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赤いリボンの黒い猫

お待たせして、申し訳ありませんでした。

余分な文章を削りました。だいぶすっきりした様に思います。

 

 綺麗に整頓されている左から二番目の机に促され、依頼書を纏める仕事を任された。

 シスさんは他に用事はないと言い張り、私の隣に椅子を置いて細々と教えてくれている。

 

 机の両隣は、シスさんの背中側である右にはジスさん、私の左側にはリオさん。

 皆一様に居心地が悪そうで、シスさんは分かっていて楽しそうに無視を決め込んでいた。

 それでも、皆の手は止まらなかったから感心する。

 途中、『保護』や『アレの形跡』がどうとかアスマさんとシスさんが真剣に話していたが、私は目の前の仕事を片付けるのに必死で、気にはなったけれど結局聴く事は出来なかった。

 『アレ』は多分ディスさんだから余計聴きたい衝動に駆られるのだけれど、割り込める雰囲気ではないのが惜しい。

 乙女ゲームの世界に好奇心で飛び込んだ神経の図太さを発揮している私でも、こればかりは人付き合いで『自称:空気の読める人間』として生きて初めて、後悔した瞬間だった。

 

 あんなに積み上がっていた書類の山があと数枚になった時には、もう日も暮れシャンデリア風の照明が輝き存在感を放っていて、各自終えた人から声を上げて飛び出したり、部屋から嬉々として去っていく。

 シアラさんは名残惜しそうに私を見詰めていたが、結局レジヘックさんにまた拘束の魔法を掛けられ担ぎ上げられて行った。

 

 それでもなお残っていたのは、遅い昼食を貪る私とそれを眺めるシスさんの他には、お互い睨み合うエルセスさんとボルグさんの二人だけだ。

 よく見ると、一枚の紙を押し付け合っているようだった。

 多分、山と化していた紙とは差がある材質で出来ているので、シスさんが普段扱っている物に近いんじゃなかろうか。

 盗み聞きで悪いと思うが、二人の会話がどうも責任の押し付け合いに感じる。

 

「──オレより、そっちが許可した方が説得力あるんじゃない?」

「いや、お前が日頃の行いを改める事を約束する為に、俺は辞退しよう」

 

 埒があかない押し問答は、シスさんが取り上げて何かを書き込んだ事で漸く収まった。

 二人共口々に「申し訳ありません。」やら、「こいつに片付けさせる筈だったのに。」とか如何やらシスさんにさせたくなかった案件らしく、落ち込んでいるようだ。


「下手に動けない行動は、取るものじゃないわ」


 シスさんはシスさんで、それも分かっていて行動したのか素知らぬ顔で、食べ終わった私の手からお皿を転移させると先に扉に促した。

 私が廊下に出た所で振り返り、二言三言告げて閉める。

 距離は近かった筈なのに聴き取れなかったので、今更だがこの室内には防音魔法が掛かっている事が分かった。

 

 


 * * *


 


 帰りも迷子にならないように手を繋いでくれていたが、廊下の曲がる筈の所を突っ切った背中に、私は間抜けにも「あれ?」と声を上げた。

 シスさんは悪戯を成功させた顔で一度振り返り、次いで足早に真っ直ぐ歩く。

 理由を問い掛けようにも、私の足では走る格好になり呼吸が音になるだけだ。

 

 次の曲がり角の手前で止まられ、無様に背中に激突する。鼻が、地味に痛い。

 

「ごめんなさい。ちょっと前に……ね。あら、何か言いたそうね?」

「あの、そっちの廊下じゃなかったと、思うんですけど……」

「ええ、そうよ。でも、あの部屋は『一時的に借りてる』って言ったじゃない。シズクに用意したのは、本来はこっちなのよ?」


 昨日の時間帯では此方に来るのは憚られた事と、「本当はこっちの部屋。」だと、懇懇と言い聞かせられた。

 転移したら良かったのでは? と思ったが、ギルドマスターが帰ってきて女性を抱えていたら不自然だな、と納得して言うのを止める。

 

「シズクの為に改装して用意したのよ。気に入ってくれると嬉しいわ」

 

 そう言って微笑んだシスさんは何時も通りに戻っていて、何故だかほっとした。

 部屋から出て一言も発さないシスさんが、何だか分からないが怖かったのだ。

 

「……行かなくて良いんですか?」

 

 中々其処から動こうとしないシスさんに問い掛けると、ばつが悪そうに困った顔をして行く手を指し示した。

 その先には、赤いリボンを首に巻いた黒い猫に暴れられている少女が、半泣きで連れて行こうとしている所だった。

 

「あの、シスさん」

「なぁに? 行っちゃ駄目よ。あれは、再会に喜んでいるんだわ。あの子が飼い主なのよ、きっと」

 

 私が行くのを察したのか手で遮られ、シスさんは遠い目をしながら微妙な感想を漏らした。

 心配になって見続けていると、少女の手から抜け出した黒猫が此方に気付いたのか走って来ている。

 

