表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/71

第22話 財務卿は青ざめ、王太子はようやく自分の足元を見た

 最初に口を開いたのは、国王陛下だった。


「オズヴァルト」

 低く、老いてなお重い声が広間へ落ちる。

「そなたは、この補遺が真正だと断言するのだな」

「もちろんにございます」

「ならば、なぜ王家保管庫の出納記録に、その補遺の閲覧履歴が残っておらぬ」


 ざわめきが一段大きくなる。

 オズヴァルトの表情が、初めて崩れた。


 陛下の横に控えていた老侍従が、別の帳簿を差し出す。

「昨夜のうちに確認いたしました。該当箱は“封鎖中”として処理され、正規の閲覧印がありません」

「そ、それは保管庫側の手落ちかと」

「三十年、ずっとか?」


 逃げ道が塞がっていく。

 私は黙って立っていた。ここから先は、陛下と重臣たちの領域だ。ただ、必要ならいつでも記録を出せるようにしておく。


 エドガー殿下が、ようやく言葉を探すように口を開いた。

「オズヴァルト。私への説明では、北方の立替は古来の名誉義務だと」

「殿下、国家運営には知らずに良いこともございます」

「私に無断で、私の執務印を通した遅延があったこともか」

「それは……円滑な政務のため」

「円滑?」


 その一言は、これまでの彼らしからぬ低さを帯びていた。

 私は少しだけ驚く。やっと、自分が何を見ずにいたかの輪郭が見え始めたのかもしれない。


「王太子執務室で何が起きていたかは、先ほど示しました」

 私は静かに補足する。

「見なくて済むように誰かへ寄せてきた結果です。北方も同じでした」

「君は……」

 エドガー殿下が私を見る。

「私に、なぜもっと強く言わなかった」

「言いました」

 私は即答した。

「書面で、何度も」

「……」


 彼は言葉を失う。

 書類を読まずに署名してきた人間へ、それ以上何を言えただろう。


 オズヴァルトはなおも足掻いた。

「たとえ一部の手続きに瑕疵があったとしても、北方維持そのものは一刻の猶予もない! ここで公爵家の負担を軽々に外せば、灰晶壁の維持が止まり、国防が崩れる!」

「だから問題なのです」

 ルシアン様が初めて明確に声を発した。

「止まってはならぬものを、一家の体力と財力だけで継続させてきたことが」


 凍るような声音だった。

 広間の誰もが、その言葉の重さを測ったはずだ。


「私は壁を捨てると言っているのではない」

 ルシアン様は続ける。

「王家と国が負うべき責任を、正しい位置へ戻せと言っている」


 その通りだった。

 ざまぁでは終わらない。ここで必要なのは、責任の所在を戻すことだ。


 やがて陛下は立ち上がり、宣言した。


「財務卿オズヴァルトは、その職権を一時停止する。保管庫、財務部、王太子執務室の出納を全て再監査せよ」

 側近たちが一斉に動き出す。

「王太子エドガーは、この件の調査が終わるまで新規決裁権を停止。セレナ・コルテスの証言は記録し、関係書類を保全せよ」


 エドガー殿下が息を呑む。

 セレナ嬢は青い顔で、それでもまっすぐ立っていた。


 そのときだった。

 王宮の奥から、鋭い警鐘が鳴り響く。


 場が一斉に凍る。

 伝令が駆け込み、膝をついた。


「申し上げます! 北方監視鏡にて灰晶壁の結界値が急落! 黒雪の兆候あり!」

「何だと」

 ルシアン様が立ち上がる。

 同時に、私の背筋を冷たいものが走った。


 黒雪。

 契約の歪みが限界に達し、壁そのものが負担を取り立て始めたときに起きる現象だ。ここで王都側の責任を止めた反動ではない。むしろ、ずっと溜まっていた請求が一気に噴き出したのだろう。


「陛下」

 私は咄嗟に進み出た。

「今すぐ、補給と結界資材の緊急手配が必要です。責任追及は続けるとしても、壁は待ちません」

「レティシア」

 陛下が私を見る。

「できるのか」

「やります」


 オズヴァルトが蒼白な顔で何か言いかけたが、もう誰も彼を見ていなかった。

 ここから先は、罪を数えるだけでは足りない。

 国を回しながら、壊れた約束を直さなければならない。


 私は証拠箱の蓋を閉め、代わりに輸送台帳の箱を開いた。

 仕事は終わっていない。

 むしろ、ここからが本当の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