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柊メンタルクリニック  作者: 結城智
第2章 依頼
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第19話 シナリオの説明

 和花さんから連絡がきたのが日曜日。よって、翌々日の火曜日にもう一度、会うことになった為、僕は蓮に連絡を入れる。


 蓮は待ってましたと、言わんばかりの声だった。


 これ以上、くるみちゃんを放置するのは危険。急く気持ちは僕と一緒だった。


 その日は和花さんも気を使ってか、僕達が住む街付近にある、喫茶店で待ち合わせとなった。

待ち合わせ時刻は十一時。僕と蓮は三十分前に到着し、僕達は席に腰を落として待っていた。


「これで、くるみは助かるんだな」


 蓮は最近見せていた不安げな顔が嘘のように、今日はぱっと明るい表情に変わっていた。垂れ込めた暗雲から、一条の光が差したような感じだ。


「わからないよ。心の病は、怪我や病気とは違うからね。期待はしていいと思うけど、絶対はないと思った方がいい」


 水を差すように僕は言った。


 空気が読めない発言かもしれない、でも、絶対、という期待を持たせて、蓮を落ち込ませたくないという思いがあった。それ以上に僕自身、和花さんを信用していいのか? という疑念が強くなっていた。紹介した立場上、蓮にそのことは口にしないが。


「そ、そうなのか」


 凄くわかりやすい奴だ。蓮の表情が一気に曇ってしまう。


 間もなくして、和花さんと柚ちゃんが到着した。普段スーツの和花さんも今日ばかりは、私服だった。


「あら。約束の時間より、二十分早いと思っていたけど」


 和花さんは腕時計を確認しながら、目を丸くしている。


「うわー。もう、藁でもすがりたいって状況だね」


 他人事だと思って。柚ちゃんは腰に手を当て、苦笑していた。


「ここのコーヒー美味しいのよね。あっ、そういえばどう。くるみちゃんの様子は? 相変わらずかしら」


 正面に腰を落とす二人。和花さんは開口一番にそう切り出す。世間話みたいな話し方が、癪に障るのは僕だけだろうか。


「ええ。そうですね。俺の前では言わないんですが、歩の前では母親の後を追いたいという言葉を口にするようです」


 と、蓮は僕の方を見ながら、遠慮がちな口調で喋る。


「なんでしょうね。歩には心開くんですが、俺にはあまり本心を言ってくれなくて。俺、兄として失格ですね」


 珍しく蓮は俯きながら弱音を吐くので、僕は躊躇した。


 蓮がそんな風に歯痒く感じているのは、薄々気付いていた。いや、正直なことをいうと、気付いていたが、気付かないふりをしていた。


 そこに目を向けてしまっては、くるみちゃんと会うことに対し、遠慮や困惑という邪魔な感情が生まれるからだ。


「それは違うわよ」


 はっきりとした声で、和花さんは否定した。蓮は驚いて顔を上げる。


「くるみちゃんはね、兄であるあなたに心配かけたくないのよ。あなた、妹の心配ばっかりして、泣きそびれたのかもしれないけど、あなたもくるみちゃんと一緒で、お母さんを失った一人なのよ」


 確かにそうだ。今まで、くるみちゃんだけが悲劇のヒロイン扱いだったが、実際のところ、蓮もくるみちゃんと同じ症状になってもおかしくないのだ。


「いろいろ調べさせてもらったけど、あなた達、近所でも評判になるくらい、仲がいいそうね。普段から、くるみちゃんとは毎日のように、仲良く話しをして、時には喧嘩もして。休みの日は、一緒に遊びに行くこともあったんでしょ?」


 蓮は声を発することはしないが、肯定するように頷いた。


「別に、これは蓮君を励ますための言葉じゃないわ。はっきり言って、あなたは今回、カウンセリングの対象外だし」


 そう、一言告げてから、和花さんは言葉を繋げた。


「くるみちゃんは、あなたを親愛な兄だと思っているはずよ。だからこそ、あなたの前では絶対に涙は見せないし、弱音もはかない。一度でも弱音を吐いてしまえば、兄であるあなたまで、負の世界に引きずり込んでしまう。それだけは絶対に避けたいのよ」

