第40話 春の市場と、新しい局員たち
雪が少しずつ緩み始めると、フェルグラードの市場は目に見えて明るくなった。
春といっても北の春は遅い。けれど氷が薄くなり、商隊の数が増え、店先の声に余裕が出るだけで空気は変わる。
契約局にも新しい応募が増えた。前なら“面倒で地味”と敬遠されていた仕事なのに、今は「ちゃんと給金が出る」「書類が分かりやすい」と評判らしい。実に健全だ。
「本日から見習いで入ります、エマです!」
「同じく、ヨルクです!」
元気よく頭を下げたのは、商家出身の娘と、兵舎で帳付けをしていた青年だった。
どちらもまだ若いが、字が丁寧で、何より『分からないことを分からないと言える』目をしている。
「歓迎します」
私は二人へ資料束を渡した。
「まずは基本から。契約書を読むときは、条件、期限、対価、例外条項、この四つを必ず確認してください」
「例外条項……」
「だいたい爆発するのはそこです」
新人たちが真顔で頷く。
少し前の私なら、全部一人で抱えてしまっていただろう。けれど今は違う。人を育てることも、歪みを減らす一つの方法だと分かっている。
春の市場調査も兼ねて、新人二人を連れて外へ出た。
共同購入の炭がどう変わったか、配給所の掲示板は機能しているか、未清算申告が出しやすくなったか。実際に歩くと、紙の上だけでは分からないことが見える。
「本当に、掲示板に人が集まってますね」
エマが驚く。
「見えていると、不満も質問も出しやすくなるんです」
「文句が増えませんか?」
「増えます。でも、それは悪いことではありません」
「そうなんですか」
「黙って限界を越えるより、ずっといいです」
市場の角でハンナさんに捕まり、焼きたての小さな甘パンを渡される。
「新人さんかい? ちゃんと食べさせてる?」
「今、まさに」
「それならいい」
こういうやりとりが、いちいち嬉しい。
北へ来たばかりの頃は、私はこの街で完全な異物だった。それが今では、新人を案内しながら顔見知りへ挨拶する側にいる。
局へ戻ると、ルシアン様が新しい机の配置を見ていた。
「増えたな」
「はい。資料棚だけでなく人も」
「悪くない」
「かなり良いです」
新人たちが緊張した顔で頭を下げると、ルシアン様は短く「期待している」とだけ言った。
たったそれだけで二人の背筋が伸びる。相変わらず褒め言葉の威力が強い。
夕方、業務を終えたあと、私は新しい出勤表へ目を通した。
人数が増えれば管理も増える。でも、それは一人で潰れるよりずっと健全な増え方だ。
窓の外では、解けかけた雪の隙間から、茶色い土が少し見えていた。
北の春は遅い。
でも、遅くても必ず来るのだと、今年は前より信じられた。




