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その5 再現されたもの

 だが結局、俺はマリナに言霊を与える覚悟を決めた。


「じゃ、じゃあ行くぞ」

「はい!」


『ご主人様にパイズリせよ! そのままお口でごっくんご奉仕!』

『ご主人様にパイズリしますわ! そのままお口でごっくんして!』


 俺の言葉をなぞるように、マリナの口も動いた。詠唱の内容はユキと同じだ。


 だが、人形に起こった現象は……精々焦げた範囲が増えた程度だった。

 結論から言えば、えっちな言葉でもマリナがマナを生成することはできなかったということになる。


「ううううう、何故ですの……。同じ言霊でユキさんはあんなにもマナを生成できるのに」

「す、すまん。なんかすまん」


 あんな言葉を言わせても、結果が出ないので何だか俺が悪いように思えてきた。


「ユキ。何かアドバイスはないのか?」

「そうだなぁ。精霊になったばかりのマリナには、使う言葉の意味をちゃんと教えた方が良いかもしれない」

「言葉の意味?」

「言霊って意味のある言葉の事ですし。本人が理解していない言葉はただの文字列。ぼくは直感的に理解してるからいいですけどぉ」


 なるほど。確かにえっち文化が発展していないこの世界では、これらの言葉は意味を持たない文字列に違いない。だが……。


「確かに……『ぱいずり』とか『ごっくん』とか何のことか分からないままでした。教えて頂けますか?」


 果たしてこの純真な少女に教えていいものか、これまた迷う所である。少し離れたリーフから、めっちゃ痛い視線が届いてるってのもある。


「『パイズリ』と『ごっくん』の意味を、教えて欲しい、と、仰いますか」

「はい。何故いきなり敬語に?」


 暫く黙ったまま答えずにいたが、


「……ミキト様。このままでは最強魔法士に勝つどころか、一回戦負けもありえますよ?」


 脳髄に何かが走った。

 負け……負ける? 負けるだって? この俺が? 負ける?

 その言葉が、聴覚を通して全身に駆け巡った瞬間、俺の心に火が付いたのを自覚した。


 ハッキリ言ってだ。

 別に最強魔法師が来ようが身内トーナメントを荒らされようが、どこかで戦争がおきようが、俺にはどーでもいい。


 だが。だがしかし! 負けることだけは嫌だ! 絶対に嫌だ。やるなら勝つ。勝てないなら最初からやらない方が良いくらいだ。


 勝つためには強力な魔法が必要だが俺は初級魔法士か使えない。そしてその魔法で勝つには大量のマナがいる。大量のマナを生成するのは精霊であるマリナに頼るしかない。

 であれば俺のすることはただ一つ。何を迷う事があろうか。

 抑えきれない衝動を放つべく、俺はマリナを正面に捉えるように立つ。


「マリナ。今から俺が使う言葉の意味を教えるから聞いてくれ」

「はい! では教えて頂けるのですね!」

「ああ。でもどんな言葉であろうと、以後「必ず」使って貰うからな。覚悟はいいか?」

「勿論ですわ!」


 歓喜の表情を浮かべたマリナに向かって、俺は語り始めた。

 ではまずは基本的な事項、男女の営みから教えるとしよう。




   *******




「……………………」


 黙ったまま座り込んだマリナ。顔を両手で隠しているが、耳たぶが真っ赤なのが見て取れる。


「………………………………………………」


 実に長い沈黙である。ここに時計はないので正確な時間は分からないが、話し終えてからたっぷり30分は経過しているのではないだろうか。


「マ、マリナさん?」


 俺が声を掛けても一向に立ち上がる気配はない。やっぱりアナルセッ○スやイマラ○オの説明は時代が早すぎたか……。


「ミナミノミキトォ~。ヨクモオジョウサマニヲ……コノヨウナメニ、アワセタナ」

「は、あはひ」


 リーフさんが近寄ってきて耳元で低い声を出したものだから、思わず変な声が出た。何なの、魔獣なの? マルカジリされちゃうの?

 だがリーフの怒りの炎が爆発する前に、マリナが立ち上がったので、ギリギリ生命維持。


「……………お待たせしました。もう大丈夫です」

「お、おう」

「ミキト様の世界で、こほん。行われている、ぎ、儀式とは随分と進んでいるのに驚きましたが、言葉の「意味」は理解致しましたので、これまで以上にマナを生成できると思います」


 そう言って、俺をじっと見つめるマリナ。だがその顔は未だ恥ずかしさで紅潮したままだ。


「そ、それにしても、儀式の内容はほんの少しだけ噂で聞いておりましたが、「そのような」ことまでする必要があるのですね。リーフは知っていたのですか?」

「あ、い、いえ! 私は……その……彼からちょっとだけ聞いて……」

「そ、そうですか。リーフは落ち着いているのでわたくしはてっきりもう……」

「なな、てっきりもう、とととは⁉ わ、私はまだ接吻すらして、おおお、おりませんし!」

「わたくしもですわ! でもふぇらてぃおとは男性の方のアレに接吻するモノなのでしょう? もしかして言葉の意味をより深く理解するには、実践をしなくてはならないのでは……」


 チラチラとマリナが俺の顔と……下半身を見る。え、ちょ、ちょっと何言ってるのこの人!


