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まずは雑務から始めた。
服をつくりたいと夢を持っている者にとって、きっとつまらないであろう、ほとんど使いっぱしりのような雑用。でも、彼女は嫌な顔ひとつしなかった。むしろ、自分から引き受けて、どんなに小さな雑務も真摯に取り組み、奔走した。
僕は、褒めなかった。ただただ、トーラの仕事に対する姿勢を、見つめ続けた。
「好きです」
「断る」
「ふふ、はい.....ありがとうございます」
合間に、彼女は何度も僕に告白してきた。
何度断ってもめげずに、何度も、何度も。
そして、決まって、最後は嬉しそうに笑っていた。
「……裁断、やってみるか」
「っ、良いんですか!?もちろんです!やります!やらせて下さい!」
「……ああ」
トーラが勤め始めて、数ヶ月経った頃。彼女に「裁断」の役割を与えた。
寸分の狂いもなく線の上を走る鋏にだけ、オッケーを出した。
素人が見れば、狂いなんてどこにあるのかと疑問を呈する程度の、ほんの微かなブレも許さなかった。
そのうちに、トーラの友人ユーリが、センターに通ってくる日が増えた。
僕と出会った日から、大学で勉強している時間以外、全て『仕事』に費やす親友を案じての行動だろう。
ユーリは、トーラに任せた裁断前の布を手に取り、目を凝らして、薄い線を濃く塗り替えていく。
友人が少しでも早く『仕事』を終えられるように。
少しでも早く、帰宅して身体を休められるように。
「あんな人、やめときなさい」
「……え?」
「確かにとても綺麗な人よね。惚れ惚れするほど、美しい顔をしているし、家柄もいい。憧れる気持ちは理解できるし……実際あの方はモテるわ。でもね……やめた方がいい」
コーヒーを買って戻ったら、取っ手に伸ばした手は宙を彷徨った。トーラとユーリの会話が、扉越しに聞こえてきたから。
「……どうして?」
「だって!優しくないもの。あの人の噂、知ってるでしょう?すっごく『冷酷』だって。それに、あなただって告白もして、一緒に仕事もしていたらわかるでしょう。もっと他に優しい人がいるわ」
「……優しい、人……」
「ええ、そうよ」
不機嫌さを隠そうともしないユーリの声。
的を得た説明。
その通り。僕みたいに氷人間じゃなく、もっと『優しい』奴が他に沢山いるだろう。
僕は踵を返して、それ以上聞かないようにもう一度その場を離れた。
◇
「トーラ。これ、やり直し」
「どこか間違っていた?」
「ここ。裁断の線がブレてる。こんなんじゃ、まだまだだな。……すぐに直して」
「……ええ。ごめんなさい」
謝罪の言葉に返事はしない。
代わりに、今提出されたばかりの布を無愛想に突き返す。
「ちょっと!マルネス!」
「……なんだい、ユーリ」
布を彼女が受け取るのと同時に、ズカズカと明らかな不満の意を表す足音が近づいた。
トーラの親友、ユーリだ。
ユーリは、僕のことが気に食わないらしい。
何かっていうとこうして抗議してくる。
まぁ……抗議は決まって『トーラに関すること』だが。
「なんだい、じゃないでしょ!?またやり直しですって!?……こんなの、全然気にならないじゃない!全くやり直しの必要性がわからないのだけれど?」
「……君の目は曇ってるのか」
「はぁ〜!?」
「ユ、ユーリ……いいのよ。線がブレた私が悪いの。私がやり直せばいい話だから……ね?」
「トーラ……あなたはどうして……!」
トーラがユーリを宥めようとしている。掴みかかる勢いで僕の前に立っていたユーリと僕の間に身体を滑り込ませて、必死に言い募っている。
そうして、トーラが僕を庇おうとするのも、ユーリにとっては刺激材料となることは彼女も知りつつ、他にどうすることもできないのだろう。
「ちょっと!あなたってどうしてそう、優しさのカケラもないの!? 冷酷人間! 氷みたいに冷たい人!……人の心はどこに置いてきたのよ!!」
「…………人の心、ね」
「何よ!!」
「いや………その通りだな」
「……は? あんたが素直だなんて……何、企んでるの」
「何も」
「…………」
冷酷人間、冷たい人……全くその通りだ。
昔から何度も言われているから知っている。
僕は冷たい。
でも……僕はこういう生き方しかできないんだ。
本当のことだから、認めただけなのに、ユーリは嵐が来る前触れかのように怪訝な顔をしていた。
「……き」
僕とユーリの間に割って入っていたトーラが、制止のために挙げていた手を下げて僕を振り返った。
至近距離で視線を感じて。微かな声が届いて。
性格と同じく、冷たいと評される無表情な顔をトーラに向けた。
「……好き」
恋慕を秘めた瞳。
ほんのり染まる、ふっくらとした頬。
薔薇色の唇は、やっぱりーー笑みを湛えていた。
僕と……ついさっきまで怒りを滲ませていたユーリの目は、ゆるゆる開いて……ユーリがトーラに何か言おうと口を動かそうとした時、僕は言った。
これは、絶対ーー
僕が答えなければならないから。
他の奴じゃ、ダメなんだ。
「…………断る」
「ちょっ……!」
「いいの、ユーリ。本当に……いいのよ」
「トーラ……」
「ありがとうございます、マルネス……」
返事はしなかった。
ただ、君の笑顔を……
満足気に笑う君の顔を……見つめていた。
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