「そっか。だから、くるみちゃんは最初、蓮や蓮のお父さんの前では、顔を見せようとしなかった」


 疑問に思っていた謎が解け、つい僕は興奮して口を挟んでしまった。睨まれるかと思ったが、和花さんは僕の方を見て、素直に頷いた。


「そう。閉じこもったのは、家族を信用してなかったんじゃない。その逆。家族が大事だからこそ、くるみちゃんは自分だけで、気持ちの整理をしようと考えたのね」

「俺はてっきり、嫌われているのかと」


 盲点だった、とでも言いたげな感じに、蓮は照れ臭そうに頭を掻く。胸の中のもやもやがすっ飛んだような、安堵の表情になっていた。


「あれ。でも、くるみ、同級生の友達や親戚の人達にも、顔を出さなかったっすよ」


 蓮は記憶を辿り、思い出したような感じに声をあげる。


「それはそうでしょ。お母さんが死んだばかりの状況。本来、誰とも顔を合わせたくはなかったでしょうね。さっきも言ったけど、くるみちゃんは自分だけで、気持ちの整理をしようと考えていたはず」

「じゃあ、結局、一人で立ち直るはずのくるみちゃんを、僕は邪魔した格好になったわけですか」


 自虐的な言葉を口にする僕を、和花さんは鋭い瞳で睨む。


「それは違う。確かに、くるみちゃんは、自分でなんとか立ち直ろうと思っただろうけど。はっきり言って無謀なことだと思うわ。歩君が出てこなかったら、くるみちゃん、もっと酷い状況になっていたはずよ」

「そうだよ。前から言おうと思ったけど、歩は少し自分を責め過ぎなところがあるぞ」


 和花さんに便乗する格好で、蓮は僕の肩を叩く。


 先程まで、自分は兄の役割を果たしていないんじゃないかと、へこんでいた奴には言われたくない。でも、まあ、庇っくれるんだから、素直に受け止めておこう。


「でも、くるみちゃんは、歩君だけは部屋に入れた」


 珍しく柚ちゃんが、静かな声で口を挟んできた。


「そう、そこなのよ」


 今度は、和花さんが柚ちゃんの言葉に便乗し、今言ったことは重要だと、言いたげな顔をする。


「歩のこと好きだから、入れたんだろ」


 嫉妬しているのか、蓮は口を尖らせながら言う。


「思春期に親を失ったショックは相当のものよ。好きな人は愚か、彼氏だとしても、その領域は踏み込ませないはず」

「なにが言いたいんです?」


 和花さんは僕の目を直視する。まるで、刑事に取り調べをされているような威圧に怯んでしまう。


「歩君なら自分を救ってくれる。くるみちゃんは、そう思ったんじゃないかな。同じように大事な家族を失った経験をしている歩君なら、乗り越えられる方法を知っているはずだと」


 注文して届いたホットコーヒーを一口飲むと、また柚ちゃんが落ち着いた口調で言った。


「そう、その通り。てか、柚、あなた美味しいところ、全部持っていくわね」

「えー。そんなことないよ」


 不服そうな顔で和花さんは肘を、柚ちゃんの肩に突く。


 当の本人はそんなつもり、さらさらないのだろう。ハムスターみたいな目をくりくりさせている。


 案外、隙のない和花さんみたいなタイプを崩すのは、柚ちゃんみたいなマイペースな子なのかもしれないな。


「それは僕のこと、あまりにも過大評価していると思いますよ」


 僕はすぐに否定したが、横で考え込むように腕を組んでいた蓮が「いや」と口を挟んだ。


「和花さんの言う通りかもしれない。くるみは頑固な奴だし、人一番、責任感の強い奴だ。多分、僕や父さんに、余計な心配をかけたくなかったという線は当たっていると思うんだ。一人でなんとかしようと、思ったけどダメだった。そんな時、同じ境遇を経験している歩なら。と、俺だって同じこと考えるかも」

「同じこと考えるって。蓮、僕に泣きつかなかったじゃない」

「気持ち悪ぃな。誰がお前に泣きつくかよ」


 顔を顰めた蓮は、僕から少し離れる。


 なんだ? 言っていることが滅茶苦茶だなと、僕は肩を竦める。


「とにかく、今回、くるみちゃんをカウンセリングする物語のキーパーソンは、歩君になる。主演でいうと、くるみちゃんが主人公で、歩君は彼氏役」


 こないだも、電話でそんなこと言われた気がする。一体、どんな役割を与えられるのだろうか?


