第46話 祝福は、ちゃんと届いた
扉が開いた瞬間、礼拝堂跡の空気が一斉にこちらを向いた。
高い天井から冬の名残の光が差し込み、石床には北の花を模した白い布が敷かれている。王都の豪奢さとは違う。けれど、この場所にはちゃんと“私たちらしさ”があった。
前方に立つルシアン様を見たとき、胸が少しだけ熱くなった。
いつもどおり落ち着いた表情なのに、指先だけわずかに力が入っている。やっぱり少し緊張しているらしい。
祭司役は神殿の司祭ではなく、再契約の立会いもした北方の古参書記が務めた。
「本日の誓約は、読み上げ、確認し、双方が理解して結ばれる」
その宣言に、私は心の中で大きく頷く。
実に良い。
誓いの文は短い。
互いの尊厳を守ること。仕事と生活を一方的な負担にしないこと。困ったときは話すこと。無理を美徳にしないこと。
どれも派手ではない。けれど、たぶん私たちには一番大事な文だった。
「理解しましたか」
書記が問う。
「はい」
私とルシアン様の声が重なる。
指輪を受け取るとき、鍛冶屋が誇らしげな顔をしていた。
箱の内側には小さく、例の一文が刻まれている。
『健康と尊厳を損なう義務は無効』
見つけた瞬間、私は吹き出しそうになった。
ルシアン様も気づいたらしく、ほんの少しだけ目元が緩む。
式が終わると、礼拝堂の外で待っていた人たちから一斉に歓声が上がった。
ハンナさんはパンを掲げ、子どもたちは雪の代わりに白い紙片を投げ、兵士たちは節度ある範囲で騒いでいる。王都式ではない。でも、ちゃんと嬉しい。
「おめでとうございます!」
「末永く!」
「でも無理はすんなよー!」
最後の一言が北らしくて、私は笑ってしまった。
祝宴は思ったより長く続いた。
王都から来た客も北の客も入り混じり、席順表どおりなのにどこか自由だ。読みやすい札のおかげで混乱も少ない。やはり事前設計は大事である。
夕方近く、ようやく一息つけたとき、ルシアン様が静かに言った。
「祝福は届いたか」
「ええ」
私は礼拝堂の外、まだ笑い声の続く方を見た。
「ちゃんと、届きました」
昔の私は、祝われることにどこか居心地の悪さを感じていた。
役割への拍手かもしれない、自分ではなく立場への喝采かもしれない、と。
でも今日は違う。ここにいる人たちの祝福は、ちゃんと読める言葉みたいにまっすぐだった。
だから、素直に嬉しかった。




