第45話 婚礼当日、私は少しだけ緊張していた
婚礼当日の朝、私は珍しく目覚ましより早く目が覚めた。
緊張しているのだろうか、と自分で少し驚く。
王太子妃教育時代の夜会や儀式では、もっと胃が痛かった。あれは失敗できない“業務”だったからだ。今日も式ではあるけれど、怖さの種類が違う。
「おはようございます、お嬢さま!」
ミアが勢いよく入ってくる。
「眠れましたか?」
「ええ、ほどほどに」
「ほどほどってことはちょっと緊張してますね?」
「否定しません」
侍女たちに囲まれ、衣装を整えられる。
裾は動きやすく、装飾は軽く、でも白銀の刺繍は北の光みたいに綺麗だった。鏡の中の自分を見て、少しだけ不思議になる。
飾られているのではなく、自分で選んだ形をまとっている。その違いが、案外大きい。
「とてもお似合いです」
仕立て屋がほっとしたように言う。
「歩けそうですか?」
「ええ。そこ大事です」
「最後までそこなんですね……」
式場は公爵邸の大広間ではなく、邸と街の中間にある礼拝堂跡を使った。
今は祈りの場というより、北の人たちが集まるための広い石造りの建物で、入口には読みやすい招待札と案内板が並んでいる。ミア渾身の導線設計だ。
控え室で深呼吸をしていると、トーマが伝令役として飛び込んできた。
「公爵様、ちょっとだけ緊張してるっぽいです!」
「あなた、そういう報告を私にするんですか」
「だってちょっと面白くて」
「後で言いつけますよ」
「ひどい!」
でも、その報告で少し肩の力が抜けた。
私だけではないらしい。
やがて、呼びに来たベルンハルトさんが珍しく口元を緩める。
「時間だ。……きれいだぞ」
「ありがとうございます」
「泣くなよ、ミア」
「まだ泣いてません!」
「まだ、なんですね」
扉の向こうには、読める言葉で集まってくれた人たちがいる。
仕事で繋がった人たち。生活を一緒に立て直した人たち。そう思うと、緊張は少しだけ別のものへ変わった。
怖いのではない。
大事だから、きちんとしたいのだ。
私は姿勢を整え、扉の前に立った。
前世でも今世でも、こんな種類の朝は初めてだった。




