第23話 責任転換
僕達は指定されたファミレスに到着した。
会ったことがないため、妙子さんが既に到着しているのかがわからない。とはいえ、くるみちゃんに、妙子さんとは一度、会っていると話しをしている以上、露骨に知らない顔は出来ない。
運が悪いことに、ファミレス内には、一人でいる客がざっと三人くらいいるため、とっさに誰か判断できなかった。
「あ。妙子さんだ」
最初に声をあげたのは、くるみちゃんだった。そういえば、くるみちゃんは妙子さんの顔を知っているのか。とはいえ、小学生低学年の記憶だよな。よく覚えているものだ。
僕はそうだね、とも、そうじゃないね、とも答えられないので、そのまま、くるみちゃんが指差した人に近づく。
本を読んで座っている女性。よく見ると、確かに四十代。茶色の髪を首元まで伸ばし、カジュアルな服装をしている。
視線に気付いたのか、その女性は顔を上げた。僕と目が合うと「あら」といって、白い歯を見せて笑うと、読んでいた単行本を閉じ机の上に置く。
「歩君ね」
「はい」
名前を呼ばれて、僕はホッと胸を撫で下ろす。妙子さんは、僕を見た後、くるみちゃんの方を見た。
「くるみちゃん、久し振りね。10年振りくらい? 本当に大きくなって」
懐かしむように目を細める妙子さんがいる一方、くるみちゃんは突っ立ったまま、無言で見下ろしていた。
「あっ、ごめん。くるみちゃんは、もう覚えてないわよね」
「覚えていますよ。昔、妙子さんに24色の絵の具を買ってもらって、よく絵の描き方を教えてくれましたよね。私、あれから絵を描くの、好きになったんですから」
くるみちゃんは懐かしそうに目を細める。妙子さんも、ああ、と懐かしそうに目を細める。あまり接点がないのかと思ったが、二人には共有の想い出があるようだな。
それから、僕とくるみちゃんは、テーブル席となる妙子さんの正面に腰を落とした。
「まずは二人共ごめんね。せっかくのデートを邪魔しちゃって。二人は、いつから付き合ってるの?」
腰を落として早々、妙子さんは興味津々な顔をする。
とんだ猿芝居だ。僕とくるみちゃんが付き合っていないの、知っているくせに。あっ、でも、この言葉も台本のセリフなのかもしれないな。
だとしたら、和花さん、もしくは柚ちゃんのせいか。ああ、なんだか、わけがわからなくなる。
「付き合っていないです。歩ちゃんは、お兄ちゃんの友達で。歩ちゃんは、私を兄の友達くらいにしか思っていないと思います」
「でも、今回誘ったの、歩君なんでしょ。歩君にはその気があるってことじゃない」
「それもないです。歩ちゃん、優しいから、私の事、心配して付き合ってくれるんです。本当、昔からの付き合いですが、よくわらない人です。なんの得があって、私に優しくするのか。私の事、好きでもないのに」
妙子さんの問いに、何故かくるみちゃんが、淡々とした口調で答える。なんだろう、言葉の節々に棘があるのは、気のせいかだろうか。
不意にくるみちゃんは、僕を一瞥する。目は冷たい、というより悲しげな目に近い色をしていた。
「そう。でも、友達なんでしょ。なら、関係ないわよ。損得じゃない。友達なら、心配よ」
と、妙子さんはかげりのある表情を浮かべ、真っ直ぐにくるみちゃんの方を見た。
「お母さんの件は、残念だったわね」
突拍子もないタイミングで切り出してきた本題。妙子さんの突然の切り出しに、空気は一気に重くなる。くるみちゃんも、目を伏せたまま「はい」と、か弱い返事をするのが精一杯のようだ。
「ごめんね。夏美が死んだ報告が私のもとに入ったの、つい最近だったの。本当にびっくりしちゃった」
夏美、とは多分、くるみちゃんのお母さんの名前だろう。
気丈に明るい喋り方をしているが、妙子さんの瞼には深い哀愁が漂っている。見る限り、くるみちゃんのお母さんとは友人以上の関係。親友だった、という話しも頷ける。
「交通事故だってね」
「はい」
くるみちゃんにとってみれば、お母さんのことを思い出すだけでも苦痛なはず。くるみちゃんは肩を震わせ、顔面蒼白になりつつある。
恐怖心の症状に似ている。本人も妙子さんの質問に、返事するのがやっとのようだ。
