ってミキト様どうかなされましたか?」
マリナが赤い顔を、観客席を見ていた俺に向ける。
「いや、ちょっとした問題が発覚した」
「問題……ですか? あ、まさかどこかお怪我でも⁉」
「ああ、近い。……モラル的な怪我っていうのかな、これは」
俺は観客席の方を見た。
なぜならそこでは大歓声に交じって「オナニー」「顔射」「アへ顔」といった発禁寸前の言葉が飛び交っていたからだ。
やがてそれは「オ・ナ・ニー!」「オ・ナ・ニー!」「オ・ナ・ニー!」という……どう考えても頭がおかしい歓声に変わっていった。
そんな訳で、俺が初勝利を飾ったこの日。俺が大勢の前で魔法を使ったこの日。
アラントの人々は『新しい言霊』(※ただし淫語)を知ったのだった。
勝ったけど大丈夫なのか!?




