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柊メンタルクリニック  作者: 結城智
第3章 カウセリング開始
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第24話 嘘の真実

「妙子さん。と、歩ちゃん」


 しばらく静寂の時間が流れた後、聞き逃してしまうような掠れた声で、くるみちゃんはやっと言葉を発した。ただ、顔を上げて、目を合わせようとしない。


 表情はそのせいで読み取れなかった。ただ、肩が震えていたのは、すぐにわかった。


「ちょっと、頭の整理をしたいので……。ちょっと、お手洗い行ってきて、いいですか?」

「いいわよ。私はもう、帰った方がいい?」

「いえ。ここにいてください」


 二人の間で会話を一旦、終える。結局、くるみちゃんは妙子さんの顔を見ようとしなかった。


「ごめん。歩ちゃんも、ここで待っててもらっていい?」

「うん。いいよ」

「ありがとう」


 最後、僕にも許可を取ると、逃げ出すようにくるみちゃんはその場から去っていった。一応、外に出てしまわないか、僕はくるみちゃんの後ろ姿を目で追っていた。


 そして、くるみちゃんがトイレに入ったことを確認してから、僕は妙子さんの方に目を向け直した。


「名演技でしたね。妙子さん、演劇部出身ですか?」

「えっ。なんのこと?」

「とぼけないでください。今の話、全部作り話ですよね」


 僕は皮肉たっぷりの口調で聞いた。すると一瞬、驚いたような顔をした妙子さんだったが、すぐに頭を掻いて苦笑する。


「なんだ。鈍いと思ったけど、案外鋭いね、君」

「わかりますよ。話しがうまく出来すぎている」


 きっと、ここの物語では、くるみちゃんが今、抱えている、お母さんは自分のせいで死んでしまった。という呪縛から、解放するのが目的なのだろう。


 お母さんが死んだのは、くるみちゃんのせいじゃないと言い聞かせても、効果は低い。結局、時間が解決するのを待つしかない。


 だから、方向性を変えたのだ。励ますのではなく、真実そのものを変えるというシナリオを。

死んでしまった原因が、自分ではなかった、とわかってしまえば、それ以上、悩む必要はない。単純ではあるが、思い切った方法であり、効果は非常に高いと思う。だけど、いい気分はしない。


「和花さんに頼まれたんですか?」

「うん。そうよ」

「あの人はなんてことを」


 僕は無性に腹が立った。くるみちゃんを救うためなら、関係ない人を巻き込んでいいって考えなのだろうか。これでは、妙子さんが可哀相だ。この人が、生涯一生、くるみちゃんに恨まれ役でいていいというのだろうか。


「あのさ、歩君。一人で感情的になっているところ悪いけど、多分、今のあなた、なにか勘違いしてるわよ」

「えっ?」


 心の中で思っている気持ちが、つい顔に出てしまったのか、妙子さんに指摘される。


「私、別に和花さんに無理強いされてないからね。いや、むしろ、和花さんは最初、賛同的ではなかったくらい」


 補足を付け加えるように、妙子さんは続けた。


「その話しを聞いた時、私がその役をやりたいって、自分から立候補したのよ。和花さんは、私以外にも頼めそうな候補者がいた様子だった。でも、その役は絶対に私がやるって、逆に和花さんを説得したの」

「なんでですか? 悪役になって、妙子さんになんの得があるんですか?」


 考えてみても、妙子さんが自分から進んで悪役になるメリットはないはずだ。そんな嫌な役、断るのが普通。他に候補者がいるなら尚更だ。


「理屈じゃないの。正直、そういうのはどうでもいいから」

「どうでもいいって」

「さっきも言ったでしょ。友達だから。損得なんていうものさしで図れないのよ」


 それは後ろ向きで、投げやりな口調ではない。前向きで、真っ直ぐな言葉。それでも、僕は、ああ、そうですか。と納得は出来なかった。


「仮にくるみちゃんが、妙子さんのことを恨んだらどうするんですか? 一生、許さないって。生涯、ずっと」


 そんなの冤罪と一緒じゃないか。


「構わないわ」


 狼狽える僕とは対照的に、妙子さんは堂々とした態度で質問に答え続ける。


「くるみちゃんの未来が少しでも明るくなるなら、私は生涯、くるみちゃんに恨まれ続けても構わない。私はこの嘘を墓場まで持っていくつもり。夏美の力になれるなら、私はなんだってやりたい。悪役で結構!」


 と、妙子さんは力強く、誇らしげに笑った。


 僕はこの時、完全に頭があがらないと思った。この人の器の大きさに。


 僕がいざ、同じような立場になったら。


 例えば、二十年後に蓮が死んで、蓮の娘が同じように悩んでいた時、僕は妙子さんのようになれるだろうか。


 いや、きっと無理だ。正論を口にして、逃げ出すだろう。


 僕はそういう人間だ。

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