ギルドの変わった上層部
ギルドの上位ランクは、シスを筆頭に性格・人格的に問題有り。
私が案内されたのは、机の上に書類が山積みになっている――戦場だった。
シスさんに目の色を変えて貰った後渡された着替えは、新しい、これまた私に誂えたような長袖の黒の生地に白い糸で刺繍が施された膝上のワンピースと、短めの赤いフード付きポンチョに膝丈のダークネイビーのブーツ。
上位ランクの正装にも似た色合いの衣服に心ときめかなかった訳ではないが、「赤ずきんか。」と内心突っ込んでしまった私をどうか許して欲しい。
いや、あっちは白い服だった気がするけれど。
部屋の外で待ってくれていたシスさんに謝り、改めて案内をお願いして歩き出した。
私の歩幅に合わせて先導してくれたシスさんは、際どい質問は怪しまれる為まだ言っていないが、ギルドの色々な質問に答えてくれる。
その中のふとした疑問で、昨日の服と言い何処から調達したのか尋ねると「ドロア商会から買ったわ。懇意にさせて貰っているの。」と、神々しい笑顔で告げられた。
ドロア商会はメイン攻略対象の一人が関わっているので、横の繋がりが出来ない事を祈るしかない。
人物的にはメインの中で穏やかな方なんだけれど、メインの全員と知り合いなので全力で避けたい人だ。
あの部屋は総合ギルドに併設された宿舎の奥だったのか、長い廊下を抜け出口を通れば人が行き交う広場が目の前に広がっていた。
受付所の辺りには色んな人が集まり、クエストを真剣に選んでから受注している者、報酬を受け取ってパーティメンバーに配当している者、と実に様々だ。
其処を通り抜け奥まった『関係者以外立ち入り禁止』とでも表現出来る、重厚な扉を押し開いたシスさんに続いて入り、私は心の中で歓声を上げた。
外観とギルド受付所の風景はゲームで何度も見た事があるから想像は出来るんだけれど、その奥の内部までは省かれていたのであちこちに目移りしてしまう。
ギルドの建物の内部は複雑に入り組んでいて、まるで迷路のようだ。
シスさんによると、実際ギルドの裏方に関った初日で迷子になる人が最低二名は出るのだと言っていた。
それを聞いて喜び打ち震えた私を見て不安がっていると勘違いしたのか、シスさんが「これだと、シズクが迷子になる事はないわ。」と手を繋いで引いてくれたので無事到着した次第、という訳だ。
廊下を擦れ違った人達が揃って引き攣った顔をしていたが、結局意味は分からないまま通り過ぎた。
そして、私は目的地に辿り着いたのだが……この一部汚部屋はなんだろう。
重厚な扉を開いたシスさんに続いて中に一歩進むと、思いもよらない光景が広がった。
忙しなく走り回っている一人を除いて、廊下側の右端の机に突っ伏しているのが二名と、左奥には位置は疎らだが黙々と作業している背中が五つ。
その間に三台の山が築かれ埋れている机と、二台だけ綺麗に整理整頓された机が設置されていた。
窓際の端の方に設置された簡易机では、二人の男性が向かい合って優雅にティーカップを持ち談笑し、空いた片手で分厚い紙の束にペンを走らせている。
顔色も余り良くなさそうなのに休憩時間にも仕事とか、何処のブラック企業だ。
異世界か。異世界にもあるのか。
シスさんはギルドマスターとして執務室が別にあると言っていたから、これで全てなんだろう。
これで、と表するのは失礼だけれども。
ゲームのギルドもこんな感じで運営されているのだと思うと、受付で文句垂れていた最下位ランクの呑兵衛に一言申したくなった。
「ここで、合っているんです……よね?」
怖々と訪ねてしまうのは、足を踏み入れた瞬間に一斉に此方を向かれたからだ。
