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ねぇ、マルネス。優しさって.....何ですか?  作者: こころ ゆい
二人、共に歩む未来へ

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2


 耳に吹きかかる吐息と、低い声。

 全身に沁み込んでいくそれが誰のものか、後ろを見なくたってわかる。


 たった一度、名前を呼ばれただけで「生きたい」と活力が湧いてくる。

 まだまだ、幾度となく、名前を呼んでほしい。

 あなたの隣で、夢を追いたい。

 そう思えて……私はこんなにも単純だったのかと自分に驚く。


 でも、どうしてあなたがここに……?


 イタズラが成功したみたいなユーリの表情(かお)は、「私は、『彼は帰った』とまで言ってないわよ」と語っていた。そういえば、彼女は「追い返した」と口にしただけだ。


 ユーリは、優しく微笑んで……ゆっくりと踵を返して教室をあとにした。残されたのは、私とーー


「……マルネス」


 鎖骨に回った男性然とした腕に、手をそっと重ねる。


「よくわかったな」


 ふっと、彼が笑んだ空気を感じて、きゅうと胸が甘く締め付けられた。


「わかるわ。……この二ヶ月間、頭の中で何度あなたのことを思い浮かべたと思ってるの」

「そうか……嬉しい。僕も、ずっと君のことを考えていた」


 溶けそうなほど熱のこもった声に、トクトクと心臓が走って、走って、走って。落ち着きをなくしていた。


「トーラ。どうして、辞めようとした。どうして、僕から……逃げたんだ」


 咎められている気はしなかった。

 その声はただ、ひたすら切なげで。「寂しかった」「どこにもいかないで」と訴えられている心地になる。

 

「私は……不器用な優しさに溢れた、あなたが好きだったの」

「不器用な優しさ?」


 トーラは、こくりと頷く。


「あなたは、私に同情しなかった」

「………………」

「病気だと知っても、『自分を』生きろって叱ってくれた。仕事を教える時も、手を抜かず、厳しく指導してくれた。……私を思って、あなたなりの『優しさ』で接してくれたわ。私にとって、それがとても嬉しかった」

「…………」

「でも、今は……」


 ーーあなたが私の病気を気にしないのが苦しい。


「トーラ……」

「私は、あなたを不幸にしてしまう」

「どういうこと?」

「検査結果がどんどん悪くなっているの。センターに通わなくなった二ヶ月間も、数値は落ち続けているわ」

「数値が.....」


 弱った私は、間違いなくあなたに迷惑をかける。

 もし、命を失う時が来たら、耐え難い喪失感まで与えることになるだろう。


 先の見えない私と居るより、健康な女性と過ごす方がマルネスにとって、実りある人生になるはずだ。

 だって、私は……結婚だってままならず、それどころか 大好きなあなたの子供を望むことさえ、できないかもしれないのだから。


「あなたが、病気を理由に離れていく人なら、ここまで悩まなかった。体力が落ちて、手のかかる私なんてさっさと見切りをつけてくれるだろうから」


 .....そんな人じゃないから好きになったのだけれど。


「……それで、離れたのか」


 黙ったまま、動けなくなった。

 肯定も否定もしなかったが、その反応で伝わっただろう。


「馬鹿だな」

「え?」

「君は、時々鋭いのか、鈍いのか、わからなくなる。

トーラ、僕はこの先の人生、君以外を愛することはない。例え 君と結ばれなくても、だ。


そして、僕の『幸せ』は君の隣にいること。

それ以外 あり得ないし、君が隣にいない日々は僕にとってこの上なく『不幸』だ。

断言できる。


だから 迷惑をかけるだの、不幸にするだの、君が気に病む必要は全くないんだ。


これは僕が決めたんだから。僕が、自ら選んだ道なんだから。


それでも、もし、僕を『不幸』にしたくないと考えてしまうならーー


生きてくれ、トーラ。僕の隣で。

そうすれば、僕は世界で一番 幸せな男になれるから」

 

「……....っ、マルネス」


 あまりにも、あっさりと笑い飛ばされる。

 その笑顔が眩しすぎて、ぶわりと毛が逆立つ感覚がした。


 包まれていた身体は、優しく向かい合う形に誘導されて、再び抱きしめられる。


 胸に顔を埋めてスーッと息を吸うと、マルネスの匂いがした。


「そんなこと言ったら、私、絶対離れないわよ?」

「はは、望むところだ。.....君がずっとそばに居てくれるなんて、最高だよ」


 砂糖漬けみたいな甘い声で言われて、カァと顔が真っ赤になった。


 マルネスは私を軽々と抱き上げ、すぐ背後の椅子に腰掛けた。誰もいない二人きりの室内に、『カタン』と音がこだました。

 

 窓からはオレンジ色の西陽が差し込み、黒板や木目が重なる床が鮮やかに染まっていく。


「可愛い。久しぶりに会えてその顔は反則だ。我慢できなくなるだろう?」

「え.....?」


 膝の上に横抱きに腰を下ろされ、愛おしさが満ちた瞳と視線が絡み合った瞬間、ちゅ、と柔らかな感触が額に落ちてきた。


「あ......マ、マルネス......んっ、だめよ」


 その感触が何なのか理解するよりも早く、次の口付けが額、耳、鼻、頬.....と、何度も何度も 絶え間なく降ってきて、恥ずかしさで小さく抵抗した。


「君が可愛すぎるのが、いけない。.....ん。トーラ、君が足りないんだ。もっと触れさせて?」


「.....んん」


「君はどこも柔らかいな。やみつきになる。.....ここも。とても瑞々しくて、ふわふわしてるんだな....」


 キスが不意に止む。いつの間にかきゅっと閉じていた瞼をあげると、ふに....と彼の指が私の唇をなぞるのが目に入った。


 色気たっぷりの仕草に、もう十分高鳴っていた心臓は、更に大きく一跳ねした。


 ゆっくりと、私の反応を確認しながら近づいくる新緑の色は、熱く蕩けていて.....


 ーー綺麗.....


 夕日が染めた壁に映る二つの影が重なった時、私はそんなことをぽうっと考えていた。





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