表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セイラ・サバーの事件簿  作者: あび


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/11

第六章 力の向こう側

 街の名前はガルドナといった。

 ヴァルタから三日歩いた先にある中規模の街だ。領主の管轄地の中でも比較的大きな商業都市で、市場が賑わっていて宿も多い。

 賑やかだった。しかし何かが引っかかった。人々の顔だ。笑っているが目が疲れている。怯えている人間の目だ。


 騒ぎが起きたのは夕方だった。

 路地の奥に人だかりができていた。中心にいたのは領主の兵士四人。そして兵士たちに囲まれているのは一軒の家だった。

 家の前に女が立っていた。四十代くらいだろうか。必死な顔をしている。その後ろに子供が二人隠れていた。

「出てこい。お前の夫は領主様の倉から麦を盗んだ。連帯責任だ」

「夫は死にました。三ヶ月前に病で。子供たちには何も関係ない」

「夫が盗んだ麦の弁償ができなければ子供を働かせる。それが決まりだ」

 子供たちが泣いていた。

 私は状況を見た。間に入ろうと足を踏み出した時だった。

 隣でヴィサラの息が変わった。


 振り返った。ヴィサラの顔が変わっていた。笑顔が消えていた。

 目が揺れていた。しかし揺れているのは恐怖ではなかった。怒りだった。それも並の怒りではなかった。

 兵士の一人が女の腕を掴んだ。女が悲鳴を上げた。子供たちが泣き声を上げた。

 その瞬間だった。ヴィサラが前に出た。

「やめなさい」

「引っ込んでいろ」と兵士が凄んだ。「引っ込まない」とヴィサラは言った。「その子たちを放しなさい」

 ヴィサラの手のひらが光った。青い光だった。

 私は走った。「ヴィサラ、待って!」


 止めるのには間に合わなかった。

 ヴィサラの魔法が放たれた。兵士に向かって放たれたはずだった。

 私が間に入った瞬間に軌道がずれた。

 光が路地の壁を砕いた。轟音がした。砂埃が舞った。

 砂埃が収まった時、路地に倒れている人がいた。

 女の子だった。二人の子供のうちの小さな女の子が、崩れた壁の破片に当たって倒れていた。動かなかった。


 時間が止まったように思えた。

 リオンが駆け寄って女の子を抱き上げた。「生きてる。ただ頭を打っている。早く医者を」

 私はその場に立っていた。動けなかった。

 私が間に入ったから。私がヴィサラを止めようとしたから。魔法の軌道がずれた。女の子が倒れた。

 頭の中でそれだけが繰り返された。


 女の子は医者に運ばれた。命に別状はないと言われた。

 宿に戻って部屋に入った。誰も何も言わなかった。

 しばらく沈黙が続いた。

「私のせいだ」とヴィサラが言った。

「私が間に入らなければ」と私は言った。

「違う」とヴィサラは言った。「あなたは止めようとしただけ。正しいことをしようとした。それが悪いわけがない。ただ」

「ただ?」

「正しいことが、必ずしも正しい結果を生むわけじゃない。それだけのことよ。それだけのことが、どれだけ残酷か」


「話してもいいかしら」とヴィサラは言った。「本当のことを」


 ヴィサラが語り始めた。

「先に言っておく。山道で話した、母が三年前に死んだというのは嘘。組織が用意した作り話だった」とヴィサラは言った。「本当はもっとずっと前。私がまだ子供の頃の話」

「私の家族はある村に住んでいた。魔法使いの家系で、村人の治療をしながら生きていた」

「その村に老人が来た。武具職人だと名乗っていた。目が澄んでいて、静かな人だった」

 私の体が固まった。

「その老人は村に三日泊まった。母と話していた。子供だった私にも話しかけてくれた。一緒に星を見たり、畑の野菜を褒めたりしていた」

 じいさんだ。

「その老人が村を去って一ヶ月後に、村が燃えた」

 ヴィサラの声が変わらなかった。変えないようにしているのだと分かった。

「領主の軍が来た。老人と村に繋がりがあるという理由で。母が死んだ。祖母が死んだ。父も死んだ。私だけが生き残った」


「その老人の名前を後で調べた。ケイ・サヴァという名前だった」

 私は息ができなかった。

「私はずっと憎んでいた。ケイ・サヴァを。だから黒幕の組織に誘われた時、迷わなかった。ケイ・サヴァに繋がるものを追跡するという仕事だったから」

「じいさんが村を燃やしたんですか」

「違う」とヴィサラは言った。「あの老人はそういう人じゃなかった。星を見ながら笑っていた人が、村を燃やす理由がない」

「黒幕が利用したんだと最近になって分かった。ケイ・サヴァが村に来たという事実を使って、軍を動かした。ケイ・サヴァの魔法が原因だという嘘をついて、村を燃やした」

「ケイ・サヴァは利用されていた。そして私も利用されていた」


「あなたは」と私は言った。「私に近づいたのは組織の指示だったんですね」

「最初は」とヴィサラは言った。「ケイ・サヴァの後継者を監視しろという指示だった。でもあなたと旅をして、いろんなものを見て、分からなくなった」


 翌朝、セイヴァンが宿に来た。

「セイラ嬢」と彼は言った。「私も話さなければならないことがある」


 セイヴァンが話し始めた。

「ケイ・サヴァ様のことを。私は若い頃に命を救われた。旅の途中で賊に襲われた時に、偶然通りかかったケイ・サヴァ様が助けてくださった」

「封印のことも伝えたんですね。黒幕に」

 セイヴァンの顔が歪んだ。一瞬だけ。すぐに戻った。

「ええ。領主に仕えるようになって、ケイ・サヴァ様の情報を求められた。断れなかった。封印のことを話した。それが罠に使われた」

「じいさんが死んだのは」

「私のせいです」とセイヴァンは言った。

 部屋が静かになった。

「ずっとそれを抱えていた。あの方は命の恩人だった。なのに私は」

 声が途切れた。セイヴァンは目を伏せた。


「じいさんはあなたを憎んでいたと思いますか」と私は聞いた。

「憎んではおられなかったと思います」とセイヴァンは静かに言った。「それが一番苦しい。最後にお目にかかった時も、あの方は私を責める言葉一つ口にされなかった」

「ええ」と私は言った。「そういう人じゃなかった」


「セイラ嬢」とセイヴァンは言った。「これからあなたの旅に同行させてほしい。領主への忠誠は終わりにする。遅すぎたが」

「分かりました」と私は言った。「ただし一つだけ。次は私に先に言ってください。黙っていることが一番困る」

 セイヴァンが小さく頷いた。ヴィサラが小さく笑った。本物の笑いだった。


 その日の昼過ぎに女の子が目を覚ましたという知らせが来た。

「昨日、光がきれいだった」と女の子が言った。小さな声だった。「ドーンってなる前に、青い光がきれいだなって思った」

「そうか。きれいだったか」

「うん。でも怖かった」

「そうだね。きれいなものが怖い時がある」

 女の子の頭の包帯を見た。

 力は手段だ。しかし方向を誤れば、きれいなものが人を傷つける。

 じいさんはそれを知っていた。だから封じた。

 まだ分からなかった。ただ一つだけ分かったことがある。

 簡単に力を使ってはいけない。それだけは体の奥に刻み込まれた。


── 第六章 終 ──


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