その2 ミキトとマリナ
建物に囲まれた広場には、大小様々な露店が立ち並んでいた。
蚤や金槌を扱う金属用品店から、食器や何かの籠といった日用品らしきものを売る店、シートを地面に敷いて鉱物を並べている店まであり、その種類は雑多だ。更に集まる人を目当てにした飲食店の露店も幾つもある。
催し物というよりバザーと言った方が雰囲気的には正しい。
比較的建築系用品が多いのは、先ほどマリナが言ったようにアラントの特徴なのだろう。
「今日は地方からの名産が集まる日なのです。普段は店に並ばないような品物までありますから、掘り出し物が見つかると良く耳にしますわ。ほら、あそこでは触媒を取り扱ってますよ」
マリナが指さした先には他に比べても明らかにボロボロな屋台があった。店先に並べられた木の机も相当年季が入っていて、うっかり手を付いたら崩れ落ちてしまいそうだ。
「こんなところで買う奴いるのか? なんか胡散臭くみるんだが……」
店先に並べられた石を手に持ちながら感想を述べると、露店の奥の扉から、上半身裸で頬に大きな傷のある大柄なスキンヘッドのオッサンが出てくる。胸に七つの傷こそないものの、どう見ても完全にあっちの人です。
「おおう、坊主。店先でいちゃもんとは中々度胸があるな」
「マ、マリナさん? 魔法連盟公認の店とかがあるんだったらさ! そ、そういう信用できそうな店の方がよくなくなくない?」
目を泳がせつつ俺は彼女に意見具申でござる。
「ふふ、大丈夫ですよ。こちらの方とはもう十年来の取引をしている、エステヴァン家ご用達の触媒屋さんなのです」
「……兄ちゃんよ。さっき胡散臭いとかとか何とか聞こえた気がしたが?」
「いえ。いえ? 知ってた。俺知ってましたしー? ご用達っぽい感じするわー」
オッチャンは俺の心を込めた棒読みにニヤリとすると、椅子にどっしりと腰かける。小さな椅子がギシリと音を立て、その椅子壊れちゃいそうなんですけど? と俺に余計な心配を掛けさせた。
「で、マリナ譲。今日はどんなのを探してるんだ?」
「特別なものでは……CプラスからBの物で手頃なものがあれば頂きたいのですが」
「ふむ。ならこれなんかはどうだ。ラーカト産の触媒から作った錫杖、Bクラスとしてはかなり破格の性能だぞ。まあラーカト産のはちょっと扱いにくいってのが問題だがな」
「そうですわね。できればもう少し初心者でも扱いやすいものがあればうれしいです」
「初心者ねぇ。じゃあリーンリーフのお転婆が使うワケじゃないんだな。だったらこっちのはどうだ……」
商談を始めた二人を横目に、俺は店先に並んでいる触媒を見て回る。
拳ほどある石の塊や指輪、小さな笛、それに短刀のようなものまであり形状は様々だ。
どうやら触媒を使用した商品であれば何でもよく、使い勝手の良いものに加工するのが一般的のようだ。
一番手前にあった指輪を手に取って見ていると、
「お、それは誓いの指輪でな。二人で握って誓いを立て、魔法を使えば何でも願いが叶うって触媒だ。今なら2ディーナルでいいぞ」
商談を終えたらしい店主が商魂逞しく勧めてくる。
この世界の通貨はディーナル。異世界に来て3日目だし、この広場の売り場を見ていればその価値も大体わかる。
2ディーナルという価格は露店のジャンクフードが変える値段であり、無形精霊の時給の平均値だ。
……ま、つまりこの触媒その程度の価値であり、言ってしまえば願いが叶うなんてのは嘘っぱちで子供騙しの玩具だろうってことだ。大体どんな願いでも叶うなら、売るんじゃなくて自分で使えばいいじゃん。こんなのに引っ掛かる奴はいねーっての。
「どんな願いでも叶う……。素晴らしいですわね」
「うんうん。叶えばね。マリナさん、怪しい商品を買おうとするのは止めましょうね?」
「あら、願いが叶う何てとっても素敵ですのに」
「叶えばな……」
マリナが手にした指輪を奪ってから机に戻す。
と、ふと思いついた事があったので尋ねてみる。
「マリナはもし願いが叶うとしたら何を願うんだ?」
美少女のお願いを叶えてあげればそれだけでフラグの10本は立つことは確実だ。机に戻した指輪をこっそり買っておくくらいの下心は、俺にだってあるのである。
「そうですわね……。わたくしの……わたくしの願いは。アラントの、いえ。この世界の平和ですわ」
彼女がしばらく考えてから答えた願いは、想像以上に規模が大きかった。
『その願い……俺が叶えてやるぜ!』作戦に無理が生じた瞬間である。うーん、残念。
「ミキト様は?」
「は? 俺?」
突如振られて――極上の笑顔を向けられたのもあって――思わずキョトンとする。
「ふふ、わたくしだけ願いをお話しするのはずるいですわ」
「……まあそれもそうだな」
中学二年生に確固たる将来の目標がある訳ではない。そもそも異世界にいる今、現代で考えていた夢など叶うはずもない。
