第41話 元王太子は書類の山と向き合うらしい
その頃、王都ではエドガーが書類の山に埋もれていた。
王太子としての華やかな公務は減り、代わりに与えられたのは監査補助という地味極まりない役目だ。しかも補助といっても実態は、“自分が見ずに通してきたものを自分で確認する”作業である。
「殿下、こちらの仕分けを」
再監査室の主任が遠慮なく箱を積み上げる。
慈善名目流用、王太子印遅延、北方関連未返答。どれも見覚えのある単語ばかりで、見覚えがあるのに中身を覚えていないという事実が、思った以上に堪えた。
エドガーは初めて知る。
書類は退屈なのではない。見ないままでも誰かが片づけてくれる環境が、彼を退屈にしていただけだったのだと。
「殿下」
セレナが静かにお茶を置く。
「少し休まれますか」
「いや」
そう言いながらも、彼はこめかみを押さえた。
「……以前のレティシアは、これを一人で?」
「全部ではないのでしょうけれど、多くは」
「私は何を見ていたんだろうな」
「見たいものを」
セレナの返答は優しくない。
でも正しかった。
その日、エドガーは北方へ向けて一通の文書を書いた。
謝罪でも復縁の願いでもない。北方で未清算だった王太子執務室関係の補填金を追加で回すこと、今後同種の遅延が出た場合の連絡経路を一本化すること、それだけを短く書いた実務文書だ。
文末に、迷った末に一行だけ加える。
『以前の私は、見えていなかった。今さらだが、そのことは認める』
返事が来るかは分からない。
それでも、昔のように“気持ちで何とかしよう”としないだけ、少しはましになったのかもしれない。
再監査室の窓から見える春の光は、まだ冷たい。
けれど机の上の書類は、逃げなかった。
それを一枚ずつ読むことが、いまの彼に残された、たぶん一番まともな仕事なのだろう。