僕は口を挟むべきか迷った。くるみちゃんは今、苦痛なはずだ。でも、和花さんにはなにがあっても、妙子さんの話しに口を挟むなと念を押されている。
「くるみちゃんには一つ、謝っておかなきゃいけないことがあってね」
「謝っておくこと?」
思いがけない切り出しに、くるみちゃんは眉を顰める。当然、妙子さんが今日、話す内容は極秘になっているので、なにを口にするのか僕も予想できない。
「くるみちゃんはさ、お母さんは自分のせいで死んだと思ってるんだってね」
「その話し、誰から?」
「歩君から」
えー、嘘ぉ。そこ、僕から聞いた方向性にするの。思いがけない妙子さんのカミングアウトに、僕は面食らった。責めて、蓮の方にしようよ。ここにいる時点で、僕超気まずいんですけど。
「あの日、夏美は普段、通らない道を歩いていて。その近くには、ケーキ屋さんあった。だから、自分が余計なことを言わなければ、その道を通ることはなかった」
僕の立場などお構いなしに、妙子さんは話しを続ける。しかもそれは、最もくるみちゃんが思い出したくない話しの一つだった。
その話しを耳にした途端、くるみちゃんは妙子さんではなく、僕の方を睨みつけた。くみちゃんは何も口にしないが、キッとした目を僕に向け、唇を噛み締めている。
そりゃそうだ。心の中では、この裏切り者。と思っていることだろう。
「くるみちゃん。彼氏君を怒んないであげて」
「だから、彼氏じゃないです!」
「ああ、そうね。でも、大事な友達でしょ。歩君、くるみちゃんのこと、凄く心配していたわよ。蓮君もそう。みんながあなたを心配している。ううん、違うかしら。大事にされているって言った方が正しいわね」
妙子さんは不機嫌になった、くるみちゃんの態度を気にしてか、子供に言い聞かせるような、厳しい口調で咎め始めた。それに対し、くるみちゃんは俯いた状態で「そんなこと、わかってます」と項垂れてしまう。
「ごめん。話しが脱線したから、元に戻すんだけど。あの日、夏美が向かっていたのは、ケーキ屋ではなかったのよ」
「どういうことです?」
さらっとした口調で話す妙子さんとは対照的に、くるみちゃんは幽霊でも見たかのような衝撃的な顔をする。くるみちゃんほどではないが、僕もその告白に驚いた。
僕達の反応を一瞥すると、妙子さんはコーヒーを一口飲み、窓の方に視線を移す。
「あの日ね、私、夏美に会っていたのよ。久々にこっちへ帰って来ててさ。時間あれば、今から会えないかって。私の方から誘ったの」
「まさか。それでお母さん」
「そう。そのまさか」
衝撃の告白に、くるみちゃんは目を白黒させている。その一方、妙子さんは落ち着いた口調だった。コーヒーカップをテーブルに置き、真っ直ぐにくるみちゃんの方を直視する。
「ちょうど、私が駅から降りたところでね。本当ならバスを使って、夏美の家にお邪魔しようと思ったんだけど。夏美は私がいるところまで、車で行くって言うから、お言葉に甘えたわけ」
くるみちゃんは妙子さんの話しが耳に入っているか、全く反応がない。もしかしたら、ショックで脳が停止しているのかもしれない。その様子に妙子さんも気付いてはいたが、話しを止めることはしなかった。
「駅近くの駐車場で、夏美は車を止めた。そして、私と落ち合って、近くのファミレスで食事したの。三時間くらい話したわね。私は、そのまま、夏美と別れを告げた。夏美は駐車場に止めてある車まで、歩いている道中、事故に遭遇してしまった」
最後は少し早口になっていたが、妙子さんは真っ直ぐな目をくるみちゃんに向けたまま、真相を口にした。
真相? いや、これは真相なんかじゃない。これは、くるみちゃんを助ける為の嘘だ。
そして、妙子さんは最後、くるみちゃんに対して、頭を深く下げる。
「くるみちゃん、ごめんなさい。お母さんが死んだのは、あなたのせいじゃない。あの日、あの場所に誘った私の責任。許してもらおうなんて思っていない。でも、くるみちゃんが、自分のせいでお母さんが死んだって、悩んでいることを聞いて。いてもたってもいられなくなったの」
妙子さんは唇を噛み締めて、目元には薄らと涙を溜め込んでいた。
くるみちゃんはその謝罪に対して、なにも言わない。きっと、頭の中が滅茶苦茶で、言葉を発せる状況ではないのだろう。




