理想の偉丈夫
晩御飯も食べ終わり、擦り寄ってきたクロを膝の上に乗せてシスさんからギルド関連の話を聴いていると、扉を遠慮なくノックする音が聞こえた。
この部屋はかなり奥に位置している上に、私に訪問する人物は思い当たらない。
不思議に思い、訪れた人の目的だろうシスさんに目配せすると、無視する気なのか目を逸らして話を続けだした。
「──それで、ドロア商会は魔力が込められた武器も扱っているの。魔石を埋め込んで強化したりもするわ。そうそう、シズクが着けてるその首輪の魔石みたいに永続的に『治癒』の効力を持つ物も、一回で終わってしまうけど盾になってくれる魔石も売っているのよ」
「え、これそんな効果のある魔石だったんですか?」
へー、と首輪に付いた紫紺の石に指を這わせる。
てっきり、ちびドラゴン――幼竜でも攻撃に特化した濃紺のドラゴン――を拘束する為に『抑止』か『制約』、或いは両方が付加されているのだと思っていた。
(ちびドラゴンの動きを鈍らせていたのは鎖の方だったのか。)
私が思案して黙ると、強いノックの音がもう一度部屋に響く。
が、シスさんは意図的に耳に入れていないのか柔らかい表情で私を見ていた。
「気になるなら、ドロア商会に一緒に行く?」
「有難い申し出ですが行きません」
嬉しくない提案に即座に首を横に振り断る。
態々メイン攻略対象に接触する機会に飛び付く程、私は人との出会いに飢えていない。
クロを預かるだけでもう精一杯なのに、それ以上に主人公のように恋愛にうつつを抜かして落魄れる気はないのだ。
「そうねぇ……明後日にしましょうか!」
「人の話は聞いて下さいシスさんっ」
ノックの音をかき消すかのように、元気に人の意向をスルーしようとしたシスさんに突っ込んで、いい加減苛立っているだろう来訪者を出迎える為席を立った。
シスさんは心底どうでも良さそうに座り、降ろしたクロは私の後を追って付いて来ている。
扉を開けたすぐそこには――
「お。シスが拾ったってのは、嬢ちゃんか?」
腰までくる重低音に、ガッシリとした体躯――正に理想の男性(筋肉)がそこに立っていた。
「は、はいっ! シズクです! よろしくお願いします筋に……おじさん!」
配色から見てギルドの上位ランクの正装だが、クロークを肩掛けした上半身は臙脂の上着の前が開いていて、黒シャツが覗き胸板の厚みが良く分かる。
そして、片手で掻き上げただけのような無造作に散らばった、癖のある白に近い輝く髪が小さく揺れ、炎のように紅い瞳が細められた。
ゲームでもお目に掛かれなかった偉丈夫に見惚れる。
「よろしくって……ぶっ、あははははっ」
豪快に笑う姿も様になっていて、無精髭と合わさってワイルドな印象が強い。
笑われた訳が分からず首を傾げていると、大きな手が力強く頭をガシガシと撫でる。
「初めて合う素性の知れない相手に向かって『よろしく』とか、薬餌でも食わされたのか?」
それとも、と続けようとしたおじさんの手が、音もなく近付いたシスさんに払われ、私は背に隠された。
何が起こったのか分からず静観していると、おじさんから非難の声が上がったが、呆れたように肩を竦めた事で修まる。
「ギノス、大袈裟よ。薬餌だなんて、人聞きが悪いわ」
淡々としたシスさんの声に、ギノスと呼ばれたおじさんは気にした風でもなく口角を上げていた。
おろおろと成り行きを見守っていると、クロがひと鳴きして視線が集まる。
「へぇ、黒い毛並みの珍客が居るなんてな。シズク、だったか? お前面白い奴だな」
何も説明しなくても、クロを私が連れ込んだと分かったらしい。
カラカラと笑ったギノスさんは、私とクロを交互に眺めて満足げに何度か頷く。
それをシスさんが鋭い視線で一瞥してから、振り返って私だけを部屋の中へと促した。
「何か用なの? 早々に根を上げるような量じゃなかったと思うのだけど?」
責める口調を強めた高圧的な態度のシスさんを気にせず横切り、ギノスさんは部屋に入って椅子へとクロークを放り投げ、その上に深く腰掛ける。
「いや? 大した用じゃねぇんだけどよ、お前が気に入った人間に興味があってな──」
言い終えた丁度に、シスさんが何処から出したのか見えなかったが、小型ナイフがギノスさんの髪を掠めて背後の壁に突き刺さった。
幸い間一髪で頬には当たらなかったようで、切れた髪がはらはらと落ちていくだけだが、私としては心臓に悪い。
「おーおー、リオが言ってた通りだな! 人嫌いの癖に変に過保護になりやがって。お前の代わりを務めてやってんだから、そうケチケチすんなよ」
「過保護ではないわ。脆い魔力なしなら当然の扱いよ」
「魔力なしでも此処まで囲う、ってのはお貴族様くらいだろ? 特に珍しい特徴も見られねぇようだし……何か隠してんのか?」
傍から見てもシスさんの纏う空気は氷点下だが、肝心のギノスさんには効いていないようだ。
凶器を投げられた割に、何の動揺も見て取れないギノスさんの平常心に感心する。
しかし、そんな剣呑な雰囲気に構わず、何故か私はギノスさんの先に話した内容の方が気に掛かった。
(シスさんが、人嫌い?)
