その4 えっちな言霊
それから一時間ほど、俺は様々な言葉を組み合わせて魔法を試し撃ちをした。
だが結論から言えば……全然だめだった。
いや一応炎は出たんだけどね。ライター程度の炎が……。
俺がどんな言葉で撃っても、放った魔法はどれも普通レベル以上の威力を越えることはできなかった。え、マジで? 俺の言葉、低すぎっ……⁉
ちょっと自信がなくなりそうになる。
「すみません……。わたくしがマナの生成を上手くできないばかりに……」
「いや俺の方こそ、うまく言葉を作れなくてすまん」
「いえ、全てはわたくしが悪いんです。……魔法が使えませんし、精霊として上手くマナも生成できないなんて。生きている価値があるのでしょうか……」
う、空気が重い……。いつも朗らかなマリナが落ち込んでいる。
「お、お嬢様。お気を落とさずにっ! くっ! ちょっとミキト、もう一度詠唱しなさい!」
「お、おう」
俺は触媒を握って教えられた詠唱を口にする。
『彼の者を導く灯 それは始源の炎 燃えよ、小さな発火 発効!』
『彼の者を導く灯 それは始源の炎 燃えよ、小さな発火 発効!』
俺が詠唱すると、ほぼ同時にマリナの口から同じ詠唱が流れる。
契約した精霊とは言霊がリンクするらしく、契約主が発した言葉を同じように精霊が口にする。そうすることで、精霊が触媒からマナを生成することができるのだ。
俺の詠唱が終わると同時に、手に持っていた触媒が僅かに熱を帯びる。そしてターゲットの人形に……ちょっぴり火がついて、焦げた。
「だ、だめですわ……こんなんじゃ……」
マリナがさらに落ち込んで座り込む。悪化させてしまった。
「も、もっと違う詠唱を創ってみようぜ! ほら、さっき言ってただろ。詠唱に幾つか言葉を加えれば効果が違ってくるってさ!」
「そ、そうですわね。ですがそのクラスの触媒であれば、もう少しマナが出てもいいはずなのですが……やはりわたくしの才能がないのでしょうか……」
「今日魔法を使い始めたばかりの俺と、精霊になって数日のマリナなんだ。仕方ないって」
俺は自分の手にある小さなペンダント型の触媒を見つめる。昼にマリナが買ってくれたものだ。
触媒としての性能はBマイナーと店主は言っていた。一般的に使われている触媒がCクラスらしいので触媒としては悪くないはずである。
だがこの一時間で試した俺の魔法の威力は……初級魔法だという事を覗いても平均的かそれ以下。やはりマナの生成に問題があるのだろうか?
「も~。何時までやってるんですか。見てて飽きるんで、そろそろ帰りたいんですけどぉ」
部屋の隅でふわふわ浮いていたユキが、退屈そうに欠伸をした。
「言っておくが、この後お前も練習だからな。契約分は働いてもらうっての」
「えー。ぼくはマリナ譲のサポートなんでしょお? だったらまずお嬢がちゃんとマナを生成できてからいいじゃないですか~。三日後くらいになりそうですけどぉ」
「うう……」
事実を述べられてマリナがさらに落ち込む。ユキに悪意はないんだろうが、今のマリナには酷過ぎる。
「ユキ。マリナは遊んでる訳じゃない。努力する奴をバカにはしないでくれ」
自分の口から思いもよらない冷静な言葉が出た。あれ、俺はこんな事を言う奴だったっけ。
だがそれはユキも同様だったらしく少し驚いたような顔になって……その後僅かに気まずそうな表情になった。
「うー、ごめん」
「い、いえ。わたくしがマナの生成を上手くできないのは事実ですので!」
しょんぼりしたユキに、マリナが慌てて言い繕う。
「大体ね~。ごしゅじんも悪いんですけどぉ」
「え?」
分かればいいんだ分かれば的なドヤ顔していた俺に、ユキが突然責任転嫁してくる。
「だからぁ~。精霊が『好む』言霊を使ってあげないとダメなんですって。もう何度も使ったじゃないですか」
それはもしかして………………えっちな言葉の事か。
実は薄々分かってはいたのだが……詠唱は精霊とリンクすると知ってから、俺には躊躇いがあった。
あの言葉を年端もいかない少女に言わせるのは、流石に気が引ける。第一、あれらの言葉をマリナが好むとはとても思えない。
ちらっとマリナの方を見るが、マリナははてなという表情で全く分かっていないようだ。
「……とりあえずだ。ユキ、ちょっと試させてくれ。マリナは少し休憩だ」
「はいはい」「わかりました」
マリナは壁際の椅子に座り、ユキが俺の隣に来る。
「詠唱の術式とか良く分からないんで適当でぇ。重要なのは言霊ですよぉ」
「分った。じゃ、行くぞ」
「はいな」
俺は大きく息を吸って、詠唱を始めた。
『ご主人様にパイズリせよ!』『ご主人様にパイズリして!』
ユキが言霊を一言復唱するたび、手に持った触媒が急激に熱を帯び始める。
『そのままお口でごっくんご奉仕!』『そのままお口でごっくん!』
もはや持っているのがつらい程。
『燃えよ 小さな発火!』
その熱は一気にマナへと昇華された。
熱せられた鉄の様に熱くなった触媒を手放したくなるのをぐっと堪え、右手を人形に向けてかざすと同時に、人形が業炎に包まれる。
いや、業炎という言葉では表現が生温い。先程までの焚火の規模を小さくしたような小さな火ではなく、リーフが放った秩序ある炎でもない。
光に近い原初の熱源そのもの。それがたまたま「火炎」という形を取っているだけ。そんなモノのように思えた。
一秒にも満たない時間で人形は塵一つ残さず消え去った。
静寂が部屋を包む中、パチパチという小さく弾ける音が聞こえる。天井の一部が燃えている音だった。
「ああああ! そうそう今のだよ、ごしゅじん! 聞いた事のない言葉にこれまでにない解放感と斬新な切り口! 言葉の意味は分からないけどとにかく凄いィ!」
沈黙を破ったのは、どこか恍惚とした口調のユキ。
両腕と膝を抱えるように丸まった体勢で震えている。
「な、何だ今のは……。中級魔法、いや上級魔法に匹敵するほどの威力……。いや私の上級火炎系の魔法でも、あそこまでできるかどうか……」
「すごい……。初級魔法である小さな発火の限界を遥かに超えていますわ! ミキト様」
立ちすくむリーフと、その手を取り小さくジャンプするマリナ。
だが当の本人である俺は、あまりの威力に呆然と立ちすくしていた。
「これで分ったでしょぉ? ごしゅじんの最大の武器は、膨大なマナを生み出すことのできる言霊だってことがさ」
その言葉でハッとしたマリナは慌てて俺に歩み寄り、勢いよくまくしたてる。
「ミキト様! 今の言霊をどうかわたくしにも! わたくしにも下さいませんか!」
「え⁉ あ、ああ……」
いいのだろうか。自由奔放なユキが口にするのはまだしも、マリナのような純粋な女の子がアレを口にすると考えると……少し躊躇いがあるのだった。




