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ミスリードの切っ掛けは?

 

 自己紹介を終えた後案内された先の部屋は、内々で訳ありの知人を泊める為の客室らしい。

 転移してきた応接間からは階段を上った先の更に奥の場所にあり、アッカードさんの私室兼執務室の角向かいの位置にあるようだ。

 私の危惧した『メイン攻略対象全員と(恐怖で)ドキドキッ☆初対面!?』なるものは回避されたので良しとしよう。

 他の攻略対象が訪れない事を祈るばかりです。

 

 アッカードさんは仕事向けの顔で穏やかに、かつ丁寧にドロア商会の事を説明してくれた。

 現商会長――アッカードさんの養父であるミッド・ドロア氏は二代目にして、一商団を国に認めさせ更に国外へと知らしめた豪商である事。

 そして、ドロア商会が扱う物の多くが、その商会長自ら仕入れた目利きの品であるなど、事細やかに。

 とても魅力的で、関わる人達にとってはやり甲斐のある職場だと分かる。

 

 ――裏の仕事を除けば、だが。

 アッカードさんは一切口にしなかったが、奴隷――中には魔族や魔獣も含まれる――をドロア商会は売買している。

 このリシュバン王国では、表向きには奨励されては居ないが黙秘されているそうだ。

 つまりは、奴隷を少なからず認めている、と言う訳です。

 ディスさんが本気で売る気だったのかは定かではないが、私がこの様に首輪を嵌めていてもその点は何ら奇異な目で見られる事はなく、咎めが無いばかりかこの世界では珍しい容姿なので当たり前に商品として取引が成立してしまうらしい。

 確か、魔族を奴隷にする為に『魔族狩り』をギルドに依頼しているのもドロア商会だった筈だ。

 

 私が途中から自分の思考に浸り、設定資料集より膨大な過去にまで遡る内容の半分は頭に入らず、結局認識していた程度の情報しか分からなかった。

 途中から私の質問の所為で話が逸れ、素なのか楽しそうに話す表情が緩んでいる事に「ん?」と疑問を感じたが流しておく。

 父方の伯父さんは子供が大好きで、従姉妹と私達兄妹を見守っていた時の表情に似ている……気もする。

 大半が右から左に話が通り過ぎていったが、嫌な顔一つせず受け答えしてくれたアッカードさんに保護者属性が垣間見えた。

 過保護なシスさんを筆頭に、ギルドの皆さんといい私の周りは意外に保護者気質多いですね。

 

「――では、何かありましたらこちらの魔石に手を翳して下さい。信頼出来る者を寄越しますので、その者にご用があれば仰ってください」

 

 上の空だった間に説明が終わり、お礼を言う暇もなくアッカードさんは部屋を出て行った。

 置いていった魔石を凝視する。

 "魔力なし(イレイブ)"は基本、魔力がないので魔石を使う事は出来ないと聞いたが、これは大丈夫なんだろうか?

 

 今の所その魔石に用はなかったので少しの間ふかふかなソファに沈んでいると、お腹にGが掛かった。

 巨大なゴキ……ゲフンゲフンッ、などではない、アイスブルーの瞳を持った真っ黒な猫――クロだ。

 

「え、クロ!? 転、移? って、猫も魔術使えるの?!」

 

 (ささ)やかな胸を重点的にスリスリする猫をそのままに困惑していると、クロの首根っこを掴んで私を見下ろす赤と目が合った。

 

「今までに動物が魔術を行使した事例は皆無のようだ」

 

 やけに疲労した声で告げられ飛び起きる。

 いつの間にやら手から逃れたクロが目にも止まらぬ速さで突進してきたが、どうにか受け止め向き直った。

 

「ヘイノクトさん、無事だったんですね!」

「……ああ、何とかな」

「ずっと心配だったんです。怪我はしてませんか?」

「掠り傷一つ無い。今後も心配は無用だ」

「え、そうなんですか? でも、それなら良かったです!」

「そんなに喜ぶ事か?」

「はい! 私は嬉しいです!」

 

 心残りだったヘイノクトさんが怪我一つ負ってない事に驚きつつも、無事だった喜びで右手を前で強く握り返事をする。

 ヘイノクトさんは苦笑していたが、私の膝に落ち着いたクロはゴロゴロと喉を鳴らした。

 対面のソファに姿勢正しく座ったヘイノクトさんは、クロークを避け左の内ポケットからゴソゴソとお菓子を取り出す。

 毎回、会う度に渡されるそれが──子供扱いなのか知らないが──密かな楽しみになっていたので、機嫌良く受け取った。

 

