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ーー 数年後 ーー
「マルネスさん。注文していた品、受け取りに来ました」
センターの引き戸を開けて、初老男性が入ってきた。仲介業者のネルゲンさんだ。
今日は月に一度の納品の日だった。
「ああ。できているよ。チェックして、良ければ持っていってくれ」
「ありがとうございます、無理を聞いて頂いて。この服、すごく好評で。病気を患う人達の間で口コミで広がって、注文が殺到してるんですよ」
「それは良かった。……『着た人が、毎日を過ごしやすくなる服』。彼女が目指したものが、評価された証だろう」
「ええ。トーラ・クローズは、まさに『人を助ける服』です」
「ありがとう。トーラが聞いたら喜ぶよ」
テキパキとハンガーにかかった衣服をチェックしているネルゲンさんがそんな話をしてくれる。
慎重に触れる手は、お客様に届ける大切な品を扱っているという矜持で満ちている。
僕の脳裏には、一年前 彼女がついに『トーラ・クローズ』を完成させた日のことが思い浮かんでいた。
◇
「......できた、できたわ、ついに やった」
ぷるぷると身体を震わせて、トーラが呟いた。
「トーラ?完成したのか?」
「マルネス!!ええ、完成したわ!見て!」
「おお!すごいじゃないか!おめでとう」
「ふふ、ありがとう。はぁ.....やっと、やっとだわ」
トーラが、台の上に広げていた服の端をそっと持ち上げる。目の高さまで掲げて『それ』を眺めた。
僕は彼女の隣に歩み寄り、一緒に服を見つめる。
「これが、君がずっと開発していた....?」
「ええ。怪我や病気に侵された身体を補助する衣類。トーラ・クローズ よ」
「トーラ・クローズ.....」
彼女は充実感いっぱいの笑みで頷いた。
「そう。新しい魔法陣を作り上げて、付与してあるの。
何度も失敗したけれど、『魔法医による 衣類への付与』を前提条件に開発したから、私じゃなくても魔法医の資格を持つ者なら誰でも付与可能って代物よ。
勿論、決められた手順を踏んで描いてもらわなければならないけれど」
「なるほど。では魔法医を数名雇い入れて、付与の仕事をお願いすれば作り上げられるということだね」
「ええ。私だけでは、必要としてる人に届けられる数が限られてしまうわ。
せっかくのものが、全然 行き渡らなくなってしまう。
だから、その条件は絶対譲れなかったの。
それに、魔法陣 自体も『数多の怪我や病気に対応できる』よう試行錯誤して仕上げてあるの」
「.....君。それって、学会で発表できるくらいの新技術だぞ。『衣類付与』と『魔法医の資格を持つ者なら誰でも付与可能』というだけでもそうなのに、『数多の怪我や病気に対応できる』なんて。そんな魔法陣、この国で.....いや、世界で初めてじゃないか.....?」
「うん、かもね。ふふふ」
「ふふふって。.....君、意味わかってる?」
僕はトーラからの話を聞きながら、額に脂汗が滲むのを感じた。
基本的に、魔法医になるためには医学、薬学、魔法などを大学で学ぶ。膨大な知識量と実技を身体に叩き込むのだ。
ここで注意したいのが、『魔法』と『魔法陣』は同じなようで同じではない、ということ。
大学で学ぶ 魔法は、風邪なら風邪を治す魔法、胃腸炎なら胃腸炎を治す魔法、と 各病気に合わせた治療魔法をひとつひとつ覚えていくため、最終的に 時間と脳のキャパが追いつかなくなる。そのため、入学から4年間で基本となる病気の治療魔法を極めて、最後の二年間は各自 専攻を決めて、診療科目ごとの各病気を治す治療魔法を網羅していくカリキュラムだ。
つまり『魔法』は呪文や頭の中でイメージすることが明確に決められていて、テキストにも記載されている。
対して『魔法陣』は、言ってしまえば自由。
何も決められておらず、各々の実力次第。