「黒い猫は――ちょっと嫌な予感がするわ」

 

 そう呟いたシスさんが何故か攻撃を加えそうだったので、持ち上がりかけた腕を取って制止した。

 驚いてこっちをみたシスさんにダメだと首を振り、黒猫を待ち構える。

 拒否されていた少女も、顔を引っ掻かれたのか泣き顔で迫って来ていた。

 足元にするりと猫が飛び込んで来た所で、漸く私達の存在に気付いたのか少女が驚愕で立ち止まり目を大きく見開く。

 

「あ、あああああのっ! 貴女が飼い主さんだったのですね!? すみません、すみません! その子が迷子の子で、木から降りられなかったみたいなので助けたんですけど、そのっ! 飼い猫だとは知らず、リボンまで着けて、とんだご無礼をっ!!」

 

 鈴を転がしたような声で、少女が地面に跪いて額を擦り付けんばかりにスライディング土下座をかました。

 私の足元では、さっきの少女への悪態が嘘のように静まった黒猫が纏わり付いて甘える。

 何と言って良いのか分からない雰囲気の中、女の子が涙目で見上げてきたので手を取って立ち上がらせた。

 尚も猫は脹脛に額と身体を擦り付けて、撫でろと言わんばかりに私に催促をする。

 先に目をまん丸にしていた少女の汚れた膝や衣服の汚れを払い、「兎に角、落ち着け。」と両方をポンポンと宥めるように叩いた。

 未だに謝り続けるので、何の事はないと言い聞かせようと口を開く。


「私の飼い猫じゃないの。ただ、その……好き嫌いが、いや、人によって態度を……いえ、抱っこしようとしたから驚いただけじゃないかな?! 猫って抱っこ嫌いな子多いし!」


 ド壷に嵌って行っている気が激しくして、勢いで押し切ってみる。こういう時は、勢い大事。

 それで納得したのか、少女が朗らかに笑い「分かりました。」と素直に頷いた。


「あ、なら、どうしますか? お恥ずかしながら、わたしは居候の身でして……宿主に聞いて来ないと、えへへっ」

 

 要は『飼う事は出来ないかも』と、少女は笑って濁した。

 私だってそうだが、猫のアイスブルーの瞳を見れば、ちびドラゴンを思い出して心がぐらりと揺れる。

 決定を仰ごうとシスさんを見上げると、嫌そうにしながら提案を述べた。

 

「飼うなとは言わないわ。けど、元の飼い主を探したら良いんじゃない? こんな所に一匹だけで猫が入り込める訳ないわ」

「あ、その手もありますね。私が飼える訳ないですし、探す間だけでも良いですか?」

「……そうねぇ、その間にその猫が怪しい事をしたら、即刻捨てて貰うわ。良いわね」

「え、怪しい事、ですか?」

「そうよ。それが約束出来ないのなら、この子に預けなさい。もしも……だったら面倒だわ」

「? 分かりました。じゃあ、私が預かる。と言う事で!」

 

 会話の成り行きを見守っていた少女は、明らかにほっとした様子でこの決断で良かったのだと分かった。

 念の為、と猫の額に触れて何かを探っていたシスさんは、暫くして手を退け息を吐く。

 難しい表情で何事か考えながら、私の手を引いて歩き出した。

 

「有難うございました! では、わたしはこっちなので、さようなら!」

「あ、こちらこそ、ありが……」

 

 私の返事を待たず、元気いっぱいに走り出していく少女の背を見送りながら、足元に目をやる。

 猫と思わず目が合い微笑むと、それだけで盛大な喉の音が聞こえて来るのでご機嫌そうだ。

 

 生活能力がないのに、一時でも一緒に暮らす住民を増やして良かったのかと、私はゲームの主人公に悪態を付けなくなった。

 こんなにも偽善で出来た人間だったのかと自身に呆れる。

 

 気が付けば、新しく用意された部屋の前まで無心に手を引かれて歩いていた。

 

数話前に出すのを忘れていた説明を、今更ながら載せるという……。


魔力なし(イレイブ)

読んで字の如く、魔力が皆無な存在。

人間には数十年に一度の確率で極小数だが現れるが、魔族にも数百年に一度は稀に誕生する異端な者。

外見にも少なからず影響があり、色や形が変わっているのは魔力なし(イレイブ)を見分けられる特徴の一つ。

身体に魔力が微塵も宿らず、一時だけ他人の魔力を内包する事が出来るが、量によっては直ぐに霧散してしまう。

魔石にも魔力が必要な物も有るので使える物と使えない物が出てくる。


このように、下働きでも仕事にありつくのも難しい魔力なし(イレイブ)は、裏の取引では奴隷よりも値段が高く、特に珍しい容姿を持つ者が好まれており、不遇な人生を過ごすものも少なくはないらしい。

本人達も好きでこの状態じゃないので、隠れ里を作ってそこに住んでいると言われているが、それも噂の域を出ず定かではない。

寿命は魔力のある人間と同程度か、それ以下。

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