暫く考え、答えを出した。今の俺の願い、それは、
「ま、早く日本に戻ってエロゲーをやることかな」
一瞬ぽかんとなった後に出した彼女の笑顔は極上だったが、俺の笑顔も負けじと極上だったはずだ。……笑顔のベクトルが違ったのは否定しない。
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「しかしさ。第六属性ってのは、エデンの触媒ってのが必要なんだよな。さっき買った触媒じゃダメなんじゃないのか?」
帰り道。
マリナが買ってくれた触媒(小さな石が先に付いたペンダントだ)を右手で触りながら疑問を口にする。
「真光が生成できるかはまだ不確定要素ですから。まずは通常の魔法を正しく使えるようにしましょう。あ、宿舎に戻ったらミキト様専用の詠唱も考えませんとね」
「専用の詠唱? そういえば……触媒からマナをどれだけ出せるかは、精霊が好む言霊をどれだけ詠唱に盛り込めるかだっけ」
「はい。同じ魔法、同じ触媒でも言霊一つで効果が数倍以上違ってきます。だから魔法士の多くは最大限に生かせる自分なりの言霊……『詠唱』を持っているのです。魔法を使うためのパスワードみたいなものですね」
少し後ろを歩いていたマリナが小走りで隣にくる。暫くするとまた少し後ろを歩く形になるマリナ。小走りで追いつく。それが何回か繰り返されたところで、俺は姉ちゃんの言葉を思い出した。
『男の方が歩幅が大きいんだからな。自然に歩いていると女の子の方が遅れる。女子と一緒に歩くときは注意しろよ。分かったらプリン買いに行って来い』
ビッチからの助言が童貞の俺の役に立つときが来るとは。女の子と歩くときが来るのか甚だ疑問ではあったが、プリン2つ分の価値はあったようである。
俺が気づかれないよう少し歩みを緩めると、彼女が遅れることは無くなった。ちょうどいいくらいのペースのようだ。
ちなみに左手はポケットの中に入れたままで、それはさっき買った願いが叶う指輪を弄んでいる。
……結局買ってしまったんだよな。オッチャンが何かニヤニヤしてたし。マリナが見てないうちにさっと会計を済ませたんだ。
まあ昨日渡された金が残っていたのもあるし何より安い。それに日本に戻ったらいい記念になるだろうしな。
そんな事を考えている間も彼女の魔法講義は続いていた。やや紅潮した顔で魔法を嬉しそうに語る彼女は、やっぱりどこか楽しそうで、何故だか俺はそんな彼女を微笑ましく思うのだった。
「――それで精霊の好みにもよりまずが、多くはあまり使われていない言葉で構成されることが多いです」
「なるほど。つまり黄昏より暗きとか絶えず自戒するとか人形とか黒棺とか、何かそういうカッコよくて使われていないのを盛り込めばバッチシってことか。得意だ、任せておけ。元中二病の俺にとってその程度はこれまで食べたパンの枚数を数えることくらい造作もない事だ」
俺が調子よく合わせた時だった。
「ごしゅじーん? だからそういう在り来たりな言霊はいいってば~」
俺の背後から聞いた事のある声がしたので振り向くと、野菜スティックが入った容器を片手にしたユキがふわふわ浮いていた。
浮いているのはいつもの事だからいいのだが、振り向いた俺の視線はちょうどくびれた腰とすらっと伸びた太腿の間を直視する形になったのは少々気まずい。
「お前いつから……っていうか、下穿いてる?」
「勿論ですよぉ~。視線が自然とそこにいくとか流石ですよぉ」
いやどうみても穿いてないし……。まあ本人が穿いているというのなら穿いているのだろう。
駒都えーじも小林立もそう言ってた。
「まあ視線がそこに行くのは浮いてるお前が悪い。ついでに言うとその透け透けしそうな透けスカートが悪い。つかそりゃ何だ」
「これはさっきー、そこのバザーで買ってみましたぁ。似合いますぅ?」
「似合うかに合わないかと聞かれたら欲情的だなと思います」
「あははーさすがご主人。ぶっ飛んでますねぇ」
痴女に言われたくはない。トンでも精霊だ。飛んでるけど。
ちなみにユキのスタイルも相当良い。細身なのに出るところは出ている。
スタイルの良さで言えばリーフも負けていないのだが、あれは体育系の引き締まったスタイルだ。純粋な意味で男を惑わせるスタイルはユキの方である。
もし迫られちゃったら体を許してしまうかもしれない。どうしよう⁉
「聞こえてますよぉ? あとそれはないですからぁ~。ぼくはもっとマッチョなのが好みですからぁ~」
野菜スティックをぽりぽりと口にするユキ。
「さいでっか。……というか精霊も野菜食べるんだな」
「やだなぁ。これはダイエットですよ。これでもスタイルの維持には気を使ってるんですぅ」
「ふうん、大変だな」
「ご主人も一つ食べますぅ? これ甘いですよ」
キュウリのような薄緑色をしたスティックを一つ差し出すユキ。