その中にウィルさんは居なかった。
「そうよ。――皆、紹介するわ。今日から手伝ってくれるシズクよ」
「あのっ、シズク・フルカワです! よ、よろしくお願いしますっ!」
ちょっと上擦ってしまったけれど、気にしないのか暖かい返事が返ってくる。
誰かが動いた衝撃か、書類が山を築いていた真ん中の机の一角が崩れた。
隣に立ったシスさんの眉間がピクリと動いた気がするが、もう揃っていたのか思い思いの距離で自己紹介をしてくれる。
「よろしくー! おれはリオルト・ジェキラ。リオって呼んでね!」
一番近くで興味津々といったリオさんは、栗色でふわふわの短い髪を揺らして手を差し出してきた。
一人だけ大型魔獣討伐に走り出せそうな装備で、机に突っ伏していた人だと理解する。
握手か、と気付いて返そうとすると、シスさんがリオさんの手を叩いて払い落とした。
「触るのは駄目よ? 一度でも傷付けようとしたら、あんたの首圧し折るわ。後、無駄に仕事増やさないの」
「ちぇー、シスさん過っ保護ー! 珍しく、その娘は綺麗な色してそうなのに……。仕事はこれ以上増える事ないよ。シズクが手伝ってくれるんでしょ?」
静かなる不穏な遣り取りを無視して、綺麗な金髪碧眼美女が無表情に前へ出て来た事に、何を言われるのかと身構えたが瞬時に愛好を崩して抱き着いてくる。
「っ?!」
「な、何なんだっ、この! 可愛い生き物はっ!! 私はシアラ・キルネットだ。よろしくなシズク!!!」
女性は良いのか、何時の間にか冷戦を終えたシスさんはこの状態を止めずに見守っていた。
余りの無表情とのギャップに返事できない私を、それでもシアラさんはぎゅうぎゅと抱き締めてくる。
圧死しそうなその胸の柔らかさと大きさによる弾力に、私は少々ズレているだろうが認識を改めていた。
(シスさんとは全然違う感触……! あの人、歴とした男の人だ!!)
シアラさんの肩越しに見えた鋭い視線に気付いて怖気付くが、何分非力な者で抵抗すら出来ず動けない。
すると、私を睨んでいた煉瓦色の髪をした男性がシアラさんを引き剥がして簡素で敵意剥き出しな挨拶をする。
「僕はレジヘック・クロワ。宜しくしないけど、邪魔にはならないようにお願いします」
「は、はい。分かり、ました」
「ヘック! 何だその態度は、この可愛い生き物は私が飼うのだから優しくしろ!!」
「シアラ、落ち着きなさい。支離滅裂で意味が分からないわ。それに、シズクは小動物じゃないのよ」
暴走しているシアラさんはシスさんに宥められているので一旦置いておくとして、レジヘックさんが何故此処まで初対面の人間に敵意を向けるのか疑問が湧いた。
が、暴れるシアラさんを押え付けるレジヘックさんを皆が生暖かい目で見ていたので『この人は元からこんな人なのか。』と無理矢理納得する。
私はゲームの世界だと知っているからこそ、こんなに甘えた思考なのは理解しているが、今のはちょっと精神的にキツかったので助かった。
今まで、と言っても一日という最も短い時間だけど、何があるか予想が付かないので初めての人とは出来るだけ仲良くしたいし、第一印象最悪は避けたい。保身の為に。
「こらヘック、女の子に失礼だろう。ごめんね、シズク。俺はジオ・ヘイルーシア。ヘックは君みたいな女の子にはこんなんだけど、悪い奴じゃないから仲良くしてやって」
「……はい。ジオさん、よろしくお願いします」
「え? あ、うん。俺もよろしく……あー、えっと、今言ったのは俺じゃなくてこいつね」
フォローを入れたジオさんはこの中で身体が誰よりも大きく、ウィルさんよりも私の理想の筋肉に近い。
ちょっと困って眉を下げた姿はクマっぽくて可愛らしい。
