次期商会長の魔石講座
長々とお待たせ致しました。若干長めです。
続きは一月以内には必ず上げたいと思います。
日も暮れた空から私に目を移して、ギノスさんは静かに「そろそろ戻るか」と言った。
それでやっと体勢に気付いて固まると、のどを鳴らして穏やかに笑われる。
力強くて優しい腕に身じろぎすら出来なかったけれど、守られている安心感に息を吐く。
ぐらりと視界が回って部屋に戻り、目眩が薄れてきた頃に降ろして貰えた。
「ほら、ちんまいの。悪かったな、嬢ちゃんを返すぞ」
降ろされた部屋の真ん中で、ソファに居たクロが足元に寄って来ると私の膝に額から背中を擦りつけ甘え始めた。
不意にクロとギノスさんの目が合ったかと思うと、視線を逸らしたクロに反してギノスさんはにっと笑う。「別に何もなかったからいいじゃねぇか」と呟いたギノスさんには動物の心の声でも分かるのだろうかと改めて不思議に思った。
「じゃあな。また近いうちに来るぜ」
そんな手短な別れの挨拶と共に、持ってきた書類を纏め終えるとギノスさんは帰って行った。
私が寝室に入るまで傍にいるシスさんやウィルさん、ヘイノクトさんとは違い早い時間だ。
だが、自然と満足感を覚えた私から、少しだけ笑みがここぼれた。
* * *
約束通り大人しく待っていたクロをメイドのお姉さんが夕ご飯を持って現れるまでかまい倒す。
半分意識がギノスさんに持って行かれているのでクロは不満そうだったが、頭を撫でられているうちに微睡んで気が紛れたようだった。
「失礼します。少しお時間宜しいでしょうか?」
お腹もいっぱいになり、ローンさんが食器を下げて部屋から出て行ってすぐ、入れ替わるようにアッカードさんが宝石を入れるような小箱を抱えて訪ねてきた。
断る理由もないので「はい」と返事をすると、隙のない動作で手際よくテーブルに中のものを広げ始める。
乳白色で丸くツルツルとしたものや、刺刺としたクリスタルのような中に水浅葱色を閉じ込めてでもいるようなもの、子供が書くような星の形をした黄土色のもの、と他にも小箱から次々と並べられていく。
ゲームでも見たことのない品だが、なんとなく理解して口を挟んだ。
「あの、これ全部魔石ですか?」
全部出し終えたのか、アッカードさんは楕円形で平べったい深紅の一つを私の目の前に置いた。
「はい。今後シズクさんの不便が無いように御説明させていただきます」
藍色の瞳を真っ直ぐ見つめ返すアッカードさんに、『説明とは?』と疑問符が浮かぶ。
初対面の人でも即座に見抜かれる魔力なしだ。魔力ではなく熱感知で作動する魔石しか扱えないものだと思っていたのだが、違うのだろうか。
それとも、この並べられた魔石は私でも扱える類いのものなのかと期待を膨らませた。
「本当は此方に来られた時にでも、と思っていたのですがなにぶん突然だったもので手持ちも少なく……申し訳ありません」
心の底から詫びるアッカードさんに慌てて首を振る。
副商会長という、現在は遠い地に商談に行っている不在の商会長の代理でドロア商会を仕切っているアッカードさんは傍から見ても忙しい身なので、私みたいな厄介者を受け入れてくれた時点で申し訳ないと思っていた。
こんな風に時間を作ってわざわざ教えに来てくれたことも業務の支障になっているはずなのだ。
「心遣いありがとうございます。でも、アッカードさんはお忙しいのにいいんでしょうか……」
言葉尻を濁し、暗に他の人でも良かったのではないかと伝えてみる。
ローンさんやメイドのお姉さんぐらいしか会ってはいないが、アッカードさんが直々に来なくても魔石の事を説明するなら彼女達に任せてくれた方が手間は省けるはずだ。
ユフ茶を淹れるのに使用したお湯を沸騰させた魔石も、メイドのお姉さんから教わったものだった。
だが、思い直すかもしれないと当たりを付けた予想は一転、裏切られることになる。
愛好を崩したアッカードさんはきっぱりと、それはきっぱりと言い切った。
「いえ、他の者ではなく、私から説明させていただきたいのです。シズクさんと話す機会が欲しかった私の我が儘ですので、気にしないで下さい」
ゲーム画面で見た以上の爽やかな笑顔で、嘘偽りなく本心で言ったような声に思考が止まる。
女誑しより遙かに質の悪い無意識に放たれた口説き文句に目眩がした。
気 に し ま す !
