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第21話 隠された追記と、聖女候補の震える証言

 法的根拠を示す段になると、会場の空気はさらに重くなった。


 私は北方補給台帳、黒晶石納入記録、公爵家立替一覧を時系列で並べた。

 最初はまだ小さな遅延。やがて恒常化する補填不足。三十年前を境に増える『臨時立替』の注記。その流れは、一本の病変みたいに分かりやすい。


「ご覧ください」

 私は中央の台へ、写本の拡大複製を置いた。

「建国契約本文には『緊急時に公爵家が先行して負担する』旨があります。しかし、本来ならその後ろに、王家と国庫による清算条項が続くはずです」

「はず、では弱いな」

 オズヴァルトがすぐに食いつく。

「推測で国家契約は動かせません」

「推測ではありません。欠落の痕跡です」


 私は写本の端へペン先を触れた。

 淡い銀光が走り、そこに本来あるべき綴じ目の“断面”が浮かぶ。完全な文章は読めなくても、後続条項が存在したことは分かる。しかも、その欠損と前後して補給台帳の記載が変わっている。


「加えて、こちら」

 黒晶石の納入台帳を示す。

「三十年前から、王都側納入分の空欄が連続しています。同時期に『公爵家立替』が急増している」

「戦況や天候の影響では?」

 別の重臣が問う。

「ならば緊急補填が別記されるはずです。しかし実際には、立替だけが残り、清算記録が消えています」


 ここでオズヴァルトが、待っていたとばかりに一枚の羊皮紙を差し出した。


「では、こちらをご覧いただきたい」

 彼はゆっくりと笑みを戻す。

「王家保管庫より出した建国契約補遺です。『清算不能時は公爵家が責任を継続負担する』。先ほどの欠落箇所に対応する正規文書ですな」


 広間がざわつく。

 差し出された補遺は確かに古く見えた。王家の封印もある。列席者の多くは、それだけで十分だと感じるだろう。


「……見せていただけますか」

 私が求めると、オズヴァルトは余裕ありげに頷いた。

「どうぞ。もっとも、今さら北方の感傷で覆せるものでは――」

「感傷ではありません」


 受け取った瞬間、私ははっきり確信した。

 紙そのものは古い。だが糸が新しすぎる。古文書特有の自然な摩耗がなく、むしろ“古く見せるための処理”の痕跡がある。

 しかも、ここ数日で見た偽契約と同じ種類のねじれが、封印近くに混じっていた。盗まれた仮封印印ではない。もっと大きい、王宮側の補助印。


「偽造です」

 私は即座に言った。


 場が凍る。

 オズヴァルトの目だけが笑わなくなる。


「慎重に発言した方がよろしい。王家保管庫の文書を?」

「ええ。偽造です。少なくとも、原初からその形ではありません」

「根拠は」

「まず、綴じ目の経年が本文と一致しません。次に、この補遺を前提とするなら、黒晶石および基幹補給の清算不能記録が国庫に残るはずですが、それがない」

「残っていないだけでしょう」

「ならば、なぜ慈善勘定へ北方関連の金額が混ざっているのですか」


 私は別の帳簿を開いた。

 これはセレナ嬢から聞いた、署名流用の可能性を追って見つけたものだ。慈善寄付として処理された予算の中に、北方補填の穴埋めとしか思えない数字が混ざっている。


「この年度の慈善決裁に署名した方へ、確認したいことがあります」

 私はセレナ嬢の方を見た。

 彼女は緊張で青ざめていたが、立ち上がった。


「セレナ・コルテス。答えよ」

 陛下に促され、彼女は震える声で言う。

「……はい。わたくしは、その年、いくつかの寄付関連書類に署名しました。ですが、内容を十分に読まず、オズヴァルト卿の補佐官から『孤児院支援です』『冬の施療費です』と説明されるままに」

「北方補填の記載は見たか」

「ありませんでした。少なくとも、そう説明はされませんでした」

「つまり、白紙に近い形で署名したのか」

「……はい」


 広間のあちこちで息を呑む音がした。

 セレナ嬢の告白は、自分の落ち度も含む。だからこそ重い。


 オズヴァルトはなおも口を挟む。

「若い令嬢の記憶違いでしょう。署名者が内容を読まないのは珍しいことでは――」

「珍しいでしょう」

 私は遮った。

「少なくとも、国家予算では」


 陛下の顔から完全に色が消える。

 財務の杜撰さを越えて、明確な欺瞞に届きかけているからだ。


 私は最後の一枚を出した。

 ヨナスが盗んだ仮封印印で作られた偽契約の証拠写し。その封印のねじれは、オズヴァルトが出した補遺の封印近くにある歪みと酷似していた。


「直近の偽造と、王家補遺の封印処理が似ています」

「馬鹿げた話だ」

「ええ。馬鹿げています。三十年分の負担を、一家の献身に見せかける方が」


 誰も、すぐには反論しなかった。

 紙は、ずいぶんたくさん集まった。

 そして今、その沈黙自体が答えになりつつあった。

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