ある意味フラグ。
少々いつもより長めです。
ヘイノクトさんが一瞬にして消えた後を眺めながらクロを撫でると、首の辺りに前まではなかった物が触れる。
透かさずクロが私の鼻先まで顔を寄せてきたので見えないが、感触的に革の首輪のようだ。
小さい銀で出来た留め具が指先を冷やす。
両脇に手を当てて持ち上げ、膝に下ろして赤いリボンを後ろにずらすと現れた物は、何処かで見た物と似通っていた。
「こ、この首輪どうしたの?! ハクのと一緒なんだけど!」
「ニャウ?」
それが、ハクの着けていた首輪に似ている事に驚く。
藍色の革で出来た首輪は、形や擦れた傷がそっくりだ。
鈴の部分がなくなっているけれど、その部分の革が抉れているので取れたのだと解る。
「どういう、こと?」
「ニャー」
クロを抱き上げて問いかけても鳴いて返事をするだけなので降ろし、頭を冷静にしようと――しかし、その選択も冷静ではなく――、散歩を思い付いた。
散歩程度なら、出入りの人間と間違えて貰える可能性がある。
多分。恐らく。きっと。
ソファに掛けられていた紺色のローブを首輪を隠すように羽織り、魔石に触れて早速呼び出す。
不安にドキドキと高鳴る鼓動を持て余した所で現れた、メイド服をかっちりと隙もなく着込んだ綺麗なお姉さんに単刀直入で申し訳ないが「散歩したい」と告げた。
行き成りの言葉に驚くが、持ち直して危ないと渋るお姉さんに何度も頭を下げて、一歩も引かずに外に出ようと懇願する。
「お願いします。ちょっとした息抜きなので、すぐ帰ってきますから」
「ですが、お嬢様。今護衛につけられる者が居りませんので、もう暫くお待ち下さいませ」
困惑するお姉さんをあと少しで丸め込もうとした時に、視界の端で何かが動いた。
そちらに視線を向けると、ウィルさんに劣らず長身の男性がにこやかに話し掛けてくる。
「ちょっと失礼、お嬢さん方。廊下の向こうまで声が聞こえたんだけど、どうしたの?」
今朝の少年より軽い口調で、鬱陶しそうな長い前髪を垂らした男性が私とお姉さんを交互に見た。
髪は全体的に茶髪だが、毛先は金色が抜け落ちかけたようになっている。
(この世界でも髪を染める事があるのかな?)
と、思考が逸れてしまったのが悪いのか、何時の間にか近くに来ていた男性に手を掬われ、甲に唇を緩く押し付けられた。
「珍しいね、キミ。魔力がないのに黒髪かぁ。へぇ……面白いな」
髪の事も珍しいと言われた事に動揺する。
瞳の色を変えたから、それでもう良いと思っていたが違うらしい。
そういえば、ディスさん以外で誰一人として黒い髪の人は見なかったと思い出す。
伸びてきた手が何をするのか分からず見ていると、お姉さんから鋭い制止が掛けられた。
「お止め下さい。この方は若旦那様のお客様ですので、無闇に触れる事はご遠慮願います」
お姉さんの収まらなかった怒気に当てられ私は少し飛び上がったが、男性には効いていないのか、やれやれと態とらしく肩を竦め手を離した。
「で? 護衛が居ないと外に行けないお嬢さん。キミはどうしたい?」
「え、あの?」
どうしたいか、と言われれば見て回りたいが、お姉さんのこの感じでは外出は出来ないだろう。
無理に押し通すのも申し訳なくなったので、後日にしようと思わないでもない。
それらを男性に伝えると、うんうんと頷き、最後ににやりと口角を上げた。
「そっかー。じゃあ、今から出れるなら、出たい?」
「えと、そうですね」
何か嫌な予感とお姉さんから咎める視線が刺さるが、少し迷ってから正直に答える。
「しかし、それならば若旦那様の許可を得ないといけません」
「まあまあ、オレが護衛するから。行かせてあげなよ」
即座にお姉さんから待ったがかけられるが、男性は気にした風でもなく護衛に名乗り出た。
お姉さんも意外だったのか、私と同じように呆然と男性に目を向けている。
「一応、これでも騎士だからね。護衛にはもってこいなんじゃない?」
「あの方は、宜しいのですか」
「いいのいいの。オレが居なくても何とかなるからさ」
硬い言葉で返したお姉さんを気に留めず、髪に遮られていた萌黄色の瞳が片目だけ閉じてウィンクをした。
熟れた仕草にお姉さんは眉間に皺を寄せ、暫し考え込んでから諦めたように「貴方は……」と呟いて報告と見張りを後から伴わせる事で同意した。