「これから魔石の概念も共に説明を致しますが、後でシズクさんの今日までのお話も聞かせて下さいね。シス様から聴くよりも、貴女から直接伺いたいので」
衝撃に固まる私を肯定と受け取ったのかアッカードさんは構わず話し始めた。
「ここに置いた魔石は全て魔力なしの方々でも扱える代物です。既にシズクさんは照明や呼び出す時など、手を触れるだけで扱えるものはご存じかと思いますが、これらは生活において補助的役割を持つ魔石になります。
特に貴族や王族でも稀に魔力を有せず生まれる事もありますので、その際に使用されるものです。
使い方などは後で説明しますので、少々お待ちいただけますか?」
承諾を促されて素直に頷く。
アッカードさんのヘーゼルアイが優しく細められ、形のいい唇が弧を描いた。
「それでは、些か長くなりますが概念の説明を致しますね。
魔石は大まかに二種類あります。魔獣の体内で魔力を集約し生成され、身体の一部――特に額辺りに出来るものなのですが、それが《純魔石》と呼ばれます。その魔石の状態にも依りますが永続的な物が多く高価で取引されているんですよ。嫌な想像をされたかも知れませんが、魔獣は魔石を取っても生命活動が衰えることはありませんので悪しからず。新たな魔石を生み出すまで力が弱まる程度です。
それともう一つは、《人工魔石》。こちらは魔力を持つ者なら誰でも……と言いたい所ですが、多くの人は自分で作ることは困難です。魔術師になった者ならば、魔力の質と量にも依りますが可能になるのだそうです。それでも、生涯で5つしか作れない者もいれば、何百と作れる者がいる、と聞いたことがありますよ。その効果は様々ですが、やはり本来生成した人物の力を目に見える形に顕すので持続性も偏りが有り、主に自身のために作られています。……贈り物として渡す方も一部いらっしゃるようですが。本人が亡くなっても消滅しない物は稀で、永く人の手を渡り続けることはありません。
特徴を一言で表すとすれば《純魔石》は『永続的で効力も幅広い』、《人工魔石》は『一時的で効果の幅が狭い』、とされています。
そしてその魔石は……シズクさん?」
情報量の多さに意味を飲み込み切れず放棄しかけている私に気付いたのか、アッカードさんは苦笑した。
「魔石の扱い方は実践した方が分かりやすいですよね」
「そう……ですね。では、これはどう使うんですか?」
こんがらがりかけた頭を正そうと、手前の深紅の魔石を手に取る。
すると、魔石から小さく揺れる火が現れた。
驚いてお手玉をするように飛ばしてアッカードさんの足元に落としてしまったが、手から離れると消えるのか燃え移りはしないようだ。
心理的に熱いと感じただけのようで、火傷はなかった。
「それは手元の明かりやランプに火を付ける場合などに用いられる魔石で、魔力なしでなくても一般で扱うものです」
拾ってテーブルの上に戻したアッカードさんは次々と魔石を私に持たせて、効果を見せてから説明を付けたし、理解しやすいように言葉をかみ砕いてくれる。
中々便利なものもあれば使い勝手が微妙なものもあったが、なるほど便利な道具だ、と納得せざる終えないものばかりだった。
最後の一つをアッカードさんから手渡され、上部に穴が空いた十面ダイスのような魔石を受け取る。
だが、これは触れたからといって即効果が出る訳ではないのか、周囲にも変化が何も感じられなかった。
首を傾げていると、アッカードさんは静穏な笑みを湛えて答える。
「その魔石は実践できませんが、僅かな毒性であれ浄化する作用があります。一つだけ穴が空けてありますよね? そこに紐を通して首につけるのです」
へぇ、と軽い感嘆詞を吐いた私にくすりと笑うと、アッカードさんは続きとばかりに口を開いた。
「王族に生まれた者は皆、すぐに身につけさせられる魔石で、市場に出回ることはまず有り得ません。それを生成する魔獣も稀少ですから」
分かりやすく引っ掛かりを覚えたが、手のひらにある魔石を見詰めてやり過ごす。
王族しか持たないそれを持っている理由を私は知っているが、アッカードさんにとっては隠すべき『空席の第四王子』としての証拠の一部のはずだ。
態々――私一人とクロの一匹だが、人目に晒すこともないのにと困惑する。
シスさんから『記憶喪失の魔力なし』と聞いて、見せても害はないと思われているのだろう。
それとも、試されているのだろうか。
「何か……その魔石で質問はありますか?」
首を横に振りかけて、初めて魔石のことで問いかけられ混乱したまま期待された疑問を投げてしまった。
「えっ、と、何故、王族しか持たない……持っていないはずの魔石がここにあるんでしょうか?」
笑みを深めたアッカードさんが、手を伸ばしてくる。
太股に顎をのせ私達のやり取りを観察していたクロが飛び起き、毛を逆立て威嚇した。
それに構わず伸ばされた手は、びくりと大げさに動揺して後退った私の首輪――いや、その首輪に塡められた紫紺の魔石に触れる。
「魔導師が作ったと噂の人工魔石が何故、魔力なしの貴女の首に着けられているのか話してくれるなら、その疑問にも答えるが……どうする?」
丁寧な言葉遣いを剥ぎ取って、なにも読み取れない笑みを貼り付けたアッカードさんの瞳の奥に、この時初めて狂気の片鱗を見た気がした。
他の短編(予定)も執筆していますので、出来上がり次第順次に投稿したいと思います。
宜しければそれと共に暫しお待ち下さいませ。




