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「ねぇ、あの子でしょう?」
「ああ。そうそう。……あの歳で、ね」
「……席、座りたいんじゃない?」
「そうみたいね」
「ねぇ、あなた。席、ここに座って。私たち、もう行くから」
「……ありがとう、ございます」
「いいのよ。……大変だけど、頑張ってね」
肩をぽんと叩かれて、迷った挙句ペコリと小さく頭を下げるにとどめた。
◇
努力して努力して、やっとの思いで入った大学。魔法医になるために、研鑽する日々。大変だけれど、ずっと昔からの夢に少しずつ近づいている。そんな気持ちに満たされて、充実していた。
なのに半年前から、私は原因不明の体調不良に悩まされるようになった。生まれつき恵まれていた魔力量は、突如として安定しなくなり、大学の授業さえまともに受けられない日も出てきた。
私は嫌な予感に胸を焼かれつつも、大学病院へ駆け込み診察を受けた。
『魔力消失症』の診断がおりた時、目の前が真っ暗になった。その日はどう病院を出て家まで辿り着いたのか、記憶にない。
気づけば、自宅に帰り着いていて、ダイニングテーブルに腰掛けて、ただただ呆然としていた。
混乱を抱えながらも必死に自分を律して、翌朝も大学へ通った。だが、ぐるぐると考え込みすぎて夜中ほとんど眠れなかったこと、食べ物もろくに喉を通らず空腹状態だったことから、もともと病魔のせいで安定しなくなっていた魔力が更に不安定になって……私は魔力切れを起こして保健室に運ばれた。
ユーリはとても心配し、付き添ってくれて……私の病気のことをその場で知ることとなった。
ユーリは、その日からどこにでも私に付き添うようになった。単位の関係であまり大学は休めない状況だったのに、魔力切れの影響で体力が戻らずふらつく足には有難かったが、ひとつだけ困ったことになった。
「ちょっと!あなた達、見てわからないの?」
「……なによ、いきなり」
「この子よ。顔色を見ればわかるでしょう?……そこ、どいてちょうだい。この子を座らせてあげて」
「え、ユ、ユーリ!私はいいから……っ」
「大丈夫だから。トーラは黙ってて」
「……はぁ?私たち、早く来てこの席をとったのよ?どうして退かないといけないのよ」
「そこが一番、扉と近いし、講師にも近いわ。あまり歩かなくてもいいし、授業も聞き取りやすいでしょう」
「……だから、どうしてその子のためにそこまでしないといけないのよ」
人気の教授の選択授業で、講義室に入った時だ。
ユーリは、すでに席に腰掛けていた生徒にこんな申し出をした。
教授はレポートを提出させるのが好きで、授業の合間にも色々と提出物があったりする。しかも、何故そう考えたのかを直接生徒本人と対話して聞き取りをすることもあった。
だから、教授の居る教卓まで行ったり来たりすることが多く、代わりにユーリが提出しに教卓まで行くのも難しいとわかっていたから、そう言ってくれたのだろう。
……だが、さすがにやり過ぎだ。
止めようとしたが、ユーリは聞く耳を持ってくれなかった。
不満いっぱいの顔で女生徒が拒否したので、ユーリは声を大きくして言ってしまった。
「あのね!トーラは病気なの!魔力消失症を抱えていて、とても大変な状況なのよ!?少しは気遣ってあげられないの!?」
その言葉で一気に講義室の中がざわついた。
まだ学生と言えど、医療を学ぶ者達だ。その病気がどんなものなのか、病名を聞けばすぐにピンとくる。
座っていた生徒達は「……そうだったの、大変ね。配慮が足りなくてごめんなさい」とそそくさと立ち上がって別の席に移動するし、他の生徒達はヒソヒソと何かを耳打ちし出した。
そして、私の噂は大学中に広まり、生徒だけでなく教授達にも知れ渡った。
◇
「トーラ」
「……ユーリ、ここ空いたわよ」
「ありがとう。それより、体調は大丈夫なの?……学校なんて来てて」
「ええ」
「そう……。でも、辛かったら机に突っ伏して寝ててもいいから。私が代わりに出席のカードを通して、ノートをコピーしておいてあげる。教授だって、トーラが辛そうにしてたら、うるさく言わないはずだから」
「…………」
「トーラ?どうしたの?」
「……ううん、何でもない。……ありがとう」
「いいのよ、これくらい。友人なんだから当然だわ。私はずっと、トーラの味方よ」
「…………うん」
……わかっている。他の生徒達も、ユーリも、悪気なんてない。これは彼女達にとって、私への気遣いであり、『優しさ』なのだ。
「……ごめんなさい、私やっぱり……今日は帰るわ」
「え、そうなの?送っていってあげようか?私、今日は家の者に迎えに来るよう言っているから」
「……いいの。私も迎えが来るから」
「あら、そう。それなら安心ね。じゃあ、気をつけて帰るのよ、トーラ」
「……わかったわ」
……わかっている。彼女にとって私は大切な友人で……心配と同情の気持ちを抱く、『可哀想な』友人。
言い聞かせるように心の中で唱える言葉に、複雑な感情が湧き上がる。
本当は迎えなんて来ない。一人になりたかった。
大学を出た所で立ち止まり、ずっと向こうを眺めながら自分の中の様々な気持ちと対話していた。
その時だ。
「君。……おい、そこの君!」