「オレってそんなに信用ないの? 結構お坊ちゃんには信頼されてると思ってたんだけど、残念だなぁ」
「腕前は申し分ありません。ですが、振る舞い、という点では同意しかねます」
然程残念にしてなさそうな男性を、お姉さんが嫌味を込めて冷たくあしらう。
それすらも気にしない強さに一種の憧れを抱いた。
私もこの人のようだったら、と考えて今このゲームの世界では最も脆弱で無力な魔力なしだったと思い直す。
「では、ご夕食前までにはお戻り下さいませ。……お嬢様を、宜しくお願い致します」
話は終わったとばかりにお姉さんは恭しく頭を下げてこの場から辞して行った。
お姉さんの姿が見えなくなるまで見送ってから、真正面に立った男性を見上げる。
「気安くブレンって呼んでね。で、キミは?」
「え、あ、私はシズクと言います。あの、ご迷惑を掛けてしまいますが、宜しくお願いします」
「いいよいいよ、こんな可愛い子を守れるなんて男冥利に尽きるね。シズクちゃん、よろしく」
両手を広げて近付いてきたので何だと一歩引くと、扉の隙間からクロが勢いをつけて飛び付いて来た。
落ちないように抱き留めると、ブレンさんはがっくりと肩を落として苦笑う。
「キミには、ちゃんとした護衛が居るみたいだね。色もお揃い?」
次いでクロへと伸ばされた手は、強烈な猫キックで撃退された。
引っ掻かれた手を振って降参した、とブレンさんが項垂れると、迎撃態勢ではあったが反動を受けてよろめいていた私に気付いて、クロは大人しく腕の中に収まる。
「やっぱダメか……オレ、動物には好かれないんだよなぁ」
何気なくブレンさんが零した言葉に、今更だが私の中で違和感が生まれた。
(あれ? そんな設定の攻略対象いたよね?)
髪の色合いや、飄々とした言動は本人とダブる。
だがしかし、目の前のブレンさんはその攻略対象を見分ける際の特徴がない。
前髪は金属で出来たアリスバンドで纏めている筈だし、右目元にあるだろう傷と黒子は丁度隠すように掛かっているので確かめようがないのだ。
態度の方はかなり近いと言えるが、やはり美しい女性のお姉さんに対する所作が想像と食い違う。
混乱してきたので取り敢えずその事は一旦置いておいて、ローブを目深く被り散歩という名の探索を敢行する。
ギルドと同規模だろうお店が立ち並ぶ様は圧巻で、売られている品物も種類が豊富で何れも質が良さそうだ。
商人の出で立ちの者や、雇われたのか武装して付き従っている人も居て、その行き交う人々の様子を見ながら目を輝かせてふらふらと歩き回る。
そんな私を必要最低限の接触と手馴れた動作でエスコートして、足元の段差や障害から助けてくれるブレンさんには感動した。
女性扱いはシスさんが散々してくれたのだけど、どちらかと言うと男前な同性のような錯覚を抱いてしまうので何だか新鮮だ。
それに、先程からの女性の熱い視線を物ともしないブレンさんは流石に慣れていそうだなとも見て取れた。
クロは足元に小石があれば飛ばし、振り返っては見上げてくる。
その仕草が可愛くて、刺々しい視線を忘れ自然と頬が緩んだ。
歩き回るのに疲れた、と感じた所でブレンさんは察知したのか優雅な動作で片隅にある噴水の前まで連れて来てくれた。
足が重いのでそのまま休憩する事になり、噴水の端に腰を下ろす。
何時の間に買ったのかオレンジ色の飲み物を手渡され、そういえば喉も乾いたな、と有難く頂いた。
「キミってオレ以上に放浪癖がありそうだね。しかも、危なっかしい方向に」
喉を潤した所で、面白いものを見たという視線を隠さずに、呆れを含んだ感想を述べられた。
そんな事ないと否定するのだが、逆に確信を強められたのか「無自覚か」とブレンさんは吹き出す。
「大丈夫です。生まれてから今まで何とかなってますから」
「何とかって、これからは分からないよ? キミが何に自信持ってるのか聴きたいくらいだ」
「うーん、そうなんですけど、大体は勘で動いちゃいますね。何もやらないよりは、『これをしよう!』って直感で行動して後悔したいですから」
「くっ、それはそれは、強い味方みたいだね」
「はい。たぶんですけど、暫くは運任せで大丈夫だと思います」
「へぇー、そういう前向きもあるのか。そっかそっか、頼もし……ふふ、ごめっ、あははっ」
私の発言のどれかがツボに入ったらしく、ブレンさんがお腹を抱えて笑いだした。
何故だ。笑い上戸か?