確かに、今のギノスさんへの言動のようにギルドの人達には辛辣な言葉を投げ掛けていたけれど、全く嫌がってなかった筈だ。
私に対する態度は、何方かと言うと親子のようなフランクさがあるので想像が付かない。
勿論、シスさんは母親です。
「シズク、今変な事考えなかった? 釈然としないような……」
「や、やだなぁ、気の所為ですよー!」
ギノスさんを威圧していた矛先が此方に向いて、びくりと身を震わせる。
直感で察知したのか訝しむシスさんに苦笑いで誤魔化すが、それも分かっているのか気が知れない。
「……私は貴女を保護している身よね?」
「は、はい! 大変助かっています!! 寛大なシスさんのお蔭で、記憶喪失な厄介者の私でも衣食住用意して頂けて、感謝は尽きませんとも!!!」
「あら、予想以上に慕ってくれていたのね。心からの言葉だったら、なお嬉しいわ。だから……気の所為よね? ──ねぇ、シズク?」
「……は、はは。本心に決まってるじゃないですかー」
目指せ、怪しまれない程度のイエスマン! 私の今後が変わってきます。切実に。
感謝の気持ちは勿論有るし、嘘ではないのだけれどシスさんには響かなかったようだ。
疑って掛かるシスさんから、何度も言葉で追い詰められてはボロを出しそうになり、焦って返せばまた追求される事を繰り返していた。
途中言葉に詰まった時は、日本人式の愛想笑いで流そうとしても、それを見透かしたように艶然と微笑まれ、ちょっぴり女として敗北を味う事になる。
「で? 本当は、何を考えていたの?」
「……ナンデモナイデス」
私が根負けしそうになった所で、端から見ていたギノスさんは笑いを噛み殺しながら成り行きを見守っていたらしく、どれかがツボに嵌ったようでテーブルをバンバンと壊れそうな程叩き出した。
「ぶはっ、お前ら大衆食堂のミシェル親子の喧嘩かよ! 下っらねぇー!!」
暫く笑い続けるギノスさんに冷静さを引き戻され、『何だこの空間は。』と、二人共我に返り元に戻るまで時間は掛からずに終わる。
クロが盛大に甘えて来た所でギノスさんはシスさんに追い出され、置いたままだった食器を転移した後、シスさんも「おやすみ。」とだけ告げて部屋にさっと戻って行った。
ぽつんと残された私とクロは、お風呂に一緒に入ってから今日一日の疲れを癒してベッドで向かい合って横になる。
クロのもふもふで温かい体温が眠気を誘い、抗う気もなくもっと近くに抱き寄せて目を閉じた。
明日、もう一度ドロア商会の話が出たら全力で拒否しよう、と心に誓いを立てる。
そうして、私は夢の世界に落ちていった。
* * *
薄闇の中気怠い身体を起こし、寝室から出て直ぐに設置してある机の上に目を走らせる。
真新しい報告書が中心に数枚置かれてあり、その中から深夜を回ってから届いたらしい架空の神を模った封蝋印が押されてある手紙を一つ取り、さっと封を開けた。
簡潔に一行だけ綴られた内容に安堵の溜息を吐いて、夜着のまま思い付いた事から返事を認める。
未だ醒めない頭を動かしながら、苦笑しか浮かばない「数日中に赴く。」とだけ読み取れる手紙を何度も読み返した。
『近々魔石を新調する。』
昔馴染みの素っ気ない態度を思い返しながら、気も漫ろな文字が躍る紙の上を見詰める。
「……大抵の魔石なんて、自分で生成出来るでしょうに」
相手は比較的に忙しい身だと理解していたのだが、このような瑣末な用事で顔を見せに来るなんて通常なら有り得ない事だった。
可及の用でさえ手紙を出さずに自ら赴く人物なので、余りにも不可解な行動だと推察する。
まさか、力が衰えて魔石が入用になったのかと思いはした。
が、しかし、想像すればする程それに合わない筈だと推測に撤回が入る。
(それとも……何か紹介したい者でも出来たのだろうか?)
とまで連想して、それこそ「まさか。」と否定して無駄な思案を絶つ。
書き終えた手紙を仕舞い封をして、恩人の意図が何であれ迎える為の準備に取り掛かった。
長々とお待たせ致しました。
またも申し訳ありませんが、諸般の事情の為これからも不定期更新になりますのでご了承下さい。
《濃紺のドラゴン》
全属性の力を扱える攻撃特化型。エルフと同様、神力を操る。
ドラゴンの中でも特に稀少種の濃紺のドラゴンは、竜人でも通常のドラゴンと変わらず、強力な力で一族の長となる事が定められている。
《白銀のドラゴン》
全属性の力を扱える防御特化型。濃紺のドラゴンと同じく、神力を操る。
白銀で生まれたドラゴンは、稀少種ではあるが濃紺のドラゴンよりは生まれる確率が高いので、濃紺のドラゴンが生まれるまでの代理の長を務める事が義務付けられている。
太古にぶつかった白銀と濃紺の二頭のドラゴンがいたが、周りが焦土になっただけで決着は着かなかったとされている。




