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「好きです……私と、お付き合いして下さい!」
「断る」
「っ、ど、どうしてですか……」
「僕は君がタイプではないし、好きではない。今後も好きになることはありえない」
「なっ……!そんな言い方、ひ、ひどい!もっと他にも伝え方があるのにっ!なんて冷たい人なのっ!?」
ばちん!!
わぁっと泣きながら走り去る令嬢の背を、冷めた目で見つめた。
叩かれた頬はジンジン痛んで熱を持ったが、心は凪いでいた。
女性を泣かせても、「冷たい」と罵られても、力一杯憎しみをぶつけられても。それでも揺れ動かない僕の心は、やはり氷のようなのだ。
そう思った時、「大丈夫ですか……?」と控えめな声が耳に届いた。
「トーラ……」
「これ、使って下さい……早く冷やさないと、腫れてしまいます」
言って、差し出されていたのは、水に濡らしたハンカチだった。
「……いや、大丈夫だ」
「でも……っ」
「本当に、大丈夫だから。……腫れた方がいいんだ」
ーー戒めになるから。
最後の言葉は言わなかった。
「え?」
聞き直されて、返事に詰まる。
「なんでもない、忘れてくれ」
「…………」
「とにかく、これはいいから。……じゃ」
「待って下さい!!」
立ち去ろうとしたが、背を向けた瞬間、細く、頼りない指にきゅっと手を握られて、引き止められた。
「やっぱり、ダメです。……きちんと冷やして下さい」
「…………」
トーラは心配そうに瞳を揺らして、懇願していた。
僕は振り払うことも、返事をすることもできず、ただ時間だけが過ぎていった。
「…………君は」
「え?」
「君は、どうして……」
とめようと思った。でも、口からこぼれ出した言葉を、もう呑み込むことができなかった。
「どうして、僕を嫌わないんだ……?」
「嫌う?……マルネスを?」
「ああ。こんな冷たい人間、嫌になるだろう? 僕のことを知れば、君の友人のユーリや……さっきの令嬢みたいに、離れていくのが普通だ」
「…………そう、なのですか?」
「そりゃ、そうだよ。僕は女性が喜ぶ甘い言葉も囁かず、笑顔も向けない。仕事も、女性に対してでも容赦がないし……あんなふうに告白されても、うまく返すこともできない。冷たい、欠陥人間だ。なのに……」
「………………」
「なのに君は、どうして」
ーー僕から離れていかないんだ……?
「それどころか、どれだけ僕が冷えた言葉を放とうと、仕事で厳しくしようと、君は決まって……」
ーーありがとう、と笑う。
「どうして。……どうして君は、突き放しても近づいてくるんだ。どうして……どんどん、僕の中に入りこんでくるんだ」
なぜか途中から喉の奥が引き攣れて、うまく声が出なくなった。
それでもなんとか最後まで言い切って顔を上げると、美しい湖の水面みたいに澄んだ水色の瞳とかち合った。
「……冷たいって、なんなんでしょうか」
「…………?」
「ねぇ、マルネス。優しさって……何ですか?」
「え……、そ、それは……」
質問に質問で返されると思わず戸惑っていると、ふっとトーラの顔が綻んだ。
「私には……あなたは冷たい人だと思えません」
「な、に……?」
「少なくとも、私には……私にとっては、あなたはとても優しい」
「この僕が……?」
信じられなくて、口をあんぐり開けてしまったら、くすくすと弾んだ、耳心地のいい笑い声が響いた。
「好きよ、あなたのことが。とっても」
挑発と慈愛を半々に含んだ、告白。
いつもの告白とは、少し違った雰囲気は感じ取れたがーー
僕ができる返事は……
「……断る」
結局、それしかなかった。
案の定、再び響いたくすくすという笑い声。
嬉しそうな、トーラの微笑み。
「ええ。知ってる。……そんな所が、大好きなんですもの」
「……君、やっぱり変わってる」
「そう?」
「ああ」
「そう言うあなたも。相当な変わり者だと、自覚した方がいいわ」
ふふん、と鼻高々に言われて、ついに僕は堪えきれなくなって笑ってしまった。
「……く、くくくく」
人生で初めて、こんなに無邪気に笑ったかもしれない。……もしかしたら僕が覚えていないだけで、ずっと幼い頃にはあったのかもしれないけれど。
トーラは、脇腹を抱えて静かに笑い転げる僕に、驚いた顔をして。次の瞬間には本当に優しい、愛おしそうな目を、向けていたーー。
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