所謂フラグというヤツですか。
お久しぶりです。ストーリー上で空白の四日間が発生しました。
(05/27,脱字の修正。そのままだと架空のゲームが18歳未満厳禁のグロゲームと化してしまうので、一部の表現を変更しました。)
窓を隔てて小鳥の鳴き声が朝を告げる。
暖かい塊を抱き寄せると、ゴロゴロと振動が肌に伝わった。
撫でるように手を動かすと、クロがするりと腕の中から抜け出したので、それを追うように伸びをして身を起こす。
今日でギルドに厄介になって五日目の朝だ。
のろのろと、用意されていた薄桃色のワンピースに袖を通して洗面所に向かう。
あのゲーム内のギルド運営に携わっていると考えると楽しいが、残念ながら少しも実感が湧かない。
山のように積まれた書類の分類と、シスさんの暇した時の話し相手でしかないから当たり前だ。
ただ、ギルドの人達を観察するのは面白くて、隠れてこそこそと受付所に足を運んだりしていた。
後でシスさんに叱責を食らうのが慣例と化している所は、何とか回避したい今日この頃です。
魂抜け掛けた手前でギノスさんが執り成してくれるので、幾らか癒しになってはいるのですが。
毎朝のようにシスさんが居座っている訳ではないので、テーブルの上に設置された呼び鈴を鳴らす。
すると、音とタイミングを合わせたかの様に食事が出現した。
読めない文字で書かれたメモが一枚、その他はサンドイッチもどきに付け合せのサラダとスープが置いてある。
メモはまた後で誰かに聞くとして、クロ用の食べ物を床に下ろし口を付けたのを見届けてから私も食べ始めた。
見た目に似合わず美味しい一つ一つを堪能していると、廊下の方が騒がしくなり始める。
クロの毛が逆立ち警戒態勢に入り、そう遠くはない所から金属の鈍い音が数度響いた。
(どうかこの部屋が目的じゃありませんように!)
でも、大抵思った事が起こるよね。
なんて心の底で思ってしまったのが悪いのか――轟音と共に扉が弾き飛ばされた。
凄まじい衝撃で舞い上がった土埃が、静かな朝食を遮った闖入者を覆い隠す。
収まるのを待つ前に、扉の前に立っている人物が焦りながら口を開いた。
「すまない。今すぐについて来ては貰えないだろうか?」
僅かに認識できる程度に顔半分が現れ、誰なのかを理解する。
血の通っていなさそうな顔色をした、毎日お菓子をくれるヘイノクトさんだ。
異様に瞳の赤色が増している気がするが、今はそれどころではない。
「何かあったんですか?!」
目立った怪我はないが、誰かと一戦でもしたのか衣服の端が刃物で切られたようにボロボロだ。
通常の冷静さを欠いた様子は昨日までの彼とは余りにも違い、それほど緊急事態なのかとクロと目を合わせてから向き直った。
「説明は後でさせてくれ。ここに居ては――」
「大丈夫だよ。師の命令がない限り勝手に殺しはしないからね」
軽薄そうな口振りでクナイに似た暗器を手にした少年が、ヘイノクトさんの喉元にそれを添えた。
少年が挑発的な目をこちらに向けているが、如何せん何をどうすれば良いのか状況が読み取れない。
ヘイノクトさんは動けないながらも、目線だけで窓から逃げろと訴えてくる。
私はこの部屋に留まり続ければ良いのか、それとも逃げ出せば良いのか。
幸い窓からは出ても一階なので骨折とかはないだろうけど、入口に陣取っている少年が阻止してくる可能性の方が高い。
「あ、逃げても無駄だから。ボクの部下が外で待ち構えてるんだけど……ああ、魔力なしだから気付く訳ないか」
鼻で嘲笑われた事にカチンときたが、ヘイノクトさんはそれでも窓を示している。
外に人が居るならそんな事しないだろうから、もしかすると他に誰か居るのかも知れない。
下手に刺激をしないように話をして隙を伺うことにした。
「私を、どうする気?」
「『連れて来い。』ってだけ言われてるんだよね。どうするかは知らないし、それが誰とは言わないけど」
「どこに行くの?」
「ねぇ、ボク悠長に話してる程暇してないんだけど。なに? 時間稼ぎでもしてる訳? 馬鹿は馬鹿なりに考えてないで早くこっち来なよ」
想像以上に短気な少年は、話を切り上げて今にも私を連れて出たそうだ。
言う通りに一歩前に出る。
と、見せかけて窓を勢いよく開けて身体を滑らせ飛び出した。
後ろから罵声が飛ぶが聞こえないフリで生垣に一時身を隠す。