訝しんだ目を向けるが、それすらも笑いに還元されるらしい。
「シズクちゃんみたいなハッキリした無防備な子、ふっ、初めてだっ。新鮮過ぎて、っはは、お腹痛い」
ブレンさんの率直な言葉に、悪意はなさそうだが何故か傷付いた。
笑われる程無防備ではない、筈だ。
「ごめんごめん、くっ、あははっ」
落ち着き払ってエスコートしてくれていた時は私より幾ばくか上に感じたのだが、こうしてじっくり見ると二十歳くらいのようにも思えた。
肩を震わせて抑えようと試みるブレンさんを眺めながら、クロを愛でつつ思惟を整理する。
日の傾いてきた空を眺め、噴水から流れ出す冷気で涼んでいると、漸く治まったブレンさんの態度が一点を見据えた時に急に引き締まった。
「――ごめんね。ちょっと、マズイ事になったから今から部屋まで送るよ」
険しくなったブレンさんの視線の先を辿ろうとするが、遮られ促される。
そうして私とクロ、ブレンさんとの探索は終わった。
人の目から隠される様に来た道を戻り、部屋の前に着く。
「じゃあね、シズクちゃん」
「はい、ありがとうございました!」
ひらひらと手を振って帰っていった背中を余韻に浸り見詰めていると、クロが足に絡まり部屋へと導く。
一歩足を踏み入れると、人気のないはずなのに気配がした。
何故か身震いがして腕を摩りローブを脱いでソファに掛け振り向くと、入口の扉に背を預けて、腕を組んで佇む白磁の人形のように美しい人が立っている。
そう、端麗な顔を凍てつかせた、シスさんが。
「何処に行ってたのかしら? 『部屋で大人しくするように』って伝えて貰った筈なのよねぇ」
「ひゃあぁぁぁ……! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!」
「謝れば済むと思っているの? 何かあったらどうするの? シズク、言いたい事があるなら今の内よ」
「すみません。これからは部屋でじっとしてます」
「次、約束破ったら問答無用で閉じ込めるから。分かった?」
「は、い」
厳守の約束を交わし、序でに懇懇と今までのお説教を受けた。
勿論、威圧感からの正座です。
「私がここにシズクを匿って貰っている意味は分かっていた筈よね? それでも抜け出そうとするなんて、痛い思いをしたいのかしら?」
「あ、あの! 現在進行形で、その、シスさん、これ以上は……ひょわっ!」
「あら、足がどうかしたの? まだ言い足りないのだけど、もう限界?」
痺れ切った足を弄んだシスさんの気が済んだ所で、私にとって苦痛の反省会はお開きになった。
お姉さんが夕御飯を持って現れるまで、私はシスさんの膝の上で唸り痺れを堪える事になる。
しかし、それを知っているのは常なら纏わり付いて離れない、現在はソファで狸寝入りをして謗らぬふりをするクロだけだった。
* * *
「レイボルト、何処に行っていたのだ」
「あー、少し、野暮用で?」
「何故疑問形なんだ。全く、女と見れば姿を消して職務を放棄するなど……お前だけだぞ」
それを貴方が言うのか、と思うが言葉を飲み込む。
続いた追求を逃れ常と変わらず掴みようのない返事を返していると、傍に控えていた部下が外の見張りに戻ると頭を下げたので頷いて了承する。
また話を聞いていなかった事に視線が突き刺さるが、頃合だと話題を変える為に話の腰を折った。
「で、目当ての物は見つかったんですか?」
「いや、思っていた者は居なかった」
入って来てからの態度で判っては居たが、目的の品は売られていなかったようだ。
正直、物でも者でも良いから適当な折り合いを付けて、本来在るべき場所に戻って欲しい。
今回の場合、それも警護対象に入る此方としては、無くて良かったと思うべきか。
不機嫌な主を見遣って、こっそりと溜息を吐いた。