「いやいやいや! それは必要ないだろ⁉ なあユキ!」

「う~ん、実践済みの方がいいとは思うけどぉ。あ、ぼくも気にはなるからやってみたいな」

「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいお。何言いだすんだ!」


 この精霊は! そりゃ年頃の童貞の俺だって試してみたい気持ちがないと言えば嘘になるが、いくら何でもそんな展開はありえんっての!


「にゃはは。冗談ですよぉ。意味さえ知ってれば十分ですぅ」


 ぷぷぷと笑うユキ。こ、この野郎……。


「ほら、ごしゅじん。試さなくていいんですか?」

「やらねえっての!」

「いや~そうじゃなくて。言葉の意味を知ったマリナ嬢にマナの生成をさせるのを試すって意味ですよぉ」

「あ、はい! やらせてください!」


 俺の代わりにマリナが元気良く返事する。

 とりあえずユキに舐められっぱなしで納得いかないが、詠唱を試してみる方が先決だ。


「じゃマリナ。準備はいいか?」


 未だ赤い顔であったが、マリナが頷いたのを見て、俺はもう一度詠唱を始める。



『ご主人様にパイズリ』『ご、ご主人様にパイズリします……』

 恥ずかしそうにマリナが復唱すると、手に持った触媒がにわかに熱を帯び始める。



『そのままお口でごっくんご奉仕せよ』『そのままお口でごっくんしますっ……』

 一語発するたびに、周囲に眩い光が集っていく。だが不思議な事に触媒はユキの時ほど熱くはならない。

 やっぱりダメか。そんな考えがよぎったまま最後の言葉を発した。



『白いのをいっぱいぶちまけてやる! 小さな発火(ピットファイア)!』

『白くて熱いのをいっぱいください!』



 その瞬間、人形が燃え上がったように見えた。

 「ように見えた」というのは、燃え上がったのがほんの一瞬しか見えなかったからだ。

 それに取って代わったのは、眩い光。

 周囲に発生した全ての光は燃え上がった人形を――――まるで炎を消すかのように包み込んだ。

 そしてパッと光りが消え去った後には、炎どころか人形すら消し去っていた。


 燃えて灰になったのではない。それならば床に灰があるはずである。

 だが、そんな痕跡はない。あるのは地面から突き出た僅かな支柱の残りのみ。

 ターゲットとなった人形は文字通り、跡形もなく――――――――消え去ったのだった。



 部屋は静寂に包まれている。

 音はなく声もない。お調子者のユキですら呆気にとられ言葉を発しない。



「今のは……燃え……いや消え、た?」

 俺が絞り出した言葉に答える者はいない。


「今の魔法は……第六属性を使った小さな発火(ピットファイア)……?」

 暫くして次に言葉を発したのはリーフだった。



真光(アティール)だねぇ」

 そしてユキがのんびりとした声で、はっきりと、断定した。




   *******




「つまり、ミキト様の言霊をユキさんが受け取った時は膨大なマナが生成される。それと理由は分からないですが、ミキト様の言霊をわたくしが受け取った場合に、第六属性・真光(アティール)生成される、ということなのですね」

「そういうことに……なるらしいな」


 落ち着いた後、四人で話し合った結果、その結論に落ち着いた。

 いい加減な出所不明の精霊と精霊堕ちしたマリナ、それに俺のアレな言霊。

 この3つを組み合わせることで、初級魔法であっても他を凌駕する威力を発揮できるし、真光(アティール)を使った未知の魔法すら使う事ができる。


 ユキに言霊を渡せば膨大なマナが。

 マリナに言霊を渡せば真光(アティール)が。


 練習の結果得られたのは、初心者の俺でもトーナメントでも十分に戦える、ということだった。

 リーフの提案もあり、詠唱速度の上昇と練度を高めておくため、その日の練習は深夜まで続けられた。(ユキはいい加減眠そうだったけど)。


 もちろん彼女も俺も大真面目なのだが、練習場から聞こえるのが、

「おちんぽ」やら「いぐう」やら「prprされたらすぐにいっちゃうhshs」

 という卑猥ワード満載だったので、もしお巡りさんが聞いていたら未成年の俺でも派出所に連れて行かれることだろう。

 だけどこの異世界においてお巡りさんはおらず、それらの言葉の『意味』を理解できるものは、ここにいる面子だけだからセーフだ。



 俺の『最強の詠唱』が完成したのは、もう日が昇ろうかという時刻であった。

 ――――――それは同時に『たぶん新しい最強魔法士が生まれた瞬間』でもあった。




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