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第七話

 それは本当に唐突な「死」であり、「目覚め」だった。



「あ……?」



 視界に飛び込んできた、ぼんやり浮かび上がる天井に酷い違和感があった。


 いつもと、違う。いや、同じだ。


 二つの相反する思考がぶつありあった瞬間、私は、本当の意味で全てを理解した。



「ふ、ふふっ、」



 発作のような強烈な笑いの衝動が込み上げてきて、耐えられずに毛布に包まり声を押し殺す。それでも歪んだ唇の隙間からは掠れた笑い声が漏れ出した。


 ああ、こんなに笑えるのは本当に久しぶりじゃないか?


 そう考えて、我慢するのを止めた。衝動に任せて一頻り笑い転げたあとで、包まっていた毛布から身体ごと這い出す。汗ばんだ身体に冷えた空気が冷たく感じたが、構わずにマッチを擦り傍の燭台に火を付けた。暗い部屋が僅かに明るくなる。



「あーっ、タバコが欲しい」



 口寂しい、と思いながらマッチの火を吹き消す。メビウスでもキャスターでも、銘柄もタールもニコチンの量もなんだって構わないから我が愛する故郷のタバコが今すぐに欲しかった。ここには電子タバコどころか紙タバコすらないことなんて、よぉーく知っていても。



「けどホントーに笑えるわ。なんだっけ? お子様厳禁の、うっふーんあっはーんな感じの昼ドラ顔負けゲームだったと思うけど」



 タイトルなんだったかなあ、と考えている内にまた笑いが込み上げてくる。今日は我ながら機嫌が良いのかもしれない。


 スプリングなんて言葉すら知らなさそうな固いベッドから抜け出して、素足のまま窓際に近付く。中途半端に引かれていた薄っぺらいカーテンを開き切ると、近付く夜明けを知らせるような薄明るい群青色の空が見えた。それでも未だ夜の匂いの濃い空の手前、窓ガラスにはぼんやりと「私」の姿が浮かび上がっている。


 波打った黒い髪、青白い痩せた顔、黒い目。つまらない、見慣れた容貌だ。胸はあるしスタイルは良いけど、オフィーリアには顔で負けてる。



「しっかしミリーねえ……。まるで胡蝶の夢だあね、荘子を地でいくことになるとは思わなかったけど」



 私がミリーになったのか、ミリーが私になったのか?



 そんなくだらない物思いに浸りながら、タイトルすらろくに覚えていない、こことよく似たゲームの内容を思い返す。


 そう、主人公は男爵家令嬢「オフィーリア」だ。舞台は全寮制の王立学園で、一六歳になった彼女は「ミリー」を侍女として伴い入学し、そこで四人のイケメンと出会う。四人のうち三人は貴族階級の中でも有望株な奴らで、あとの一人が、王子っぽい感じのヤツの従者として登場する孤児院時代の元幼馴染だったはずだ。ま、あいにくそいつの顔も名前も思い出せないけど。


 で、そこでヒロインはイケメンたちのうち誰か一人を選んであっはーんな感じで青春を謳歌していくが、そんなに簡単にシナリオが進むわけがない。誰を選んだって立ち塞がるのが、ヒロインの親友「ミリー」だ。生い立ちとこれまでの経緯から並々ならぬ復讐心を抱いていたライバル「ミリー」は、ヒロインが選んだイケメンをあの手この手で誘惑し、最終的に寝取る。そうなると、ヒロインは強制的に「お義兄さまEND」だ。


 これで大体わかったかもしれないが、ヒロインの義兄「グラディス」こそ「ミリー」を操り、時に共謀する真の黒幕的存在であり、かつヒロインのお相手の一人でもある。要するに、五人のイケメンを文字通り身体を張ってビッチと取り合うクソゲーだ。


 どうして私がこんなクソゲーの内容をある程度把握しているのかというと、バイトでこのゲームのテストモニターを受けたことがあるからだ。一応仕事としてはやりきったもののクソ寒いセリフと意味不明な展開の嵐にこの手のものは私には向かないと判断し、以降モニターバイトは辞めた。


 遠い過去を思い返しながら、ふと、今の「私」は誰なんだろう、と思った。


 ガラスに映っているのはミリーだけど、もう私はミリーなんかじゃあない。根暗でも内気でも、復讐心に燃えてもいない。だけどミリーの記憶だけは確かにある。



「あなたはだーれ?」



 戯れに問いかけて笑う。


 「私」が「私」なら、ミリーはどこに行ったのか? 何故、今日という日に、なんの前触れもなく目覚めたのか?


 答えの返らない問いが頭に浮かぶ。それでも、私の唇は三日月を模ったまま変わらない。



「ま、生きてりゃなんでもいっか。とりあえずクソゲーからはさっさとおさらばして、人生をエンジョイしようじゃない」



 七面倒なだけの復讐を「ミリー」として進んで遂げてやる気はない。ミリーに対してだって少しぐらいの同情心はあるものの、そこまで悲劇のヒロインぶった思考回路も訳のわからんオフィーリアへ向けた妬み僻みもお高いだけのプライドすら今の「私」にはない。


 更に言ってしまえば、こんな魔の巣窟のような屋敷に留まる理由すら私にはなかった。都合のいいことに明日はヒロイン様のお披露目兼誕生パーティーで、人の出入りが激しい。侍女の一人ぐらいいなくなっても暫くの間はバレるはずなかった。


 明日、ここを出て行こう。そう決めて空を仰ぐ。夜闇を引きずっていたはずの空は、いつの間にか白く青く澄んだ色に変わりつつある。



「グッバイミリー、ハロー私」



 悲しくもないのに勝手に頬を流れていく涙が愛おしくて、窓の向こうの冷たい朝日にキスをした。



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