だが、少年が言っていた部下なんて一人も居らず、遅れて出てきたクロが『こっちだ。』とでも言うように私を一瞥したので、駆け出した後を追って走った。
追い掛けたその先には、外に建っている宿舎が遠くに見える反対側の一角、ギルドの人達が行き交い活気のある売店が並んだ通りがあり、中心から右側には紛れ込めそうな建物がある。
クロはそこを目指しているようだった。
人の波に押し流されないようにクロの後ろをぴったりと付いて歩き、目的の建物に着くと、ギルドの正装をかっちりと着込んだ前の人に続いて扉をくぐり抜け真っ直ぐに進んだ。
隠れられるかも、と突き当たりの扉を覗き込むと、難しい顔をしたシスさんがウィルさんと話し合っている所だった。
「――そう。思ったより耳に入るのが早いようね」
「はい。このまま彼女を隠し通すのは厳しい状況です」
除き見してしまった手前入って行き辛いが、クロがひと鳴きしたお陰か二人がこちらの存在に気付いてくれた。
どちらも驚いているだけで、嫌そうにしている感じではない事に安心する。
「シズク? 何故ここに居るの。まだ朝食を食べている時間でしょう?」
「シズク、薄着で彷徨くのは感心しないな。上に何か羽織ったらどうだ」
私の一日のスケジュールと行動範囲を把握済みのシスさんには、ここに居る事が驚きなようだ。
ウィルさんに限ってはワンピースのみの服装に眉を顰めている。
それぞれの反応に色々と返したい気もするが、ここに来た理由を詳細に伝えた所、あの少年が誰の差金かをシスさん達は見当が付いているみたいで、安全のため私が借りる部屋をどこか別の場所に移す事で話が纏まったようだ。
正直に言うと、ヘイノクトさんの事が心配で半分以上は聞いていなかったからか、その別の場所を知らずに急遽転移させられたのだった。
* * *
心の準備もなしにシスさんが私を抱え上げて転移した先は、高価そうな調度品で囲まれた奇麗な応接間。
椅子に座ったシスさんに放される訳もなく、転移の衝撃もあり気分が悪かったので、もう慣れてしまった膝の上に大人しく収まる。
シスさんが私の髪で遊び始めてから少しして、装飾の繊細な扉が開いて男性が入ってきた。
「遅れてしまってすみませ――……俺はもっと遅れた方が良かったのか?」
何を勘違いしたのか自問自答している男性の誤解を解きたかったが、その前に私は声を発する事を忘れてしまった。
短めのアッシュブロンドに、ヘーゼルアイの瞳を持つこの整った容姿の人を、私は知っている。
ドロア商会の次期商会長で、メイン攻略対象の全員と面識があり様々な横の繋がりも持つ、最も私が会いたくなかった攻略対象No.1の『アッカード・ドロア』その人だ。
裏設定ではこの国の元王子で、幼い頃に母親や兄が暗殺された後行方不明となった事から『空席の第四王子』とも呼ばれているそうな。
メイン攻略対象の唯一の良心と呼ばれている彼は、まさに混沌なメンツの中で二番目に人気なキャラだ。
親友が一番熱を上げていた相手なだけに、公式設定資料集(p.45~50)に記載された彼の背景まで頭にインプットされてしまっている。
確か、依頼を受けたシスさんが商会長と取引をして養子になった経緯があった筈だ。
それからはシスさんの無茶な要求でも何でも協力して来たらしい。
誠実な所が好ましいとファンから言われますが、ヤンデレBadENDの終わり方が何となく私には受け付けませんでした。
いえ、良いんですよ。私もヤンデレは好きです。
ですが、全体的に血糊塗れで太ももから先が包帯に巻かれてなくなっているスチルはさすがに主人公が痛そうでした。
それを見て以来、このゲームの攻略対象は軒並みまともな神経をしているのが居ないのかと恐ろしかったデス。
「――アッカード、何も聞かずにこの子を数日間匿って欲しいの。お願いね」
アッカードさんが落ち着いた所でシスさんから話された内容に、私の方が困惑する。
即座に「分かりました。」と返事を返したアッカードさんの前に私を立たせると、頭を数回撫でてからシスさんは颯爽と転移して帰っていった。
「私はアッカード・ドロアと申します。では、これから宜しくお願い到します」
「は、はいっ! シズク・フルカワです。えと、お世話になります?」
気不味い沈黙を打ち破るように自己紹介を終えたあと、部屋に案内されてからやっと気付いた。
(ああ……これは、フラグなのでしょうか?)




