第39話 花嫁衣装より先に、合意事項を確認します
婚礼衣装の仮合わせは、私にとって未知の業務だった。
王太子妃教育の頃もドレスは何度も着たけれど、あれは“飾られるための衣装”であって、“自分で選ぶための衣装”ではなかった。
だから今回、仕立て屋に「どんなものがお好みですか」と聞かれて、私は本気で困った。
「動きやすいもの、でしょうか」
答えると、王都仕込みの仕立て屋が固まる。
「ご結婚式でございますよ?」
「ええ。でも裾を踏みたくないので」
「そこは踏まないように侍女が」
「侍女の負担が増えるのは避けたいです」
「……」
困らせている自覚はある。
だが本音だ。長すぎる裾も、重すぎる装飾も、誰かの仕事を増やす。だったら最初から減らせるところは減らしたい。
結局、衣装は北の白銀色を基調に、動きやすさを優先した形で落ち着いた。華やかさは十分あるのに、歩いても苦しくない。素晴らしい。
「公爵様の衣装ともよく合いますよ」
仕立て屋が言う。
「ルシアン様のはもう決まっているんですか」
「ええ。あちらは悩まれませんでしたから」
「そうでしょうね……」
午後、今度は婚礼に伴う合意事項の最終確認をした。
式次第、受付導線、贈答品管理、急病者対応、雪天時の代替導線。恋愛より段取りが先に立つあたり、われながら非常に私たちらしい。
「花嫁衣装より先に、避難導線を確認する婚約者は珍しいでしょうね」
私が言うと、ルシアン様は真顔で返した。
「必要だろう」
「必要です」
「なら問題ない」
「ありませんね」
紙の上で合意事項を確認し、最後に互いの署名を入れる。
その途中で、ふと彼が手を止めた。
「レティシア」
「はい」
「本当にこれでいいのか」
「何がです?」
「もっと華やかな式を望むなら、そのようにする」
「……」
少しだけ驚く。
この人なりに、私が何かを我慢していないか気にしているのだろう。
「大丈夫です」
私は笑って答えた。
「必要な人が来て、読める言葉で祝ってもらえて、終わったあとに温かい食事が出れば十分です」
「そうか」
「それに、派手すぎる式は帳簿が大変です」
「最後が実にお前らしい」
呆れたような声なのに、どこか柔らかい。
私は少しだけ肩をすくめた。
「ルシアン様こそ、何か希望はありますか」
「希望?」
「例えば剣を掲げるとか、北の伝統とか」
「……」
彼はしばらく考えたあと、静かに言った。
「式のあと、仕事の話をせずに茶を飲む時間が欲しい」
「それは」
思わず笑う。
「かなり良い希望ですね」
「叶うか」
「努力します」
その約束だけは、紙に書かなくても守れそうだと思った。
たぶん、今の私たちなら。




