色変えの魔法
お待たせ致しました。前の削除した話とは粗方書き換えています。追加した文の方が多いので、通常より長めです。
(02/11,ちょっぴり文章を付け足しました。)
窓から斜めに射す日光に当てられ、急速に夢から引き上げられる。
ゆるゆると瞼を押し上げ、うっすらとしか覚えては居ないけれど、幸せな夢だったと息を吐く。
(もう一度目を閉じたら、続きが見られるかも知れない)
瞼がそろそろと落ちきる前に、視界の端に見えた黒い布が揺れて、此方に歩いて来るのが見えた。
「あら、起きたの? もう少し寝てても良かったのに」
「ディルア。」と声を掛けられ指で髪を梳かれ、二度寝の誘惑から一気に覚醒する。
『おはよう』と、同時翻訳が脳裏に浮かび形になって耳に馴染んだ。
昨日の「おやすみなさい。」は翻訳がなしだったが、朝だけはエルフの言語なのか変換された。
それの応用の言葉がぐるぐると渦を巻きながら、声の主に視線を向ける。
少し着崩してはいるが、ギルドの最高ランクの正装姿――ダークネイビーのフード付きクロークを右肩にだけ羽織り、其処から半分覗く黒シャツの上のジャケットは、臙脂の生地に銀糸で華美にならない程度に装飾されていて、黒のズボンとニーハイブーツが合わさり、身体のラインに沿わせ履いているからか機動性は良さそうだ。それに焦げ茶色の様々な暗器が仕込まれてそうなベルトが、細い物は三本等間隔に二の腕で止められ、広い物はクロークの下の肩から伸びてもう一本とウエストで交差し、そこに細身の日本刀に似た黒い剣を提げていた。
非公式だがコスプレのジャンルで結構人気だった衣装に近い。ダークネイビーの手袋があれば尚良し。
確か、ギルドは"赤と黒"、魔術師が"白に青"ってイメージカラーだったはず。
「シズク?」
「はっ、おはようござい、ます!」
条件反射で勢い良く身体を起こした為か、頭がふらりとしたがそれどころではない。
「……おはよう、シズク。テーブルに朝食を置いているわよ」
「あ、ありがとうございます。って、そうじゃなくて、何で、シスさんが入って来ているんですか?!」
部屋の主の許可なくベッドを占領して眠ったばかりか、美人なシスさんにだらしの無い寝顔を晒してしまった事に、青くなってから顔に熱が集まった。
あわあわと交互に意識が持って行かれて、たぶん寝起きも合わせ酷い顔をしている事だろう。
そんな事気にしないとでも言うように、シスさんは柔らかい笑みを浮かべる。
「ふふっ、朝から面白いものが見れたわ。そうねぇ、シズクが欲しそうな答えは……この部屋も"私が所有しているから"、かしら?」
だから部屋同士が繋がっているのか。
と合点したが、この女性らしい部屋は一体。
「聞きたいの?」
企み顔で近付かれ、咄嗟に身を固くして後退る。
何だか時代劇に出てきそうな悪役の代官に見えるのはどうしてだろうか。
ジリジリと歩み寄るシスさんに、首を振る事で否の意思表示をするが壁際に追いやられてしまう。
「あ、あああのっ! 良いので、言わなくて良いので、ちょっ待っ……うぎょあ!」
左手が滑って倒れ掛けた所を、シスさんに腕を引かれて起こされた。
もう少しで壁に激突だったので助かったが、通常の女子高生から逸脱した悲鳴なのは放っておいて欲しい。
シスさんはそこがツボにでも入ったのか、口の端と肩が震えている。
「ふふっ、ごめんなさい。やり過ぎたわね」
本当に反省しているのか疑わしいシスさんを睨むが、身を引いた事で取り敢えずほっとして、居住まいを正した。
肩を竦めたシスさんを見返して、目で説明を促す。
「ここはただの客室。貴族のお嬢様が来られる事もあるから何時でも空けてあるの。隣はその付き添い人用よ」
さらりと理由が判明するが、『シスさんの私室ではない』という事に引っ掛かった。
シスさんはギルドマスターとして個室が存在するはずだ。
ましてや客室を使うなんて、彼の部下なら全力で止――ウィルさんは疲れ切った顔をしていた。
この人全部分かってて使用したって事になるのでは。
これは明らかにしておかないと、私が『知らなかった』と言っても二重で叱責ものになる気がする。