無限大の可能性を秘めた 最難易度の魔法。
それが『魔法陣』だった。
呪文や頭の中でイメージすること、法則などを自ら細かに開発していかねばならず、掴みたい結果が大きければ大きいほど、大変な努力の積み重ねが必要なのだ。
しかも 普通は、開発した者にしかその魔法陣は扱えない。魔力量や描く時のちょっとしたクセなども、密に『魔法陣』に影響を与えていることが多いからだ。
加えて、『衣類付与』だ。『魔法陣』が付与された衣類など、聞いたことがなかった。
「わかってるわよ。
コンフォータブル・イマジネーション技術。
魔法医療と服作りを合わせて学んだ、私にしか開発できない 新しい技術よ。
服の作りにもこだわったの。
快適と着心地を追求した衣類。弱った身体にこの上なく優しい、極上の仕上がりになっているわ。
そして、付与された魔法陣は 使用者が『トーラ・クローズ』を着た状態で、現在負担に感じている症状を具体的にどう改善したいか 頭の中で想像することで魔法が発動する」
例えば、『病気によって引き起こされている痛みを和らげたい』と考えれば、衣類を身につけている間は痛みが軽減される、といった具合だ。
「病気の根源を取り除くわけではないから、治療は必要だけれど。
服薬拒否、心の病、がんによる全身の痛み、年齢やアレルギーなど理由あって使用できる薬が少ない場合。様々な患者に『トーラ・クローズ』は有効なはずよ」
「ああ。きっと、この服に助けられる人が沢山いるさ」
「ええ。そうだと嬉しい」
「そうだな」
しばし、達成感に満ちた空気が その場を包んだ。
「.......さ、そうと決まればすぐに動かなきゃ。私、魔法具の特許申請に行ってくるわ」
と、トーラがパン!と手を打ち鳴らし 『トーラ・クローズ』を大切に袋にしまって、上着を羽織り始める。
僕は目を剥いて、慌てた。
「え、い、今から!?ずっと開発していて、疲れてるんじゃないか?ここ数ヶ月、夜遅くまで取り組んでいたし。 特許申請は明日でも.....」
「嫌よ。すぐに申請して、なるべく早くこれを必要とする患者のもとに届けたいの」
トーラは、言い出したら聞かない。
早々に諦めて、縫製途中だった衣類を一旦片付け始めた。
「ふぅ。君って人は。......わかった。僕もついて行く。特許庁への道中、疲労で倒れでもしたら大変だからな」
トーラは嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、抱きついてきた。
「マルネス、大好き!特許申請が終わったら、少しだけデートしたいわ」
「.....お姫さまの仰せのままに」
僕は ふっと頬を緩めて、彼女の唇に触れるだけのキスをした。うっとりと受け止めたトーラは、目をゆるゆると開いて、また笑って言った。
「楽しみだわ。いちごパフェ、食べたいな」
「.....僕のいちご、全部あげるよ」
「もう。自分もいちご好きなくせに。マルネスが食べたらいいのに」
「いい。君が美味しそうに食べてるところを見る方が、好きだから」
「〜〜〜っ!最近のあなた、甘すぎよ......っ」
「ははは」
首からみるみる赤くなっていくトーラを楽しく眺めてから、僕たちは特許庁に向かった。
◇
そうして、早速 特許を取得し『トーラ・クローズ』の販売を開始した。
トーラ・クローズは、仕上げに魔法医が服に魔法陣を描くことで完成するため 量産はできない。画期的な新技術でありながら、宣伝を大々的にすることはしなかった。
だが、静かに口コミは広がって、現在は数ヶ月〜数年の予約待ちの状態だ。
『トーラ・クローズ』によって得たお金は全て、医療機関や次世代の魔法医を育てる費用、そして、親を亡くした子供達が少しでも豊かに暮らせるよう孤児院へ寄付している。
ーートーラ。君は、夢を掴んだんだ。
僕は心の中で、彼女に話しかけた。
「.....ちょっと、マルネス」