「監督。僕は?」


 蓮は手を上げ、和花さんに確認する。


「あなたは、この物語に登場しません」

「俺、用済みですか?」

「ううん。そんなことないわ。あなたは最終兵器よ。出来れば、使いたくない最終兵器だけど」

「といいますと?」

「今回のカウンセリング、失敗したら、後は兄であるあなたがなんとかしなさい」


 と、はっきり言われ、蓮は「マジですか?」と、面食らっていた。


 要は、このカウンセリングが通用しなければ、和花さんもお手上げってわけだ。言いたいことはわかるが、もうちょっとオブラートに包めないものだろうか。


 その後、柚ちゃんは、手提げ袋から二枚、用紙を僕と蓮に手渡す。


 三ページのA4サイズの用紙。左上二箇所が、ホチキスで留められている。表紙には【宇佐美くるみ カウンセリング】と、書かれていた。


「そこには、一日のスケジュールが記されているわ。当日、歩君はくるみちゃんと、この内容通りに行動して欲しい。その他の登場人物は、既にオファーしてあるから安心して。とにかく、歩君はこの通りに行動してくれればいい」


 この通りに行動して欲しい、と二回も立て続けに念押しされる。


 どうやら、僕は信用がないようだな。


 物語を一読していくと、目を疑うような内容があった。


「ちょっと待ってください。十一時待ち合わせって、これ、デートみたいになってますよ。しかも、十二月二十四日って、クリスマスイブですよね。誰が、くるみちゃんを誘うんですか?」

「あなた以外、誰がいるの?」


 全く悪びれた様子もなく、むしろ、呆れたような視線を僕に向ける。


「いやいや、無理ですって。心が不安定な時に、外出するなんて」


 今、学校に行くことすら、止めようと考えている状況なのに。


「心が不安定だからこそ、気分転換が大切なのよ。大丈夫、歩君が誘ったら、くるみちゃんは絶対に行くはずだから」

「そんなわけないでしょ」


 なにを根拠に言っているんだ、この人は。


「あっそ。なら、辞めたらいいじゃない。あなた、親友の妹、見殺しにするのね」


 溜息混じりに和花さんがそう言うと、用紙を黙読していた蓮が、急に慌てた様子で僕の肩を揺らし始めた。


「歩。頼むよ! くるみを見殺しにしないでくれ」


 冷静さを失っているのか、和花さんの言葉に過剰反応した蓮は興奮した様子をみせる。声が大きかったせいか、喫茶店内にいるお客さん、店員は何事かと、目をこちらに向けてきた。


「わかった。わかったから、落ち着いてよ」


 僕は蓮をなだめながら、和花さんを睨みつけた。


 蓮が狼狽えて、僕に願望することを想定し、和花さんはわざと「見殺し」なんて言葉を使ったのだ。作戦を実行させるためなら、手段を選ばないのもわかるが、もう少しやり方を考えてくれないだろうか。


「誘ってはみるけど、断られたらどうしようとないよ」

「ああ。わかっている」


 蓮は大袈裟に頷く。もう、兄としての威厳や嫉妬なんて二の次。今はくるみちゃんを助けることで、頭が一杯のようだ。


「和花さん」


 僕は和花さんに言いたいことは山ほどあったが、一言だけ簡潔に伝えることにした。


「依頼しておいてなんですが。やっぱり僕は、あなたのカウンセリング方法は間違っていると思います。物語をプロデュースするなんて言って、人を駒みたい使う。自分の手は汚さないで。高いところから見物しているんですから」


 胸に溜め込んでいた思いを吐き出すと、和花さんは不機嫌な顔をすることもなく、僕を真っ直ぐに見つめる。


 その表情は、怒りなのか、悲しみなのか、全く読み取れない。なんとも表現出来ない顔をしていた。


「違うよ。歩君」

「柚、いいの。黙っていて」


 フォローするように柚ちゃんが口を挟むが、和花さんはそれを止める。そして、和花さんは優しく僕へ微笑みかけた。


「歩君。あなたの言っていることは、間違ってない。でも、今回は私のやり方に協力して頂戴。文句なら、後でいくらも聞くわ。あなたが本気で協力してくれないと、このシナリオは完成しない。この通りだから。お願い」


 そう言うと、和花さんは席を立ち上がって、僕に深く頭を下げる。それに続くように、柚ちゃんまでも席を立ち、頭を下げた。


 プライドが高そうな和花さんが、頭を下げるという行動に出るのは、あまりにも想定外の状況だったため、僕は完全に呆けてしまった。


 一体なんなんだ。これも和花さんの計画であり、演技なのだろうか。


 結局、僕はなにも言い返すことが出来なかった。

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