七話 特訓 全編
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全くと言っていいほど清々しくない。優しくもありながら熾烈でもある暁光が、窓から差し込んだ。
希望という言葉を体現するような、そんな暖かな明かりだった。
耳鳴りと共に鳴り響く頭痛。目が覚めてから数分掛けて、これらが鳴り止む事は分かった。
「起きたね。魔法の特訓始めるよ。はい、すぐに動こうよ」
やかましい声が響く。幻聴か? と自分の耳を疑うが残念ながらそうではない。
そうならば、どれだけ楽だったことか。
腕を引っ張られると無理やり床の上に立たせられ、靴を履く暇すら与えられなかった。
瞳の位置が俺の物より少し下くらいで、吊り目の端正な顔立ち。
昨日は暗がりでよく見えなかったが、美しいと呼ばれる類の顔付きである。
「特訓って言っても、たったのあれだけで気絶して動けなくなるんだぞ?
やる必要無いだろう。リミットは、三日しか無いんだから」
「いーややるよ。正直、ユウの中で一番適正あるのは魔法だよ」
「『ユウ』って何だよ。名前で呼んでくれない?」
「愛称は可愛い方がいいだろ? とにかく、外で特訓をするからついて来て」
階段を、2人で降りていく。ヒナが先を歩き俺が後ろについて歩く。
宿屋の外に出ると、腕を組んで師匠の様に佇むヒナ。
「特訓って何をするんだ」
「魔法の使い方を覚えるだけだよ。魔力の流し方や考え方とかね」
つまり彼女は俺に教えられるほど、魔法についてよく理解しているという事だ。外に出るまでの間、俺はそれについての解を求めた。
だが、頭の中で考えた結論はあまりに脆弱で足らない要素が多すぎた。
宿屋の外に出てから、俺はその疑問に対する答えを彼女から聞く。
「どうして魔法を教えられるんだ? 俺たちはおんなじタイミングで転生したはずだろう。
それなのに、俺はこの世界について何も知らない。でも、君は知ってるよな。3人もたぶんそうだろ」
「詳しくは知らない。けど、目が覚めてから体を動かしてたら頭に色々と浮かんできたんだよ」
腑に落ちない説明だった。突然頭に浮かんできたなど、誰が信じるものか。俺は思わず笑ってしまう所だったが、目の前で立って髪を靡かせる姿を見たら、嘲笑は飲み込まざるを得なかった。
「こうしよう。魔法を特訓してくれたら、一問一答してあげる」
「分からないんだろ? ならいいよ。どちらにせよ、魔法が使えるようになるなら今後に役立つだろうし」
「とにかくそういう事で、ねっ。よし! じゃあ、はじめー」
ヒナが腕を空に向かって突き上げた。俺は自分の体垂直に腕を伸ばした。
やる事は昨日と変わらない。体内を循環する魔力を腕に集中させる。頭の中では、広野を吹き抜ける風をイメージした。
黙り込んで汗を掻く俺に、ヒナは待ったを掛ける。何を違えたのか教えて欲しいが、言葉を溜めている。そして決心が付いたのか、口を開いた。
「詠唱してみたら。声に出して魔法の言葉を唱えるの」
「魔法の言葉ってのが分からないんだが。自分なりの言葉でいいのか?」
「あー、やっぱりそうか。うん、自分なりの言葉でいいよ。それから、魔力の流れを理解しようとしちゃダメだよ。
体が必要以上に身構えちゃうから」
随分と詳しく知っているようで驚く。持っている情報の練度が異なる。基礎常識すら知らない俺と、魔法の知識を持ち合わせるヒナ。
尽きぬ疑問には一度身を引いてもらい、今は特訓に集中しよう。
それにしても自己流の詠唱。一体何を言えばいい。どんな文字を形にすればいい。
やはり、想像しやすい物だろう。
俺が知っている、想像上の『風』か。
「詠唱……か。『風:鎌鼬』」
そう呟いた。頭の中で、両手が鎌になっているイタチも想像してだ。