誰が、とはまだ分からないが。
「えと、じゃあ、『所有してる』ってどういう事なんですか?」
「んー? 一時的に借りてるからよ」
白々しくすっとぼけたシスさんに、ゲーム内でも主人公にバレそうになった時にこうだったと思い出す。
『記憶喪失(設定)』の私なら何を言われたって煙に巻けるとでも思っているんだろう。
或いは反応を楽しんでいるのかのどちらかだ。
それでは遠慮なく、と事実を突きつけてみる。
「――ギルドマスターだから、ですか?」
思い掛け無いだろう私の言葉に、瞬時に仕事の時に見せるだろう真剣な表情に変わる。
この人こんな顔も出来たんだな、なんてぬるい事言っていられない緊迫感だ。
「知っていたの? それとも、思い出したの?」
ガラリと変わった低く鋭い声音に身が竦むが、喉を振り絞って今作った嘘を並べる。
慎重に、冷静に。
「え、っと、その……『所有してる』なら上の人かな? と思ったのと、ウィルさんも十分強そうなのに蹴り飛ばすし、『シス様』と呼ばれていたので。……あとは勘、ですけど」
「嘘が顔に出やすい。」と親友に散々いじられていた私は、必死になって困った顔を作る。
実際問題、困った状況だからか綻びは見られない、はず。
心臓が破裂しそうな思いで、目を合わせてシスさんの判断を待った。
「貴女、記憶喪失なのにギルドを知っているのね」
「それは……ディスさんに、ギルドの話を聞いていたので」
痛い所を突かれて最後が尻窄みになるが、どうやらそれが正解だったらしい。
それを言った途端迫り来る緊張感は解け、知らず小刻みに震えていた身体が肩に置かれた温かい手によって和らぐ。
さっきの表情とは一転して、眩しい程の微笑みを湛えたシスさんに頭を撫でられた。
「そうよね、魔力なしのシズクが、例えアレの指示だとしても、私達を害する事が出来るはずないもの……効いているでしょうしね」
何処か自分に言い聞かせてる風に聞こえるのは、間違いじゃないんだろう。
「ごめんさなさい。ふふっ、朝から二度も謝って始まるなんて新鮮だわ。これもシズクだからかしら?」
戯けて言ったシスさんの目には、もう疑いもなく安堵する私がいた。
* * *
私が起きてから、かれこれ三十分は優に超えている。
テーブルに置かれていた朝食は、維持する魔法でも掛けられているのか出来立てその物だった。
その内容は、米粉パンのような色の握り拳ぐらいの物が二個と、「何の肉の干した物?」とか「何の卵?」とは正直聞けない、全体的に黒いハムエッグに、ポタージュに香りが似ている赤いスープ。
驚き手が出せずにいたが、寝起きのお腹が空腹を訴えて背に腹は変えられないと、見た目で敬遠していたハムを一口先に食べれば、色なんて関係なくなるぐらい美味しくって全部堪能して舌鼓を打った。
しかし、シスさんは食べている間も面白そうに眺めるだけで、一向に仕事に向かう気配がない。
ギルドマスターとしてギルドを束ねているんだし、そろそろ出ないと間に合わないはず。
微塵もそんな素振りを見せないシスさんに、私の方が気が急いた。
「シスさん、お仕事は行かなくて良いんですか?」
お父さんでも――特別朝に弱かったからかも知れないが、これぐらいの朝方は毎日バタバタしていた。
最後に残っていたパンの欠片を食べ終え、水を飲んで気を落ち着ける。
コツリ、と分厚い硝子が木に置かれる音が広い部屋に響いた。
「仕事? 今日の分はもう終わらせてるから、心配いらないわよ。私の場合、後は十日後の分か、緊急の依頼が来るかどうかぐらいで残ってないもの」
『だから、急ぐ必要なんてないでしょう?』
と、父を比較対象にした杞憂に、大変優秀過ぎる回答を頂きました。
「じゃあ、何でここに?」
それなら、と口にした疑問に、シスさんが食い気味に答える。
「シズクの目の色を変えるからよ」
『目の色を変える』。その言葉を聞いて、ゲームの主人公が思い浮かんだ。
王に禁術で召喚された主人公が、真っ先に連れて行かれた神殿で掛けられた色変えの魔法。
描写は詳細には書かれてなかったから、気になっていた箇所だ。
「ほら、目を瞑って?」
まさか、それを体験できる日が来るなんて!
