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「トーラ、これ。またはみ出てる。……やり直し」
「……ぶぅ。……わかったわ、すぐに修正する」
「ああ」
それから、僕たちの関係は少し変わった。
僕は前にも増して、彼女にハッキリ意見を伝えるようになった。
彼女は……以前は何も言わず受け止めるだけだったのに、今は不満を露わにする。信頼する人間に、冗談混じりに愚痴や本音をこぼすように。でも、すぐに真っ直ぐ受け止めて、仕事に邁進する姿勢は変わらなかった。
「……トーラ」
「ん?なに、マルネス」
早速、仕事に取り掛かる真面目な部下に問いかけた。
「……縫製もやってみるか」
「え……」
まるまると大きく開いた目を見て、にっと口角が上がる。
「い、いいの……?」
声が震えていた。
「……君なら、任せられる」
心の底から湧き出た、素直な気持ちだった。
トーラの目に涙の膜が張るのがわかった。
わなわなと動いた唇が、元気な声で紡いだ言葉は想像通り。
「っ、はっ、はい!やります!やらせて下さい!……私、頑張りますね」
「ああ。……期待してる」
目尻に溜まった涙がぽろんとひとつ、彼女の紅潮した頬を伝った。その煌めきに、自然と目を細める。
僕は初めて、女性を美しいと思ったーー。
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「……トーラ。違う、そうじゃない。ここは、こうするんだ」
「うっ……ごめんなさい」
「この服はもうダメだ。今日は終わりにするか?」
「いえ!やらせて下さい!」
「……そうか。ではもう一度、やり直し」
「はい!」
トーラは苦戦した。
何度も布をダメにして、何度も僕はやり直しを指示した。その度に落ち込んで……でも、何度でも食らいついてきた。
「……できました」
「貸してみろ」
「はい……」
トーラは緊張した面持ちで、僕の布をチェックする姿を見ていた。
「……よく頑張ったな」
「……ほ、本当ですか?」
「ああ。裁断も、縫製も、文句なし。……完璧だ」
「…………っ、マルネス」
「これから、君には裁断と合わせて縫製までお願いするとしよう。……行く行くは、デザインも任せたいと思っている」
「………………」
「……トーラ?」
「好き……」
突然黙り込んだ彼女を案じて、名前を呼んだ。
誰も居ない、窓の外には夜の景色が広がる……二人きりの室内。
シンとした空気に、トーラの切なげな声がこだました。
「トーラ……」
「……好きなの、マルネス。あなたを……愛してる」
思わず出た2度目の自分の名に、彼女はわずかに瞳を潤ませて、絞り出すみたいに言葉を重ねた。
その言葉に、声に、表情に……彼女の、すべてに。
僕の心は、初めてーー
歓喜の高鳴りを覚えた。
「…………僕もだ」
「……今……なんて言ったの……?」
僕の答えに、トーラが息を呑んだ気配がした。
「僕もだ、と言ったんだ」
再度聞こえた言葉に、驚きを隠さないトーラが、愛らしくて、愛おしくて。腕を伸ばしたーー。
「好きだよ、トーラ。……君を愛してる」
抱きしめた小さな身体に馴染ませるように。
優しく……言葉を吹き込んだ。
「……めて」
「え?」
ドン!!!
その時、強い力で胸をひと突きされて、理解が追いつかなかった。そこには、今まで見たことのない色を映した、彼女の揺れる瞳があった。
「……トーラ」
「やめて……っ!私を呼ばないで……っ」
耳を押さえて、キッと僕を睨むと、踵を返して走り出す。
「っ、な、何だよ!トーラ……っ、待て!待つんだ……っ!」
わけもわからず、僕は追いかけた。
そうしなければならないと思った。
このままーー
このまま彼女を見失ったら……もう二度と、彼女は僕の前に現れてはくれない。
なぜか、そんな気がしたーー。
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