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魔導師の魔石

一ヶ月以内とかいいながらすんなり出来上がりました。シリアル。

次回から話が大幅に動いていきます。……たぶん。

 

 初対面から人当たりのいいアッカードさんから――当然魔石の事でだが――迫られている状況に、そういえば、とどこか冷静な私は視線を逸らさずゲームのアッカードルートを頭の中でなぞりだす。

 アッカードさんはゲームの中でも懇切丁寧で、滞在している主人公に素を見られるのを嫌ってか口調を崩したのは純粋に想いを通わせた終盤あたりだった。『自身に流れる王族の血を恨んでさえいるからか、口にするのも極力避け、表面上は穏やかな青年を演じて主人公に接する。』とは設定資料集の裏設定の項目に書かれた一文である。

 さらに、こんな威圧的な態度はくだんのヤンデレBadENDでちらりとお目見えする程度で、砕けた言動は、時折親しい人物や部下とのやり取りで窺い知れるくらいだ。

 何の意図があってやっているのか検討もつかず、より緊迫が強まり手のひらの体温を奪う魔石を握り混む。

 

 やはり、といいますか……不穏です。

 

 追い詰めたこのままの体勢だとクロに一触即発の敵意を向けられ続け、あまつさえ私が答えないと判断したのかアッカードさんは拍子抜けするほどあっさり身を引いた。

 

「すまないが……ただ、今この場で話してくれると助る」

 

 呆気に取られ、なにが助かるとは探れない雰囲気に飲まれそうになる。

 座り直したアッカードさんは額に手をやって見たこともない苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「なんで急に、その」

「シス様が連れて来た人だからと厳重に結界を張ったんだが、一度壊された。……いや、正確には消し去られた」

 

 『結界』という言葉もそうだが、『消し去る』?

 まさか、と私を狙っている人物が侵入でもしたのかと尋ねようとしたが、シスさんがどこまで話したか分からずこれは言っていいことなのだろうかと戸惑い開いた口を閉じるだけに留めた。

 

「いつのことなんですか?」

「来たその日だ。まさか、すぐに破られるとは思いもしなかった」

 

 慎重に、ない頭をひねって問いを重ねていく。

 すぐ近くにまで来ていたのだろうかと、感じてなかった恐怖が背筋から這い上がる。

 早くその先を聞きたくて、しかしゆっくりと尋ねた。

 

「誰に、ですか?」

「……気が付いていないのか? それとも、はぐらかしているのか?」

 

 互いに噛み合っていない。さっきからの応答にも、言葉に表せない違和感がある。

 結界が消し去られたという初日を思い返すと、アッカードさんが出てからこの部屋に近付いた人物は数名いた。

 だが、一番に思いつくヘイノクトさんといえばシスさんとウィルさんの交代で態度も変わらず来てくれているし、クロといえば首輪以外でこちらも変わりはないし、メイドのお姉さん──ローンさんもアッカードさんから指示を受けて私の身の回りの世話をしてくれている。

 消去法でいくならブレンさんなのだが、数日経った今でも部屋を出てないから当然接触はない。

 疑問が膨れあがるだけで、黙ったままアッカードさんと睨み合う。

 

 先に音を上げたのはアッカードさんだった。

 

「結界を消滅させたのは貴女だ」

 

 思ってもみなかった犯人に目を丸くする。

 私が、結界を消滅?

 「無理あるでしょう」と声を上げかけて、それをアッカードさんが遮った。

 

「俺に許可なく部屋を出た時にその人工魔石(パディ・ディ=ソリア)が解除した。一級魔術師でなければできないはずなのに、だ」

 

 驚きに身動きが出来ない。心配したらしいクロが膝の上で「ニャア」と鳴くが撫でる余裕もなかった。

 『一級魔術師』といえば魔術師団のトップ。リシュバン王国では五人しか認められていない超がつくエリートでそれぞれが指揮する部隊を持ち、他国と諍いが起きたり牽制の場には必ず駆り出されている。

 ゲームのメイン攻略対象にも入っている眼帯ど鬼畜魔術師が思い浮かんだ。

 あの人と同じぐらいでないと難しいと言われると、それをやってのけた首輪に意識が持って行かれる。

 シスさんは『治癒』だといっていたはずだ、なのに解除できるとは……どういうことだろうか。魔石は基本的に一つしか特性を持たないとも説明されたのに。

 

 ……んんんん? 待てよ。人工魔石(パディ・ディ=ソリア)なのに『永続的』と言われていた気がする。

 アッカードさんが見抜いたのに、シスさんが見抜けないはずはない。

 ディスさんを「アレ」と言って敵対視する割に、そのディスさんの作った強力な人工魔石(パディ・ディ=ソリア)を首輪に填めた私を保護しているのは何故だろう。なにげに取ろうとしたのは一度きりで以後触れられさえしなかった。

 それに、やはりというか、魔導師なディスさんはギルドと対立している……?