それなのに、俺の手に現象する風魔法は、昨日より微弱な靡きだった。
ヒナの方を向くと、彼女はにこやかな笑みを浮かべている。そして、俺の手のひらを見ながらまたアドバイスをくれた。
「うんうん、良い方向に向かってると思う。今度は自分の魔法は『こうだ!』って言う形を作ってみて」
「形? 風って形無いだろ」
「比喩だよ。ほら、火を作りたければ火をイメージするだろ? それと同じ感覚」
「風ってのは空気の流れだろ? そんなのに形なんて、どうやって見出せば……ってそうか、詠唱」
そうだ。何も頭の中だけで形作るのでは無い。言葉も身振りも環境も、その全てを使っていいのだ。
自分の想像だけで補えるほど、魔法は完璧では無いのだろう。もう一度、詠唱をしてみよう。今度はより分かりやすく。
「『風:かまいたち』っと、わわっ。危ない」
鎌鼬が起こすと言われる刃物の様に鋭い風。縦か横か、それともそのどちらでも無いのか。だがそれはきっと、自然の”刃”を模っているのだろう。
何となく、分かった。
そして詠唱が終わった後、俺の手を離れた風属性の魔法は、前方に向かって飛んだ。
反射的に、危ないと叫んでしまう。進行方向に人は居ないだろうか? 建物は無いだろうか?
俺が飛ばしたのは紛れもなく”風で作った鎌”なのだ。だから、当たれば傷付くし最悪切断される。
「なあ、出来たんじゃないか? 前に飛ばせたぞ」
「うん、上出来だよ。普通は一日二日で出来ない。でも、まさか本当に魔法が使えるようになるなんて…………ユウ、才能あるんじゃない?」
嬉しい一言だ。おだてられれば誰だって照れる。それが本気で取り組んでいたものならば、尚更だ。
だが喜びの前に、お預けをくらっていた例の疑問をもう一度投げかける。
「そういえば、何で魔法に詳しいんだ?
それから、他にも聞きたい事はあるが、とりあえずは魔法についてだ」
「うん、目覚めた時から何だよね。頭に急に湧いてきた考えとか、ねじ込まれた感じじゃなくてさ。
初めっから持ってたって言うか」
「目が覚めた時には、もう理解していたって事か? 魔法の存在や扱い方を」
「そう。何でたか分からないけど、昔から知っているみたいなんだ。だからかな。自分自身に疑問も湧かなかった」
ヒナは簡単に言った。自分の姿形が変わっていて、森の中で眠りこけていた事には驚いたというが、こと魔法や魔物に関して特段深い疑問は無かったという。
まるっきり、俺とは違う。何が違うのだろうか。
神様を名乗る者からの贈り物?
いや違う。剣術や魔法の才覚なんかと記憶は切り離して考えるべきだ。
体の年齢や性別だろうか?
それも、違うだろう。原因不明だが、ここにたどり着いたタイミングに時差はないはずだ。
そもそも、この体は誰の物なんだ? 明らかに型の違う身体は、俺の知っている異世界転移の法則に当てはまらない。
いやいい。今考え込んでも答えなんて出るはずがない。
ヒナも他の皆も、俺と同じ疑問は抱いていないようだし。俺が身を引くべきだ。今だけは。
「よし分かった」
「何がわかったの?」
「分からない事だらけだったこと。それから今は目の前の目標に集中するべきだってことも。
じゃあ俺は色々と持ち物を揃えてくるから、特訓に付き合ってくれてありがとう」
手を振って村の中心に向かう。のだが、背後から首根っこを掴まれると、体がその場に留まる。
俺をこの場に留めようとする存在の正体。それはヒナの腕。
「まだ終わってないよ。たった一回で満足? な訳ないよね」
「ま待ってくれ! 色々と役に立つ物が売ってるかもしれない。村長からの許可は貰ったんだ。だから村市場に……」
「村長の許可って? というか、ユウが行っても何が役立つかなんて分からないでしょ?
