↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/15

第9話:画面の裏の毒、孤立と執着の連鎖

「俺が助けてやる」という顔をして近づいてくる男が、一番醜い。

その浅はかな救済者気取りのプライドを煽り、私はこの街で、最後の1円までむしり取り続ける。

佐藤を飛ばした代償は、即座に数字となって跳ね返ってきた。

週が明け、Club Noirのフロアを見渡すと、自分のテーブルの回転数が明らかに落ちているのが分かる。


 さらに、控え室でスマートフォンの夜職系掲示板(店スレ)を開くと、胸がむかむかするような書き込みが躍っていた。


『紬ってやつ、素朴ぶってるけど裏でパパ活とかヤバい割り切り手を出してるらしいぞ』


『金に困ってて店外断る癖に、裏じゃ客選んで買われてる(笑)』


佐藤が店を飛んだ後、腹いせに書き込んだ悪質で卑屈なデマだった。そこにホストのツケに追われるルナの吹き込んだ嫉妬が尾ひれをつけて広がり、匿名掲示板の闇の中で拡散されていたのだ。


(どこまでも醜い……。手に入らないと分かった瞬間に、ネットの陰湿な言葉で叩き潰そうとする)


画面を閉じ、冷たくなった指先を握りしめる。


黒服から渡された週間売上表の数字は、目に見えて落ち込んでいた。奨学金の返済期日と、実家の弟の模試費用が迫っている。一度手にした「お金がある安心感」を知ってしまった分、再び貧困の泥沼へと突き落とされる恐怖が胃を雑巾のように絞り上げた。


「紬ちゃん、ちょっと聞いていい?」


声をかけてきたのは、半年前からたまにフリーでついていた40代半ばのサラリーマン、木村だった。派手さはなく、いつも焼酎の水割りを2、3杯飲んで静かに帰っていく地味な男だ。


「木村さん、お久しぶりです……!」


結衣は即座に「紬」の顔を作り、吸い込まれるような瞳で木村の隣に深く腰掛けた。


「あのさ……ちょっと気になってさ。ネットの店の掲示板、たまたま見ちゃったんだよ」


木村が気まずそうに、けれど探るような目でスマートフォンを出してきた。


「痛客が書き込んでるだろ? 『紬はお金に困ってて、裏でヤバい仕事に手を出そうとしてる』って……あれ、本当なの? 紬ちゃん、そんなことしてないよね?」


画面に映る、自分を貶める匿名の悪意。

紬の胸の奥で冷たい火花が散るが、顔には一切出さない。彼女は悲しげに瞳を揺らし、すっと視線を落とすと、セルフネイルの指先を震わせた。身に覚えのない悪意に深く傷ついている「守ってあげたくなる素朴な女の子」の完璧な演技。


「そんなの……嘘ですよ……。お客さんに酷いこと言われてお断りしたら、ネットにそんな嘘書かれちゃって……私、すごく怖くて……」


消え入るような声で囁き、紬は木村の腕に小さく身を寄せた。ドレス越しに伝わる体温と、耳元にかかる儚げな息遣い。

その瞬間、木村の目がギラギラとした気味の悪い熱を帯びていった。

掲示板のデマを疑いつつも、「傷ついた可愛い子を俺が救ってやる」という救済者気取りの身勝手な所有欲が芽生えた瞬間だった。


「やっぱりそうか! ひどい奴だな……! 紬ちゃん、俺ね、ずっと君のこと見てたんだよ。あんな奴らに弄ばれていい子じゃないって」


木村は興奮で呼吸を荒くし、身を乗り出してきた。太ももの上の紬の手を、汗ばんだ手で強く握りしめてくる。


「俺さ、来月まとまったボーナスが入るんだ。紬ちゃんが店でナンバーワンになれるくらい、お店で高額シャンパン入れてあげる。だから……その代わり、俺だけのものになってよ。もう夜の店なんてやめて、俺のところに来てくれないか?」


手首を強く掴まれ、そのまま身体を引き寄せられる。

「助けてやる」という無害な顔をした男の、ドロドロとした醜い支配欲。

掲示板で叩いて晒す奴も、「救ってやる」と言いながら安く買い叩こうとする奴も、結局はこの街に来る男は全員同じだ。優しそうな顔をして近づいてきて、お金という力で女を所有しようとし、思い通りにならなければ害悪に変わる。


(みんな、自分の浅はかな欲望を満たしたいだけ。愛なんてどこにもない)


紬の頭の中で、冷酷な計算機がパチパチと音を立てて弾き出される。

(木村のボーナスを使わせれば、今月の目標額は確実に届く。でも、この男の『救済者ごっこ』の差し出しに応じれば、次はもっと重い執着と店外要求がまとわりついて自滅する)


「木村さん……私をそんなに心配してくれて、ありがとうございます」


結衣は木村の手に自分の細い指先を優しく重ね、爪の先で相手の手の甲をなぞるように焦らしながら、ゆっくりと、けれど確実にその手を外した。

そして、うっとりとした熱い視線で木村の目をまっすぐに見つめ上げた。


「でもね、私、木村さんの『特別な女の子』でいたいからこそ、自分の足で立ちたいんです。誰かに安く買われるんじゃなくて、自分で頑張って働いて借金を返したい。だから……お店で私をかっこよく応援してくれる木村さんが、世界で一番素敵です」


男に「かっこいい救済者」という理想の仮面を被せ、店という安全圏で限界までお金を使わせる。

一線は絶対に越えさせず、「店で一番お金を使ってくれる特別な男」というプライドと所有欲を極限まで煽り立てる。


木村は一瞬ポカンとした後、「君は……どこまで健気で強い子なんだ……!」と感極まった顔になり、その場ですぐに高額なシャンパンを注文した。

テーブルの隅で、グラスの中で冷たく弾ける泡を見つめながら、結衣は自嘲気味に思った。

嘘と官能的な演技を重ねるほど、口座の数字は増えていく。

けれど、心の底はどこまでも乾ききり、誰も信用できない孤独の底へと沈んでいく。


——その夜、店の裏口で煙草を吸っていたルナとすれ違った。


ルナの顔は土気色で、今週末に迫った「20万のホテル同伴」への恐怖で手が細かく震えている。自分の体を切り売りして自滅していく女の末路。


「紬って、マジで血も涙もないよね」


すれ違いざまに吐き捨てられた恨み節に、結衣は振り返りもせず、剥げかけた400円のセルフネイルをギュッと握りしめながら、冷たい声で返した。


「人間らしくしてたら、この街じゃ速攻で詰むんでしょ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。