「いつもありがとうございます」

「いや、礼は良い。私が好きでしている事だ」

 

 一見突き放すような口調だが、顔を伺えば幾らか血色が良くなった面差しで穏やかに微笑んでいる。

 これなら今朝の事が聞けるかも、とヘイノクトさんを伺う。

 

「あの、聞いても良いですか?」

「……内容に依っては答えられないが、それでも良いのなら」

 

 深く目を瞑ったので拒否されるかと思ったが、了承を貰い疑問に思っていた事を聞く。

 少年の部下達が何故か居なかったのか、その理由と、私が逃げた後の話だ。

 私を捕まえようとした人は、多分ヘイノクトさんでも教えてくれそうになかったので、そこだけは口を噤む。

 予想通り「相手は言えないが」と前置きされ、ヘイノクトさんは淡々と答えをくれた。

 曰く、少年の言っていた部下達数名は、ヘイノクトさんが仲間に転移して貰い牢──魔力を遮断する、魔術師でさえも出られない所──に閉じ込めていたので全員あの場に居なかったそうだ。

 だから何度も伝えてくれていたのかと納得する。

 そして、私が窓から逃げた後の話を聞くと、ヘイノクトさんが少年を足止めしていた所で師匠と呼ばれる人が現れ、失敗を悟り連れて帰って行ったらしい。

 足止めの内容も聞きたかったが、押し黙ったヘイノクトさんにつられて続きを待った。

 

「貴女は狙われている」

 

 不意に語気が強められて背筋を伸ばす。

 さっきまでの柔らかい雰囲気が消え、真剣な顔をして私を見るヘイノクトさんを見返した。

 

「今は滞在していないので安全だが、相手側がここに来る可能性があるので警戒してくれ」

 

 忠告だろう言葉に神妙に頷く。

 ドロア商会は他国とも貿易を行っているので顔が広く、そして何らかの情報を持った人が集まり易い。

 そして、情報の要点である所の商会は、自国や他国の人間が人を紛れ込ませる事も少なくないようだ。

 私を狙う人からすれば一番に利用する場になると考えられる。

 だが、それだからこそシスさんはここに私を紛れ込ませたのかと理解した。

 奴隷を扱うドロア商会なら、"魔力なし(イレイブ)"は私一人だけではない。

 要約すると、人を隠すなら人の中、って事か。

 

「当分、部屋で大人しくしていて貰えれば助かる」

 

 予想していた通りの釘を刺された。

 下手に動いて目撃情報が出れば、幾らアッカードさんでも私を隠し通すのは難しいだろう。

 分かってる。分かっているのだけど……。

 

「良いな?」

 

 でも、私は聞きたくない。

 聞きたくないというか、聞いたら余計に強く思ってしまう。

 仕方ないのです。好奇心には勝てません!

 

「返事がないのは態とだな? 正直に白状すれば、咎めはしないが」

 

 私の気持ちを察知したのか、ヘイノクトさんが珍しくジト目だ。

 整った顔の人が睨むと、どうしてこんなに迫力があるのか。


『ごめんなさい。ゲームでも見れないドロア商会(とその周辺)を見て回りたいんです……!』

 

 なんて真っ向から言える訳もなく、目を逸らした。

 

「貴女は何を考えているのか読めなくて困る……これも、あの方の仕業なんだろうがな」

 

 最後の言葉は溜息と一緒に出たからか分からなかった。

 聞き返して首を傾げると、何度目かの苦笑いをしたヘイノクトさんがもう一度大きな溜息を吐く。

 

「まあ、良い。だが、ダリア様は貴女の様子を見る為に頻繁に抜け出すと言っていた。私もウィルもそのつもりだ。誰も居ない間は常に行動に気を付けてくれ。分かったな?」

 

 一瞬『ダリア様』が誰だか分からなかったが、シスさんの事だと思い出して頷いた。

 そして、ヘイノクトさんが再三言葉にする「部屋で大人しくしていてくれ」と言う意図を汲み取り項垂れる。

 何を思ったか、不審な動作をしていたであろう私の頭を、ヘイノクトさんは優しく数度撫でた。

 

「え?」

 

 驚いてバッと顔を上げれば、ヘイノクトさんは跡形もなく消えていて、金糸で模様を描いた豪華なソファだけが目の前で静かに存在を主張している。

 先程の行動を理解しかね、一つ思い付いた。

 

「でも、『シスさん達が来る前なら良い』って言う風にも受け取れる、よね?」

 

 何時そうするかは保留して、心を落ち着かす為にクロへと手を伸ばした。

 

保護者、と言うより『保護者にならざる負えなかった』が正解だったりします。

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