「いらん、俺は肉食主義だ。マリナにでも勧めてやってくれ」
「あら、それはわたくしにもダイエットが必要だと遠回しな示唆をされているのでしょうか?」
ふふふと笑うマリナの目がちょっとだけ怖い。そんな示唆はしていないんでいつもの優しいマリナさんにお戻り下さい。
「でもユキさんは珍しいですね。精霊は食事が必要ないはずですが」
「どういうことだ?」
「精霊はマナがあれば生命活動を行えますから。触媒からマナを生成したときに、そのうちから幾ばくかを貰ってエネルギー……人間でいえば必要な栄養にしているのです。天使の取り分、なんて言われてますね」
「へー。じゃ、魔法を使えば使うほどマナを生み出した精霊にとってメリットがあるという訳か」
精霊はマナを糧に生きているが、触媒からマナを生成するのに必要な『言霊』は人間にしか作れない。
逆に人間は触媒からマナを生成できないから、言霊を精霊に与える。
そして生まれたマナは「人間は魔法に」「精霊は生命の糧に」となる。
なるほど。人間と精霊。魔法とマナ。どれもが世界の維持に必要な歯車という訳だ。
「だから人間と共存してるんだですけどねぇ。魔法の為にマナをたくさん使ってくれるから」
ふわふわと浮きながらユキは最後の野菜スティックを齧った。
「そうそう、ユキさん。宿舎に戻ったら|第六の属性についてお聞きしたいことが……あっ」
人通りの少ない小道に差し掛かった時、突如立ち止まるマリナ。
「……? どうかしたか?」
「ミキト様……そこは危険かもしれません。お離れ下さい」
マリナはそう言って、俺が歩いていた位置、左右に建物が並ぶ小道の右側を不安気に見つめる。理由は分からないが、心配そうな彼女を安心させるため左へ寄る。
俺が移動したのと、元の場所に上から何か落ちてきたのはほぼ同時だった。
ガチャンという音と共に、地面に破片が飛び散る。
ベランダ近くに置いてあった花瓶が落下したようだ。もしマリナの言葉がなければ、俺に直撃していただろう。
「おー……、良く分からんが助かったよ」
「いえ、ミキト様の周りに凶兆の赤い色が見えましたので。良かったですわ」
「へえ。マリナは未来視の瞳を持ってるんだね」
ホッとした表情のマリナに、ユキが興味深げにふわふわと寄っていく。
「過去に何例かは聞いた事あるけど、実際に人が持ってるのは初めて見たかもぉ。何世代か前の先祖返りで得られるとかだっけ。いいなぁ」
暫く羨ましいだの妬ましいなど呟いていたユキだったが、ふと思い出したように口にした。
「あ、でもそれを持つと確か先天的欠陥ができるんだよね。理由は分かんないけど」
その言葉を聞いてマリナの表情が少しだけ曇る。魔法が使えない自分、その体質を思い浮かべたのだろう。
「ああ、ごめん。別に悪い意味じゃなくてさ。欠陥って言っても全部を無くすわけじゃなくって……っていうより補完? 何かしらを失って何かを得るものだって」
ユキが少々慌てたように言い直す。
俺は自分が契約した精霊が、口は悪いが性格はそれほど悪くはないことに安心した。
「へーそりゃ誰から聞いたんだ?」
「うーん……誰だったかなぁ。何か広い所で……聞いたような気がするけど……思い出せないなぁ。記憶喪失の悲しい所だねぇ、あはは」
「ふふ、面白い精霊さんですのね。ユキさんは」
「あはは。よく言われるよぉ」
「単なるバカってか? 確かにその体つき、特に下乳は実にバカっぽくてけしからんな」
少し暗くなりそうだった雰囲気を変えようと、俺が逸らした話題にユキが乗っかる。
「ご主人? あまりに酷いとセクハラで訴えますよぉ?」
「おいおい、俺がいつそんなことをした」
「今。何で下から微妙に見上げてるんですかぁ?」
「そりゃ男のサガだから仕方ない。男は伝説の秘宝を探したくなる時があるんだよ」
「ふふ、ユキさん、もし訴訟をするならトーナメントが終わってからに致しましょうか」
「おっけーおっけー」
マリナとユキは小さくハイタッチをすると、お互い笑顔になる。やっぱ女の子は二次元でも三次元でも笑っている方が可愛い。
この二人は仲良くなりそうだなと、何となく思ったのだった。
宿舎へ到着した時には、日も随分と傾いていた。
食堂からは食欲をそそる香りがしたが、俺たちはそのまま魔法練習が行えるという一室へと移動する。
「あ、お帰りなさいませお嬢様! ……それと変態とお供の精霊もな」
先に入って待っていたリーフが嬉しそうにマリナに近寄ると、ユキに一瞥する。
「あれあれあれぇ? もしかしてぼくは歓迎されてない系だったりする~?」
「あら。もし歓迎しているように聞こえたのなら、私の言い方が悪かったのね。ごめんなさい」
リーフとユキは目が合うと火花を散らした。
この二人は仲良くできそうにないな、というのも何となく思ったのだった。