直ぐに心が浮き足立ち、慌てて正座をして、指示された通りに目を閉じる。
「これで良いですかっ?」
「ええ、そうよ。……シズク、何だか嬉しそうね?」
そわそわと落ち着きなく、膝上で手を組み替える私が可笑しかったのか、ふっと笑いを含んだ息を吐いた。
シスさんの近寄る気配に、好奇心が疼く。
「――そのまま、少し待っていて」
言い終えるかどうかの間に、両目を覆うように掌が重ねられ遮られる。
それと同時に瞼の裏に例え難い力が溢れて、目の奥からじんわりと暖かくなった。
大人しく熱を感受して、じっと待つ。
すると、一度だけひんやりとした何かが目尻に触れ消えると、そっと手が退けられた。
「もう目を開けて良いわよ」
確認して。と手鏡が渡され、恐る恐る覗き込む。
そうして鏡に映ったのは、黒目の冴えない私ではなく、藍色の目をして驚いている私。
目の色が変わっただけだが何処か雰囲気が明るくなり、意外にも違和感が少なかった。
「どう? シズク」
「何だか、不思議な気分です」
「黒髪に映えてすっごく似合ってるわ。実を言うと、私とお揃いにしたかったんだけど、アレとも同じになってしまうから止めたの。その色の方がシズクらしくて合っているし、凄く可愛いわ」
手放しで褒められて、流石に照れて俯く。
髪を梳く手に気を取られて顔を上げると、綺麗な菫色に私が映っていた。
「自信を持ちなさい。それに、黒い瞳を持っているのはシズクだけだから、下手に好奇な目で見られるのは嫌でしょう?」
『好奇な目』と言われて、私がこれから人に会うみたいな口振りに疑問が浮かぶ。
正しく意味を聴こうとすると、申し訳なさそうにシスさんは提案し出した。
「あー、説明不足でごめんなさい。当分シズクにはこの部屋に居て貰っても良いんだけど、それじゃシズクは退屈じゃない? だから、交換条件で悪いけど、他の奴等が溜めた仕事を手伝ってくれたら嬉しいわ。勿論、ここから出たいのなら、それなりの場所を用意するわよ?」
「そんな、そこまでして頂く理由がありません!」
「私が気に入ったから、じゃ駄目かしら? 昨日、『私付き』って言ったでしょう? 暫くは、と言うよりシズクが良いなら、だけど。寧ろ、私からお願いしても良いかしら?」
これからどうするのかすら考えていなかった私に、この部屋に残ってシスさんの帰りを待つ以外にも、そんな選択肢が有ったのかと面食らった。
歩き回るのは『記憶喪失(設定)』の私では非常に拙い。
目の敵にしているディスさんの傍に居たばかりか、素性さえ怪しくてもっと警戒するべきなのに、ゲームの主人公が神殿で掛けられる"呪い"を施してくれて、その上ギルドの仕事をさせてくれるなんて。
色々と私の事を考えてくれていたシスさんに、もう頭が上がらない。
「そんなに思って下さったなんて……っ、ありがとうございます!」
「っえ、シズク? 抱き着いてくれるのは嬉しいけど、そ、そんなに、喜ぶ事だったかしら? ……これ、私達の方が得する話なんだけど」
感極まって抱き着いた私を邪険にせず、あやすように背中を撫でるシスさんは本物のお姉さんみたいだ。
その優しさに甘え過ぎる前に、ゆっくりと身体を離す。
「シズク、もう落ち着いたの?」
「はい、すみません。シスさんの心遣いが嬉しくって、つい」
少し残念そうに見えるシスさんを見て不思議に思ったが、一つ聴き損ねた事がある。
喜びで危うく忘れる所だったが、この呪い、何時まで続くんだろうか。
あの力はハーフエルフの『神力』だから効力は長いとは思う。
けれど、それでも気掛かりなので、これは何時まで持つのか知っておきたくて尋ねる。
何だか、シスさんの力を疑っているようで気が引けるけれど、一応確認として。
「あ、でもこれ、大丈夫なんでしょうか? 途中で元に戻ったりとか」
「その首輪に付与したから大丈夫よ。私が解かないか、着けている限りは戻らないわ」
それを聞いて、ほっとして胸を撫で下ろす。
この首輪は、ディスさんでない限り――シスさんなら外せそうだけど――私が外すのには無理があるからだ。
ディスさんに怒られるかも知れない事と、それ以前に外し方が分からない。
逆に良かったのだと自身に言い聞かせ、シスさんにお礼を言って頭を下げる。
「シスさん、ありがとうございます!」
「あっ、また、そんな事言わないの! 感謝される事はしてないわよ。ほら、顔上げなさいったらっ」
やっぱり、言われ慣れていないのかは分からないが、どう対処して良いのか困った顔をした後に、少し顔を赤らめて動揺していた。
その姿に可愛いなと思いながら、手鏡をもう一度覗き込む。
『私は、いつ帰れるんだろうか?』
誰に言っても返ってくる訳がない疑問にゆっくりと蓋をして、何時か帰る為に今足掻こうと決意をする。
寝て起きても戻らないんだったら、何かした方がは早く帰れるんじゃないかと思いたい。
(それと、ディスさんとちびドラゴンにもう一度会いたいし)
不安気に私を見詰めていたシスさんに向き直って、何でもないと笑顔を見せた。
「じゃあ、お仕事案内をお願いしても良いですか?」
家に帰れるそれまでは、
『折角なんだから、このゲームの世界を楽しんでみよう。』
そう、心に決めたのだった。




