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ねぇ、マルネス。優しさって.....何ですか?  作者: こころ ゆい
マルネス視点

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4/9

3

****


 まずは雑務から始めた。

 服をつくりたいと夢を持っている者にとって、きっとつまらないであろう、ほとんど使いっぱしりのような雑用。でも、彼女は嫌な顔ひとつしなかった。むしろ、自分から引き受けて、どんなに小さな雑務も真摯に取り組み、奔走した。


 僕は、褒めなかった。ただただ、トーラの仕事に対する姿勢を、見つめ続けた。


「好きです」

「断る」

「ふふ、はい.....ありがとうございます」


 合間に、彼女は何度も僕に告白してきた。

 何度断ってもめげずに、何度も、何度も。


 そして、決まって、最後は嬉しそうに笑っていた。


「……裁断、やってみるか」

「っ、良いんですか!?もちろんです!やります!やらせて下さい!」

「……ああ」


 トーラが勤め始めて、数ヶ月経った頃。彼女に「裁断」の役割を与えた。

 寸分の狂いもなく線の上を走る鋏にだけ、オッケーを出した。


 素人が見れば、狂いなんてどこにあるのかと疑問を呈する程度の、ほんの微かなブレも許さなかった。


 そのうちに、トーラの友人ユーリが、センターに通ってくる日が増えた。

 僕と出会った日から、大学で勉強している時間以外、全て『仕事』に費やす親友を案じての行動だろう。


 ユーリは、トーラに任せた裁断前の布を手に取り、目を凝らして、薄い線を濃く塗り替えていく。

 

 友人が少しでも早く『仕事』を終えられるように。  

 少しでも早く、帰宅して身体を休められるように。


「あんな人、やめときなさい」

「……え?」

「確かにとても綺麗な人よね。惚れ惚れするほど、美しい顔をしているし、家柄もいい。憧れる気持ちは理解できるし……実際あの方はモテるわ。でもね……やめた方がいい」


 コーヒーを買って戻ったら、取っ手に伸ばした手は宙を彷徨った。トーラとユーリの会話が、扉越しに聞こえてきたから。


「……どうして?」

「だって!優しくないもの。あの人の噂、知ってるでしょう?すっごく『冷酷』だって。それに、あなただって告白もして、一緒に仕事もしていたらわかるでしょう。もっと他に優しい人がいるわ」

 

「……優しい、人……」

「ええ、そうよ」


 不機嫌さを隠そうともしないユーリの声。

 的を得た説明。


 その通り。僕みたいに氷人間じゃなく、もっと『優しい』奴が他に沢山いるだろう。


 僕は踵を返して、それ以上聞かないようにもう一度その場を離れた。



「トーラ。これ、やり直し」

「どこか間違っていた?」

「ここ。裁断の線がブレてる。こんなんじゃ、まだまだだな。……すぐに直して」

「……ええ。ごめんなさい」


 謝罪の言葉に返事はしない。

 代わりに、今提出されたばかりの布を無愛想に突き返す。


「ちょっと!マルネス!」

「……なんだい、ユーリ」


 布を彼女が受け取るのと同時に、ズカズカと明らかな不満の意を表す足音が近づいた。

 トーラの親友、ユーリだ。

 ユーリは、僕のことが気に食わないらしい。

 何かっていうとこうして抗議してくる。

 まぁ……抗議は決まって『トーラに関すること』だが。


「なんだい、じゃないでしょ!?またやり直しですって!?……こんなの、全然気にならないじゃない!全くやり直しの必要性がわからないのだけれど?」

「……君の目は曇ってるのか」

「はぁ〜!?」

「ユ、ユーリ……いいのよ。線がブレた私が悪いの。私がやり直せばいい話だから……ね?」

「トーラ……あなたはどうして……!」


 トーラがユーリを宥めようとしている。掴みかかる勢いで僕の前に立っていたユーリと僕の間に身体を滑り込ませて、必死に言い募っている。


 そうして、トーラが僕を庇おうとするのも、ユーリにとっては刺激材料となることは彼女も知りつつ、他にどうすることもできないのだろう。


「ちょっと!あなたってどうしてそう、優しさのカケラもないの!? 冷酷人間! 氷みたいに冷たい人!……人の心はどこに置いてきたのよ!!」

「…………人の心、ね」

「何よ!!」

「いや………その通りだな」

「……は? あんたが素直だなんて……何、企んでるの」

「何も」

「…………」


 冷酷人間、冷たい人……全くその通りだ。

 昔から何度も言われているから知っている。

 

 僕は冷たい。

 でも……僕はこういう生き方しかできないんだ。


 本当のことだから、認めただけなのに、ユーリは嵐が来る前触れかのように怪訝な顔をしていた。


「……き」


 僕とユーリの間に割って入っていたトーラが、制止のために挙げていた手を下げて僕を振り返った。


 至近距離で視線を感じて。微かな声が届いて。


 性格と同じく、冷たいと評される無表情な顔をトーラに向けた。


「……好き」


 恋慕を秘めた瞳。

 ほんのり染まる、ふっくらとした頬。

 薔薇色の唇は、やっぱりーー笑みを湛えていた。


 僕と……ついさっきまで怒りを滲ませていたユーリの目は、ゆるゆる開いて……ユーリがトーラに何か言おうと口を動かそうとした時、僕は言った。


 これは、絶対ーー

 僕が答えなければならないから。

 他の奴じゃ、ダメなんだ。


「…………断る」


「ちょっ……!」

「いいの、ユーリ。本当に……いいのよ」

「トーラ……」

「ありがとうございます、マルネス……」


 返事はしなかった。

 ただ、君の笑顔を……

 満足気に笑う君の顔を……見つめていた。


*****

 

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