その1 マリナ
玄関の扉は重厚だったが、ノブを回すと思った以上にスムーズに開いた。
宿舎から一歩外に出ると太陽の光がこれでもかと言わんばかりに照らしつけ、その眩しさに思わず顔をしかめる。
「今日もいい天気ですね」
「ああ。ただ少しいい天気過ぎて集中講義を受けた後だと拷問に近い」
優しげな声のマリナに若干の非難を込めて返す。起床させられた時にはそれほど高くはなかった太陽も、既に真上に上がっている。真昼の日光は異世界をこれでもかと眩しく照り付けていた。
日本にいれは今はゴールデンウィーク真っただ中である。
それは惰眠を貪っても誰も文句を言わない期間であり、何処にも出かけていない非リア充をツイッターで探して一方的な連帯感を高める期間でもある。
だがこの異世界においてはだ。今日は休日じゃないし、ツイッターはおろかネットもない。
そんな訳で惰眠を貪っていた俺だったが、リーフによって叩き起こされた。
「ミキト様、魔法の講義を致しましょう」
リーフの隣にいたマリナが寝ぼけ眼の俺に、天使の笑顔でそう宣言した。
正直寝ていたかったんだが、断ったら何が起こるか分からない、と言わんばかりの笑顔だったから喜んでベッドから起き上がりました!
で、それから数時間の間、俺はマリナから魔法についての講義――初級魔法の種類や詠唱の作法、上級魔法の存在など――を延々と受けさせられのだった。
講義中の彼女は眼鏡をかけており、普段のややおっとりとした雰囲気からは考えられないほどのスパルタっぷりである。
だがその甲斐あって、僅かな時間で俺は魔法に関しての基礎知識を覚えることができた。
俺は素晴らしく優秀な人間だから……と思いたかったが残念ながらそうではなく、彼女の説明が非常に分かり易かっただけである。
「えっと……魔法連盟公認の触媒提供所はアラントでは三か所あってですね」
そしてその講義が終わった後、彼女は俺の触媒を買いに行こうと外へ連れ出したのだった。
大通りに出た辺りで、並んで歩く隣の彼女を見る。
僅かに上気した顔。鼻歌でもしそうなご機嫌な足取り。何故だか分からないが、講義を終えた後あたりから、彼女は非常に満足そうだ。
「ミキト様……? わたくしの顔に何か付いていますでしょうか?」
「ああ、いや」
どうやら見つめすぎで彼女に不安を抱かせてしまったようだ。
だがこればかりは仕方がない。完璧な美少女が極上の笑顔を見せていたら見つめないでいられることができようか。いやない(反語)。
すれ違う男の殆どが、俺と似たような動きをするのでちょっと笑える。もっともそのうちの何割かは、彼女が「元首」だという事もあるだろうが。
何度か通った大通りだが昨日よりも人通りが多く感じる。カフェっぽい店のテラスは多くの客で賑わっており、この都市がそれなりの繁栄をしているのが見て取れた。
脇の小道に入っても賑やかな雰囲気は続いているおり、露店で売られている何かの食べ物(多分ジャンクフード)の売れ行きもよさそうだ。香ばしい匂いがすきっ腹になりつつある食欲をくすぐる。後で食べてみるのもいいかもしれない。
「結構平和なんだな。この間襲われたからもっと殺伐としてるイメージがあったけど」
「……ここまで発展、いえ復興することができたのはここ10年ほど大きな争いがないからです。アラントは昔から魔法連邦と魔道帝国という二大勢力に挟まれたていましたから。言わば最前線であるこの国は何度も戦火に巻き込まれ、一時期は本当に荒廃した都市でした」
僅かに表情を曇らせるマリナだったが、すぐに笑顔になり誇らしげに微笑む。
「ここまで復興が早く達成できたのは、我がアラントの人々の気質が真面目だからですのよ。特に建築に関しては大陸でも有数の技術と魔法を持っていますし」
なるほど、確かにそうかもしれない。
さっきの大通りもそうだが、今いる小道も綺麗に舗装されているし、路肩には側溝もある。元の世界に比べてもこの都市の成熟度が高い水準にあることが伺えた。
「しかし建築にも魔法があるのか。万能だなぁ」
「ふふ。でも巨大な建設物には強大な魔法には希少な触媒が必要ですのでコストもかかりますし、簡単なものであれば職人が行った方が早い仕事もありますよ。何より建築に携わる魔法は自分のマナに負担がかかり『酷く酔う』そうです」
「酔う……? どんな感じなんだ?」
「視界が揺れて足元がおぼつかなくなるそうですわ。……そういう感覚的な部分は人づてに聞いただけで恐縮ですが」
はにかむ彼女だったが、その表情と口調が僅かに暗いものとなったのに俺は気づいた。
そういえば以前特殊な体質だか何だかで、魔法が使えないと言っていたのを思い出した。今朝の講義が分かり易かったのは、それでも魔法を使おうとと努力した結晶だったのだろう。
別に魔法を使いたくない訳ではなく、使えない自分に対して歯がゆさを覚えているのだとしたら……。そしてそれがきっかけで精霊堕ちにならざるを得なかったのだ。
今の質問はちょっと気遣いがなかったかもしれない。
俺は自分の伸び切った髪をぐしゃりと掴んだ。
しばらく歩いていると、また食欲をそそるいい匂いが鼻孔を付く。さっきと似たようなジャンクフードが露店だ。
……っていうかさっきの店の気がする?
「気のせいだったらすまないが、さっきもこの道を通った気がするんだけど……。いやまあ、勘違いだったらすまん。似たような道が安定して量産できるというのは、それだけ技術と都市が発展してる証拠だけどな」
「えーっと……ごめんなさい。道に迷いました……」
ズコー。思わず昭和初期のリアクションを取りそうになる。
「え、君ここの元首だよね?」
「げ、元首であろうと誰であろうと、道には迷うのです! あ、見てください。今日は中央広場で催し物があるんです~。掘り出しモノがあるかもですよ!」
彼女は恥ずかしかったのだろう。真っ赤になって否定して、誤魔化して、そして歩き出した。
俺としてはむしろ年齢どおりの幼さが表れてむしろ微笑ましかった。若くして元首――恐らくはこの都市における最高位――になどついているせいか、大人びているのがむしろ逆に困惑するくらいだった。
俺はぼさぼさの長髪をかき上げ少し笑うと、先を行くマリナを小走りで追いかけた。