 今更な考えに肝が冷える。

 身の回りが謎だらけで頭がパンクしそうだ。

 

「だから、俺は貴女の正体を知りたい。あと、何故その魔石を着けているのかも」

 

 真剣な眼差しに、迷いながらもシスさんとの説明の齟齬を知りたいのかと『記憶喪失(設定)』をシスさんに言ったことをさらに短くして話す。

 

「正体なんて、大それたことはありません。ただの記憶喪失の魔力なし(イレイブ)です。気付いたら森にいて、それで、近くの道を歩いていたらディスさんに会って……まあ、色々ありまして、首輪も貰って良くしてくれました」

「魔導師が首輪とはいえ女性に物を贈るとは、珍しいこともあるんですね」

 

 確かに。それが贈り物と言えるかと聞かれたら微妙な所だが。

 首輪のことだって商品にしてはその首輪の方が価値があるだろうし、思い返してみても言動の訳が分からない。

 当てずっぽうで悪いが、ディスさんはたぶん人との距離を図りかねていたのかも知れない。元来『魔導師』と呼ばれるのは人とも一線を引かれる孤独な人だから。

 私も一人だから変に態度を柔和にしたのかと、なんとなくそう思った。そう思いたい……のかも知れない。

 

「魔導師に気に入られたのが魔力なし(イレイブ)の貴女だというのは納得致しました……ですが、その貴女が、何故シス様と一緒にこちらに来られたのかも気になる所ですね」

 

 敬語と営業スマイルに戻っているアッカードさんに気が付いた。

 変わり身の早さについて行けずに返事に戸惑ったが、視線の先が背後に移っていることを不思議に思いクロを片手で支えて振り返る。

 

「こんな遅くに、二人でこそこそなにを話していたのかしら?」

 

 微笑みを湛えた――シスさんがいた。そのまま私を素通りしてアッカードさんの隣に移動する。

 

「本人に聴かせていただきました」

「『何も聞かない』って言うのはシズクにも当て嵌まるのだけど?」

「失礼致しました。指定もされていませんでしたので、シズクさんになら大丈夫かと思いまして」

 

 笑顔の応酬に背筋が冷えたのは初めてだ。

 珍しくシスさんが言葉に詰まってアッカードさんが椅子から立ち上がったことで途切れる。

 もう出ていくのか広げた魔石を小箱に戻して、最後に私に歩み寄ってきた。

 気持ち後ろにずれる。

 

「その魔石だけは返して貰っても宜しいですか?」

 

 その言葉に手に握っていたものを思い出し、向けられた手のひらにさっと乗せた。

 それでも動かないアッカードさんを見詰めていると、またも一瞬で営業スマイルが崩れる。

 

「シズクさん、一つだけ言わせていただきますが……シス様から貴女の事は一度も聴かされてはいませんよ?」

 

 だから、貴女に直接聴いたのに、と普段のアッカードさんからは想像もつかない意地悪い笑みを私だけに向けこともなげに言い放ち、営業スマイルに戻ってシスさんに頭を下げてから引き上げていった。

 私はシスさんから聞いている大前提で話していたはずだ。

 

 アッカードさんにはめられたようです。はい。

 誰だ、アッカードさんがメイン攻略対象の唯一の良心とか言ったやつは! 厄介な人物その2じゃないか! もっとも厄介な魔術師より恐ろしいってどういうこと!?

 一人脳内で恐慌を起こしていると、肩に軽く手がかけられる。小首を傾げ見上げると、シスさんが艶然と微笑んでいた。

 

 もちろん、目は笑ってなどいません。

 

「シ・ズ・ク? 貴女は、なにを、しているのかしら?」

「え、えへへ……?」

 

 シスさんの纏う雰囲気が無断外出の時と同じく氷点下。一語一句区切っての問いかけと、視線で射殺されそうになりながらもクロを盾に後退った。

 

「シスさんの知り合いですし、もう説明されてると思ってまして……ごめんなさい!」

 

 びくびくと次はなにを言われるのか待つ。

 が、シスさんはそれ以上なにも言わずに手近のソファに腰掛けた。

 突っ立っていた私も腰に手を回してさらわれ、クロごと膝の上に乗せられる形になる。

 

「はぁー……、だめね。シズクを隠そうとすればするほどかえって目立ってしまう気がするわ。一度でも気付かれたら危ないヤツもいるのに」

 

 あ、それアッカードさんですか? とは軽く口に出来ないくらい弱々しいシスさんの本音が漏れた。

 菫色の瞳に見つめられ目を彷徨わせ、沈黙が流れる。

 自嘲混じりの笑い声がシスさんからこぼれ、右手が左頬に添えられたのに気付いて目を合わせた。

 

「シズクの目は綺麗ね。濁ったものばかり見てきた私にとっては眩しいわ」

 

 余りにも寂しそうに笑うから、あの時のように頭を撫でた。

 驚いて目を見開いたけれど次第に気持ちよさそうに目を伏せる美人を見ながら、シスさんが現在抱えている物事を推測してみる。

 

(私でも少しなら役に立てるかも知れない。)

 

 そう思いながらも、聞いたらこの関係が壊れるのではないかと口を噤んだ。

 

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