第31話 王家からの打診と、父の最後の説得
再契約の正式文がまとまり始めた頃、王都からもう一通、別種の打診が届いた。
『レティシア・ファルケンに、王宮財務再編室の常設顧問職を打診する』
肩書きは立派だ。給与も悪くない。権限もかなりある。前世の私なら、喉から手が出るほど欲しがった条件かもしれない。
でも、紙を読み終えた瞬間の感想は意外なほど静かだった。
「……王都に戻す気がまだ残っているんですね」
ミアが覗き込む。
「というより、便利だと分かった人材は手元に置きたいのでしょう」
「お嬢さまも大人気ですね」
「嬉しくありません」
同封されていた陛下の私信はもっと率直だった。
『そなたの能力は王都でも必要だ。だが選ぶのはそなただ』
最後の一文だけが救いだった。
その返答を考えていた矢先、今度は父が公爵邸へやって来た。
事前連絡はあったものの、私は少しだけ驚く。王都での説得が無意味だと知って、北まで来たのだろう。
応接室へ入ると、ファルケン伯爵は以前より少し老けて見えた。
それでも開口一番は、やはり父らしかった。
「王家から打診が来ているそうだな」
「はい」
「なら受けろ。今ならまだ、王都での立場を回復できる」
「私の立場を、ですか」
「家の立場も含めてだ!」
そこは正直で良い。
「お前が北で働いたことは、もう十分に知られた。これ以上辺境へ肩入れしても、得るものは少ない。王都へ戻れば財務再編室、いずれはもっと上も」
「つまり、また使いやすい場所へ戻れと」
「言い方を選べ!」
「本質は変わりません」
父は眉間を押さえた。
怒鳴る前に疲れが出るあたり、以前より少しだけ余裕がないのだろう。
「レティシア。私は……お前に失敗してほしいわけではない」
「ご心配ありがとうございます」
「それなら」
「でも、私がどこで、どう生きたいかは、私が決めます」
言い切ると、父は口をつぐんだ。
昔なら『娘のくせに』と返ってきたはずだ。今はもう、それが通じないと分かっているのかもしれない。
「北に残って何になる」
「仕事になります」
「それだけか」
「十分です」
私は一歩も引かなかった。
「私は王都で、役割に名前がないまま働きました。ここでは違います。職務があり、対価があり、責任の所在がある」
「愛想のないことだ」
「ええ。でも、ようやく人として扱われています」
その一言だけは、少し刺さったのだろう。
父は視線を逸らし、それから低く言った。
「……母には、返事を書くといい」
「考えておきます」
「私には?」
「必要があれば文書で」
「最後までそれか」
「最後までそれです」
父は小さく息を吐き、立ち上がった。
敗北感というより、どう扱えばよいか分からない相手を前にした顔だった。
見送りのとき、廊下の角でルシアン様とすれ違う。
父は一礼し、公爵は淡々と返した。そのやりとりの中に余計な温度はない。けれど、だからこそ安心する。
父が帰ったあと、ルシアン様が短く尋ねた。
「王都へ戻るか」
「まだ返事はしていません」
「そうか」
「でも、多分もう決まっています」
それだけ言うと、彼は何も追及しなかった。
選べ、と言ってくれる人は、多くを聞かない。
その沈黙がありがたかった。