ノブチカとアリスに任せた方がいいよ。
分かったらまた始めるよー」
そうして魔法の特訓は続いた。かなりのスパルタ指導で、半日ほどの特訓で休憩時間は驚異の30分しか無かった。
宿屋に戻った俺はヘロヘロで、これから何も出来る気がしなかった。
だが得たものは、それ以上に大きかった。完全にモノにした訳ではない。だが、俺は確かに魔法が使えるようになっていた。それも二つもだ。
どちらも風属性の魔法だが、攻撃用途と援護用途でそれぞれ使い分けが出来る。それに、考え方や組み合わせによっては幅が広がる。
まあ状況次第で使い方が選べるという事だ。
ふと外を見る。まだ明るい。それもそのはずで、今日の俺は早起きをしていた。三文の徳と言うが、実際にその徳とやらにあやかれたのは今日が初めてだった。
部屋で休み続けるのも一興だが、俺たちには時間がない。出来た筈の準備を怠って死ぬのだけは御免だ。
それに、俺の命は俺だけの物じゃないと。人の命は、本人が思っている程身勝手に振る舞える物ではないのだ。
汗でよれたシャツだがこれ以外の服は宿屋に無い。というより俺自身の私物は今の所、この宿屋に無い気がする。
汗の匂いを気にして外に出たが、そんな物が気にならないぐらいの自然の香りが、鼻を突き抜けてくる。それと同時、鼻を通過したのは清涼感だけでは無い。
何処からか仄かに漂ってくるこの臭いは、たぶん、糞尿の類だ。トイレ自体はあった。俺も使用したから分かる。だが、まあ間違いなく排水システムは無いだろうな。汲み取り式である。それならこの臭いも納得だ。
幸いなのは、臭い物は一箇所に集めて蓋をするぐらいの認識がある事だろう。何処でもかんでも排泄物処理をしていたら、村が臭いの戦場になってしまう。
鼻を摘まずともじきに慣れていった。村市場に着く頃には、森の香りもそれ以外も気にならなくなっていた。
骨組みに布を掛け、木箱には根菜や果物。露店が建ち並ぶそこにはお目当ての雑貨屋もある。
食糧には目もくれず、俺はそちらに向かって行く。そもそも、食料を売っている店は何処も村人で飽和状態だ。
そんな人溜りを避けて通り、俺はこじんまりとした雑貨店を覗く。遠目だが、数人が集まって話し込んでいるのが分かった。
貴重な品でもあったのだろうか。でも、それがあったとして、俺が必要とする物では無いだろうと思う。
露店の近くに立つとその数人の内、2人が知り合いだと判明する。
「いい物でも売ってる?」
「ロープだな。今日の品でいい物はロープだ。ほら、かなり頑丈だぞ」
「私はこっちですね。ほら、ヘルメットにもなりますよ鍋は」
マイヤとノブチカが、それぞれ品物を手に主張する。売り物だぞと嗜め商品を戻すと、名残惜しそうに見ている。
現世では簡単に手に入る物が、ここでは簡単で無い物だと知る。この世界はきっと、人の技術が工業を追い抜いているのだろう。
「そうだノブチカ、ここらで剣を持ってる人間を知らないか? アリスは無しで」
「狩人達のところに行けばいいと思う。彼らは魔物や獣用に、色々と刃物を扱っているから」
「ついてきてくれないか? 俺が突然現れても、警戒されるだけだろうし。
ましてや備品を貸してくれなんて、追い出されるかもしれん」
「もっともだな。分かった案内する。お前はどうする?」
「私はもう少し市場にいます。必要な物があるかもしれませんから」
「わかった。それなら今日もユウキの部屋に集合だ」
「なんでそうなるんだよ! もしかして、寝泊まりする所が無いのか?」
「ああ全員な。まあ寝込んでいたのはお前だけだから当然だが。因みに俺とヒナは一日で追い出された」
嫌味に聞こえるが、ノブチカは嫌味を言わない奴だ。職人気質というか、物を素直に言うタイプなのだ。だから人から誤解される事もあるが。
まあ、俺はそれを分かっているから何も思わない。
狩人達の母屋に向かう。ロッジというかなんというか。少なくとも、村人達の家よりかは大分マシな作りだ。
ノブチカが無遠慮に進んでいくのを見て、俺もその後ろに続く事にした。




