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その1 トーナメント開幕

「凄い数だな……。これ全部トーナメントを観に来る人なのか?」


 大通りを埋め尽くす人の流れ。それらが少しずつ会場に移動していくのを見て思わず呟く。五階から眼下に広がる光景はまるで人の絨毯である。


「魔法トーナメントといえば一大イベントだからね。我が国はもちろん、周辺都市国家からの見学者も多いわ」


 隣に立つリーフが補足してくれた。

 トーナメントが行われるイベント会場の敷地は、東京ドーム二つ分ほどだろうか。中央にある大きな広場を囲うように、幾つもの建物が立ち並んでいる。

 俺達がいるのはその建物の一つで、出場者たちが多く宿泊しているらしい。


 実際、今いるロビーには明らかに「魔法使えます」と言わんばかりの黒フードの男やら、黒い尖った帽子を深くかぶった女の人が何人も歩いている。


「しかし……みんな結構奇抜というか伝統的というか魔法使い的というか。色んな服装だな」

「特定の色を好む精霊も多いからな。炎なら赤、土なら黒といった具合に、精霊の好みに合わせた服装に統一するのは割と伝統的だ」


 なるほど。じゃあ、あの白とピンクのフリルがついたキラッキラな格好の少女は「僕と契約してよ」とそそのかされた伝統の結果なのかな? 宇宙の法則が乱れない事を祈るばかりである。


「俺も色を整えた方が良かったか」

「ぼくは色とかあんまり気にしないですから。どうでもいいですよぉ」


 俺の呟きを聞いて目の前にふわっと現れたユキは、欠伸をしながら気怠そうに答える。相変わらず神出鬼没な奴だ。

 ちなみに俺の服装はこちらの世界に来た時に着ていた――つまり寝ていた時のまま――のティーシャツにジーパンである。中学生男子が寝る時にパジャマに着替えるとか都市伝説でしかない。


「ふん。好み以前に、そいつは自分の好みすら覚えてないんじゃないかしら」


 リーフが腕を組み挑発的な態度を取る。どうにも最近ユキに丸め込まれっぱなしな彼女が、ここぞとばかりに反撃に出たようだ。


「あらあら。確かにリーフちゃんには「色」気があるもんねぇ。胸とか特に」

「ん、んなななな! む、む、胸は関係ないだろう!」


 だがユキにくすくすと笑いながら言い返えされると、真っ赤になって思わず自分の胸を両腕で隠す。

 リーフは年齢に対してちょっぴり大き目な自分の胸がコンプレックスのようで、それを知ったユキはちょいちょいからかうのである。残念ながら精霊さんの方が何枚も上手の様だ。

 空いていたテーブル席に座ると、にわかに周囲がざわつき始めた。


「お、おいあれ」「まさか……魔道元帥のガーゼミキト⁉」「奴も出場するのか!」

 それに呼応するかのように出場者たちの視線が――もちろん俺にではなく――入り口の扉に集まっていく。



 視線が集まった先。そこに灰色のロングコートを纏ったマスクの人物がいた。



 仮面は顔全部を覆っている訳ではなく、目と鼻を隠しているだけのものだったが、性別や年齢を隠すには十分な役割を果たしていた。

 彼(あるいは彼女か)が歩くと自然と人々が道を開いていく。彼はもしかしてモーゼさんなの? 近くまで来たら、そんな冷やかしの一つでもしてやろうかと思った。


 だが。――そんな軽い気持ちはあいつが間近に来た時にあっさり霧散した。

 圧倒的な威圧感。誰もが道を開けた理由を、俺も己の身で味わう事となった。

 アレが一歩踏み出すごとに風無き風が身体を打ち付け、音無き音が体を揺らす。そんなある筈もない感覚を、身体が感じる。


 古武術には心気という言葉がある。相手の強さや間合い――つまり危険な距離――を察知したりするものだそうだ。それは剣道を嗜んでいる俺にも少しは分かる。剣気という言葉で稀に使用されるが、要するにヤバい距離の事だ。