見蕩れた私に、シスさんが小さく舌打ちした気がするけれど、空耳だろう。
「ジオさん、僕は仲良くする気はありません。そいつは女の子じゃない」
「放せヘック! 私はシズクと戯れるんだ!! くっ、拘束するとは卑怯だぞっ」
謎の発言を残して、シアラさんを魔法でも使ったのか拘束し引き摺って行ったレジヘックさんの背中を見送り、私は女に見えてないのかと焦り出した所でシスさんに慰めるように頭を撫でられた。
(余計、傷付いたのですが……。)
一息吐いた所で、遠目から状況を探っていた人達が近寄ってきた。
「俺はエルセス・ヘルナスだ。手伝いだからといって、手抜きはしないように頼む」
その名前を聞いて、シスさんが昨日「小言ばっかり。」とぼやいていた人だと思い至り、見た所雰囲気も神経質そうなので、刺激してしまわないように背筋を伸ばして返す。
「はい、一生懸命頑張りたいと思います」
ボロが出ないように拳を握り締めていると、意外そうにぽかんとした後、表情を僅かに緩めて比較的山が少ない机に帰っていった。
不思議に思い背中を見詰めていると、笑いを含んだ声に引き戻される。
斜め左に立っていたその人は、目を細めて私とシスさんを交互に見返した。
「君は、中々に面白い子ですね」
「面白い、ですか?」
「はい、色々と……。ああ、紹介が遅れましたすみません。私はアスマ・ミツルギ、後ろの彼はハリク・クレフト。ハリクは言葉を喋れませんので、身振りで察してあげて下さい」
「分かりました。アスマさん、ハリクさん、よろしくお願いします」
さっき休憩にも関わらず仕事していた二人だ。
日本名の響きに親近感を覚えて、差し出された手をシスさんが払う仕草をする前に握り返した。
それを見ていたハリクさんは視線を逸らして、何かを堪えているように見える。
「有難いのですが、私も命は惜しいのでもう戻らせて頂きますね。……ハリク、気にしない様に」
こくりと頷いたハリクさんを確認したアスマさんは、スマートに踵を返した。
その後続いた二名も丁寧に接してくれて、忙しなく走り回っていたテトリさんからは飴に似た物を、机に突っ伏していた死にそうな顔のヘイノクトさんからは四角い黄色のお菓子を貰い、「今ここに居ない二人は出掛けている。」と知らされた。
確かに、ここに居る人数と机の数が合わない。
ウィルさんもそうなのだと分かり最初の疑問が拭えた所で、最後の一人となった時にシスさんが素早く動いた。
「よろしくシズクちゃん! オレはボルグ・デ・デリスタフ。仲良くしよ――ブフォッ」
「んふふっ、適度な距離で仲良くしてあげてね。ボルグ」
隙を狙っていたらしく、私に抱き着きかけたボルグさんを裏拳で床に沈めたシスさんは、声音からは絶対察せないだろう冷酷に笑う。
名前の部分は、殺気立っていた気さえする。
それに続いて、最後を締め括る注意事項が殺伐としていた。
「ああ、そうそう言い忘れる所だったわ。シズクに手を出そうとした奴は、夜道に気を付けてね」
急激な変化に耐え切れず挙動不審になった私を知ってか知らずか、シスさんが恐怖に拍車をかける。
「私が処理するから気軽に言って。ね、シズク?」
向けられた笑に、引き攣った笑顔でしか返せない私もその対象になるのではと、密かに恐怖した。
この方、目がマジなんですが。
「は……はいっ」
「ふふっ、よろしい。ちゃんと、され掛けた事でも正直に言うのよ?」
命が惜しいので返事をすると、上機嫌に付け足して返される。
周りの、盗み聞きでもしていたんだろう人達は明らかに青褪めて、聞かなかった事にしようと努めて真面目に作業へと没頭していた。




