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君との出会いは、突然だった。
僕の勤める大学病院を出た先。自動ドアをくぐったすぐそこに、君は立っていた。
帰るのか、帰らないのか。
身じろぎ一つせず、ずっと向こうを見据えている。
決意が宿る強い瞳。
なのに、ひどく頼りない。
決意と諦めの狭間で揺れ動き、葛藤している。
そんな印象だった。
「君。……おい、そこの君!」
声をかけたのは、ちょっとした好奇心。
それとーー。
ただのお節介だ。
強い意志を持っているのに、諦めるのかと。
酸いも甘いも経験してきた大人として、若い頃の一瞬がどれだけ尊い時間か……鬱陶しがられても一言伝えたかった。
「っ、あ……はい、何でしょう」
「……君、授業はどうした。見た所、この病院の付属大学に通ってる子だろう」
「……帰ろうと思って」
テキストを入れる大きめのバッグに、付属大学のロゴが描かれたキーホルダーが揺れていた。
簡素なワンピース、底の低い靴。授業に集中できるよう配慮されている。
僕は付属大学の校舎を見遣る。
ここは、魔法医療を志す者達にとって最難関大学として有名だ。
才能と努力。どちらも必要不可欠で、それこそ血の滲む努力をして、やっとスタートラインに立てる。試験の切符を手にしても、その狭き門を通過するのはほんの一握り。
比率で言えば男子生徒が多く、女子生徒は昔に比べれば増えてきたが、それでもやはり女性でここに入るのは相当難しかったはずだ。
君はその狭き門をくぐって、ここに居るのだろう?
それほどの決意を胸に、どうして……諦めようとしているんだ。
「……サボりか」
「違います……」
「………………」
出方を間違って、変なことを聞いてしまった。
さて、どうしたものか。
僕は君に……伝えたいだけなんだよ。
じっと彼女を見つめる。
考えあぐねていると、僕の視線に何かを察したのか彼女が苛立ちを爆発させた。
「だから……っ、何なんですか!初めて会ったあなたに、関係ないですよね?」
「……大人として、子供を指導する責任はある。放ってはおけない。付属大学に通っているなら、後輩だしな」
「……意味わかんない。もういいんです、放っておいて下さい」
本当、自分でも意味がわからない。
さすがに苦しい言い訳だし、実際僕のやっていることは若い者からするとうざい以外のなにものでもないだろう。
それでも……
「不満があるなら、逃げずにぶつかれ。必ず、なにかが変わるから」
自分の真実の気持ちを、諦めるな。
その思いは、彼女を激しく揺さぶった。
知った口をきくなと、彼女の表情が物語っていた。凄まじい感情の高波が、彼女を攫っていくのをまざまざと感じた。
「ぶつかったって、変えられないものはあるわ!
私には夢があった。
高い魔力を人のために役立てること。
そのために必死で勉強して、やっと目標に一歩近づいた。もっともっと頑張って、絶対夢を叶えるんだ。
沢山の人を助けるんだ、そう思ってた……!
でも、あっけなく崩れ去ったの。
もう私には人を助けるなんて、できない。
私はこれから、自分が生きることさえままならなくなっていく……
勉強も、魔法の練習も……私の毎日は無意味だったのよ……!」
ーー魔力消失症。
彼女は病気だった。
治療法は確立されていない難病。患者数が非常に少なく研究も進んでいない。
魔力が徐々に失われていくのが特徴だが、どれほど失われるのか、他にも症状が出るのかは人による。中には合併症を起こし衰弱して死の淵を彷徨う者、寝たきりになる者も居る病だ。今後、彼女の病気がどう進行していくのか、予測できない。
だがーー。
「甘えるな」
「え……?」
「本当に変えられないのか。人を助けられないのか。君の毎日は、無意味だったのか。……僕はそうは思わない」
「………………」
彼女は怪訝な顔をしていた。
自分でも何が言いたいのかハッキリつかめない。
けれど……本当に方法はないのか。
やり方を工夫すれば。手段を変えれば。
ーー夢はまだ、彼女から遠のいていない。
「……とにかく、今この瞬間に体調が悪いわけではないなら、戻って勉強したらどうだ。時間を大切にしろ。惑わされるな。.....『自分を』生きろ」
我ながら、なんて冷たいのだろうと思った。
もっと『優しく』できないのかと。
彼女の『本心』を考えた時、僕にはこんな言葉しか思い浮かばなかった。
「……好きです」
「は……?」
「……あなたが、好き」
この話の流れで、どうしてそうなったと驚いた。
思わず固まってしまったが、我を取り戻した時、僕はハッキリ答えていた。
「断る」
「ふふ。ありがとう、ございます……」
拒否した僕に彼女はなぜか笑ってーー
感謝を口にした。
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