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第7話:心を殺す技術

愛や温もりなんて、ただの幻想。

私の肌に触れ、熱い息を吐きかける男たちの欲望を冷ややかに計算しながら、私はこの街で、誰にも侵されない城を築いていく。

涼太と別れてからの結衣は、まるで憑き物が落ちたかのように冷酷で、そして完璧な「紬」へと変貌を遂げていた。


昼のオフィスでは、デスクが隣同士の涼太と一切の私情を挟まず、事務的に業務の会話だけを交わす。彼が時折見せる気まずそうな視線も、傷ついたような横顔も、今の結衣の心には擦り傷一つつけられない。


感情を捨て、肉体と微笑みを「商品」として割り切った女は、夜の街で恐ろしいほどの強さを発揮した。


「紬ちゃん……なんか雰囲気変わった? すごく綺麗になったっていうか……色っぽくなったよ」


Club Noirの薄暗いボックス席。かつては罪悪感からうまく扱えなかった客の佐藤が、酒の回った赤い顔で、どこか呑まれたように結衣を見つめている。


「そう? 佐藤さんが、私を女にしてくれてるんじゃない……?」


結衣はわずかに体を寄せ、ドレスの胸元から覗く鎖骨のあたりを佐藤の腕にそっと触れさせた。耳元に触れそうなほど顔を近づけ、甘い香水の香りと熱い息を吹きかける。吸い込まれそうな瞳でじっと見つめ返し、唇を小さく開いて微笑む。

かつてのような「おどおどした素人感」ではない。「自分にだけ秘めた色気を見せてくれている」と男に錯覚させ、優越感で脳を狂わせる完璧な密着と焦らし。

太ももの上に置かれた佐藤の手が、興奮でピクりと震える。結衣はその手を払うことなく、自分の細い指先を重ねて優しく包み込んだ。爪の先で相手の手の甲をなぞるように、生殺しのスキンシップを重ねる。


客が何を欲しがっているのかが、痛いほど手に取るように分かった。彼らは本物の愛や肉体そのものが欲しいのではない。「この素朴で可愛い子を、俺の金と男の魅力で独占できている」という浅はかな優越感と勘違いを買いたいのだ。


(だったら、最高の勘違いを売ってあげる。その代わり、持ってる金は全部残さず置いていって)


「佐藤さん、私ね……本当はすごく寂しがり屋なの。佐藤さんが店に来てくれない夜は、ベッドの中でずっと……佐藤さんの指先や声を思い出してるんだよ」


熱を帯びた吐息混じりの囁き。佐藤の耳朶に触れるか触れないかの距離で吐き出される甘い嘘。その官能的な仕草の裏で、結衣の心の中では冷たい計算機がパチパチと音を立てていた。


(この囁きと肌の触れ合いで、今月あと3回は指名確定。店外をチラつかせて焦らせば、今夜中に高額シャンパン1本追加で利ざやが数万円)


「紬ちゃん……! 本当か!? お前、本当に可愛いよ……! よし、今夜は高いの出してもらおう!」


佐藤は理性を失った顔で興奮し、卓上に高額なボトルを注文させた。


「嬉しい、佐藤さん大好き」


男の欲望を撫で回して煽り、一線を超えさせる期待だけを焦らしながら、「お店でしか触れられない特別な私」を守り抜き、極限までお金を吸い上げる。かつては吐き気を催していたその騙し合いが、今の結衣にはただの快感に近い「作業」でしかなかった。


——バックヤードへ戻ると、パイプ椅子に座ったルナが、死んだような目でこちらを睨みつけていた。


「へえ……最近売り上げ伸ばしてるじゃん。昼の男と切れた途端これ? 結局あんたも私と同類じゃん」


ルナの腕には注射痕のような青あざがあり、頬はげっそりと痩せて肌はカサついている。ホストへの無謀な売り掛け(ツケ)に追われ、ついに今週末、金を盾にする嫌な太客との「20万のホテル同伴」に応じるのだという。自分の身体を安売りして底なし沼に沈んでいく惨めな女。


「同類じゃないよ」


結衣は冷たくと言い放ち、ルナを上から下へと蔑むように見下ろした。ルナの目から血の気が引いていく。


「ルナちゃんは男に貢いで身ボロボロにしてるだけでしょ? 私は自分のために稼ぐの。男なんて端から信用してないから、どれだけ触らせても心は1ミリもすり減らないわけ」


「……は?何それだる、意味分かんないんだけど」


キーキーとヒステリックに声を張り上げるルナを視線だけで一蹴し、結衣は更衣室のロッカーを開けた。

スマートフォンの通帳アプリを開く。

指名本数の増加とともに時給スライドが跳ね上がり、今月の見込み給料の数字がぐんぐんと伸びていた。

奨学金の返済分、実家からのタカり分、そして自分の来月の家賃。すべての数字を差し引いても、初めて「自分の手元に残る自由なお金」の欄に、確実なプラスの金額が刻まれていた。


液晶画面に浮かぶ冷たい数字を見つめる瞬間だけが、今の結衣の胸を小さく脈打たせた。

男のぬるい肌の温もりに救われることも、誰かに守られることもない。


でも、この画面に表示された数字だけは、絶対に自分を裏切らない。男たちの浅はかな欲望からむしり取ったこの金だけが、私の唯一の鎧だ。


(もっと稼ぐ。私を縛り付ける現実も、身勝手な男たちも、全部このお金で叩き潰すまで)


剥げかけた400円のセルフネイルの指先で液晶画面を強く押し込み、結衣は再び、欲望と熱気が渦巻く暗いフロアへと足を進めていった。

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