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「あの……もし良ければ、少しお喋りに付き合ってくれませんか」
「こんな時間か」
「はい。一限目はもう始まってしまってて。終わるまで……お願いします」
時計に目を遣ると、長針はとっくにてっぺんを回っていた。
「お忙しいですか」
「いや……わかった」
了承の返事をすると、彼女はパッと表情を明るくした。
併設されているカフェに入り、それぞれケーキとコーヒーを注文して席につく。
そして、コーヒーを一口飲んだ所で、おもむろに切り出された。
「……あの、お願いがあるんです」
「ん?」
「私に、仕事を手伝わせてくれませんか」
「……何だと?」
「私、トーラです。トーラ・エルネス。あなたの言う通り、付属大学に通う三年生で……この病院の通院患者、です」
「………僕は、マルネス・ロードリー。今年、二十八になる」
「マルネスさん」
「マルネスでいい」
「じゃあ、マルネス。その荷物……」
目配せされて、隣の椅子に置いた袋を見下ろす。
気に入っている手芸屋で買った布や糸、様々なボタン。新しい素材や買い足した材料が袋いっぱいに詰まっていた。
「マルネスはもしかして、職業センターの所長様ではないですか?」
「……なるほど。君の目は確かだ」
これだけで、見抜くとは。そもそも、病院に『職業センター』があることをよく知っていたな、と素直に感心した。
病院の通院患者や入院患者を対象に数十個開かれている、職業センター。
僕はこの病院の『魔法医』でもあり、その中のひとつ、服飾 職業センターの『所長』でもあった。
短時間勤務で高賃金。そして、所長は『現役魔法医』なので急な体調変化にも対応可能。
待遇の良さから、センターに勤める患者(職員)は一定数居る。病気で一般的な会社に勤めるのが難しい状態の者にとっては、有難い場所なのだ。
だが、もとより病院には病気を治すために通うものだ。この病院は特に、地域柄 高齢者の患者が多く、あまり若い人の姿は見かけない。
そのため、職員の数は決して多くなかった。
職業センターを知る者、勤めたいと希望する患者は限られて、その中でも、特に人気のない僕の『服飾 職業センター』は誰ひとり、職員が居なかった。
仕事内容が問題なのではない。所長が『僕』ということが問題なのだろう。
……僕は、冷酷だと噂されているから。
「私、魔法医を志す前は、服をつくる人になりたかったんです。自分で服をつくって売る人。子供の頃の話ですが……。
私、決めました。
まだ大学には通います。
魔法医も、諦めません。
でも、病気がある以上、選択肢を広げておくことも大切だと考えました」
「切り替えが早いな」
「思い切りはいい方なんです。それに……さっきのあなたの言葉」
「……言葉?」
ーー本当に、人を助けられないのか。
ーー惑わされるな。『自分を』生きろ。
「はい。私なりに噛み砕いてみました。……私、試してみたいことがあるんです」
「……そうか」
「何でもやります。頑張ります。役に立ってみせます。だから、私に服作りを教えてくれませんか?」
「甘くないぞ。魔法医の勉強と両立するなら、なおさら。もっと負担なく仕事をさせてくれるセンターが、他にあるんじゃないか」
「いいんです。あなたが」
わざわざ『僕』を指定するような。
『僕が』いい、と言っているような。
そんな言葉に、内心疑問を抱いた。
この子はちょっと、変わった趣味なのか?
「……君は、変わっているな」
うちに留めておけずに、そのままの気持ちが口をつく。
「お願いします」
彼女は意にも介さず、意思のこもった声で言って、深く頭を下げた。
「わかった。明日から、頼む」
「っ、はい!頑張ります」
「………………」
返事はしなかった。したくなかった。
適当に、では答えられない。これが僕だ。
どこまで頑張ってくれるのか、僕が返事を返せるのは、彼女の今後を見てからだと思った。
「僕も夕方までは魔法医として病院勤務だ。その後数時間、センターで服作りをしている。君も大学が終わり次第、来てくれ」
「はいっ!」
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