第47話 小さな家と大きな机
婚礼から数日後、私は公爵邸の一角に用意された新しい部屋へ移った。
公爵夫人の私室、と言われると身構えるが、実際には『仕事がしやすい居室』という表現の方が正しい。暖炉があり、本棚があり、窓際には大きな机が二つ並んでいる。
「大きいですね」
私が机を見て言うと、
「必要だろう」
ルシアン様――いまは夫、と言うべきなのだろうか――が当然のように答えた。
「ええ、必要です」
「だから用意した」
「ありがとうございます」
新婚の部屋に机が二つ並んでいるのは、多分だいぶ変わっている。
でも私たちには、この配置が妙にしっくり来た。
荷物の整理をしていると、母からの前の手紙箱も出てきた。
まだ返事は書けていない。気になってはいる。けれど、急いで綺麗な言葉を返す気にもなれない。
「どうした」
ルシアン様が箱に気づく。
「実家の手紙です」
「困るなら処分する」
「そこまででは」
「なら、書きたいときに書けばいい」
「……そうします」
こういうとき、“家族なのだから”と急かさないところがありがたい。
夜、荷ほどきが一段落したあと、二人で机に向かった。
さすがに新婚初日から別々に書類を開くのはどうなのかと思わなくもないが、ルシアン様が先に言った。
「今日は持ち込み禁止ではなかったか?」
「婚礼後三日までは例外にしたはずです」
「自分で例外を作るな」
「必要な例外です」
結局、私は今日届いた匿名申告の箱だけ確認し、彼は壁点検の報告だけ読んだ。
そして、ちゃんとそのあと机を閉じる。
「お茶にしましょう」
私が言うと、彼は頷いた。
約束どおり、仕事の話をしない時間を作るために。
暖炉の前で湯気の立つ茶を飲みながら、私は少しだけ笑う。
小さな家ではない。公爵邸なのだから十分大きい。
でも、こうして机のある部屋を“帰る場所”と思えるのは、私にとって初めてだった。
大きな机は、たぶんこれからも書類で埋まる。
それでもいい。
仕事があるから帰るのではなく、帰る場所があるから仕事ができるのだと、今は少しだけ分かるから。