 その距離は相手によって様々だが、明らかに今俺は……その距離にいることを感じ取っていた。


 灰色のコートがその距離から外れるまでにかかった時間は僅か数秒であったが、その間、俺の呼吸すらする事ができなかった。

 その後ろ姿が遠ざかっていくのを確認してから、俺は大きく息を吐いた。息を吐いてこんなにも清々しくなれたのは生まれて初めてかも知れない。



「ホッとしたかい?」



 だが――――不意打ちの様なその声が、目の前から発せされた。


 目の前? そう、目の前からその声は聞こえてきた。

 顔を上げた、その先には、先ほど通り過ぎたはずの、灰色のコートが、いた。

 圧倒的なあの威圧感を、纏っての前に。


「ああ、驚かせてすまないね。君も出場者なんだろう? 面白い顔だったから、つい声を掛けてしまったよ」


 彼は短く纏まった黒い短髪に手をやりぐしゃっとすると表情を和らげた。

 意外な事に「彼」の声は若い。もっとバリトンだと勝手にイメージしていたから尚更である。

 良く通るその声は、決しておかしな声ではない筈なのに、何故か耳障りに感じた。まるで同族嫌悪をするかのように。


「ははっ、誰が面白い顔だって?」


 何か言い返してやろうとしたのに、まるで言葉が思い浮かばない。反復するのが精一杯だった。


「僕は魔法特別区ゾーンハイムの特級魔法士ゼーガミキト。君の名前は?」

「……南野美樹人だ」

「へぇ、僕と少し響きが似ている。良い名前だ」


 彼は口の端を少し上げて笑う。

 マスクのその奥の視線は俺を値踏みするかのように見つめている。

 俺とコイツは初対面に間違いない。だが俺は奇妙な既視感を感じていた。

 こいつは……何だ。


「なるほど」


 暫くして一言呟くとグレーマントを翻して背を向ける。


「何、が」

「フフフ、気にしないでくれ。それじゃ、相対する時を楽しみにしているよ」


 ゼーガミキトはそう言って――――今度こそ本当に去って行った。



「なんだ、ありゃ……。俺は最終的にあんなのと戦うのかよ」


 掠れた声で感想を絞り出す。会話はそれ程長くはない時間だったはずだが、俺は一時間以上も走ったような疲労感を覚えていた。


「ええ。魔導公爵(デュークウィザード)セウベウト=フォン=ゼーガミキト。史上最年少で魔導元帥になり、長らく空位になっている魔道皇(マナリオン)に最も近いと言われている男よ。そして我がアラント最大の敵国ゾーンハイムの特別大使でもあるわ」

「色々ご立派な二つ名があってまあ……」


 軽口を叩いていたが、正直背中の冷汗が気持ち悪くてそれどころではない。リーフも同じなのか、苦虫を噛み潰したような表情だ。


「あの方が未来に大きく関わっていると、未来視で色がそう告げています」


 いつの間にか俺たちのテーブルに来ていたマリナも、真剣な顔つきで奴が去って行った方を見ている。

 ロビーは同じように威圧感で意気消沈した者、あるいは逆に準優勝を狙うことを目標にした者、彼が何故俺に声を掛けたのかの疑問の声を上げる者など、ゼーガミキトが姿を現しただけで多種多様な化学反応が生まれていた。


「できれば関わりたくないってのが、俺の正直な感想だな。負けるのは嫌いだが、負けると分かっていて全ツッパするのはもっと嫌いだ」

「幸い貴方とは別ブロックだから、当たるとすれば決勝戦ね」


 いやいや。あんなのばかりだったら一回戦を抜けることすら困難だぞ。決勝戦まで行けるかも妖しい。昨日は最強魔法士になれたと思ったが、あんな威圧感を見せられたらそんな自信も揺らぐっての。


「ミキト様なら大丈夫です! それに私たちには切り札があるんですから! 絶対優勝しましょうね!」


 元気いっぱいのマリナ。

 だがいつもは天使に見えるその笑顔も、今だけはゲームオーバー直前のフラグを告げる小悪魔の微笑に見えたのだった。




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