七十四話 討伐完了
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「あー疲れた。久しぶり魔法使ったよ」
ベルローはヘナヘナと地面に座り込んで言った。
「これで討伐したって事でいいのか?」
「いいやまだだ。これ以上いるかもしれない。引き続き、森の中を捜索し小さいのを片付ける」
「騎士はどうした。あいつらに伝えて、全員で動いた方が明らかに効率的だろ」
考えて結論を出す。案外とすぐに決まった。
「わかった。馬車まで戻り騎士を連れてくる」
「私たちはどうすればいいの? このまま待機?」
「そうだな。馬車まで私と一緒に戻ってもいいが、わざわざ往復の手間を踏む必要はない」
騎士たちに任せて、俺は合法的に休憩を取るか。
ミロコヴィルは行動の早い男で回れ右をし歩き出す。労いも何も掛けてはくれなかったが。
二人取り残された俺とベルロー。立っているのも疲れると言うので地面に腰を下ろす。
冠蛇が散乱した地面。気味が悪いと言われたら、その通りである。
「お前の言う頭ってのは、どんな人なんだ?」
「あんまり悲観的には考えない人ですね、お頭は。前身の盗賊団から身を追われた時も、特に気にしていないと言ってましたから」
「そういう奴に限って気にしてるんだよ。察してやれ」
「そうですね…………そう思います。でなければ取り戻そうとなんて考えませんもの」
「もう一人の仲間もいるんだろ? お前ら、何が目的で”義賊”なんてやってるんだ」
義賊は金にならない。せいぜい盗賊としての技量の証明かその程度。意味を成さない行為だ。それにも関わらず、ベルローら一行は続けて以来。
そこに純粋な理由はないだろう。明白だ。簡単な好奇心から生じた疑問。
「名前を売るため。私たちが存在していると。それ以外で、このような活動をする意味なんてある?」
「そうか……そんなに話してよかったのか」
質問した側だが、こうもすんなりと情報が返って来ると勘ぐってしまう。
「隠してることでもないからね。お頭は秘密主義じゃないんだ」
「……茫狼猟団について何か知らないか。特にリーダーについてなんだが」
その名前を出した途端、ベルローの顔が曇る。マズい事を言ったか。
「あなたも追っているのですか? 彼らを」
「いや、そういう意味じゃない。色々と、借りがあってな」
「…………嘘くさいですね。わざわざ名前を出してくるあたり、何か理由がありそう」
妙に鋭い奴だ。が、実際そうだから困る。一方俺も、事情を隠すべき理由はない。
「ロスメリスだったか。奴を追ってる。借りがあるのは事実だ。お礼参りをしたくてな」
「なんだか物騒に聞こえるけど」
「受け取り方次第だろ。どう思うかは、お前の受け取り方だ」
「そうですか」
ミロコヴィルが帰ってこない。茫狼猟団のあれこれを聞いてもまだ時間が余るほどだった。
これまた暇になってしまう。
ふと目に付いた冠蛇の肉。やつらは体表を毒でコーティングしており、無論中身もだ。つまりは全身毒殺兵器である。
「ベルロー、解毒剤はあるか? 残ってたら貸してくれ」
「まだ残ってるよ。でも何に使うの? 先に言っておくけどお肉を浸しても毒は取れないからね」
と言いつつも硝子瓶に入った解毒剤を手渡してくれる。
そいつを懐にしまった後、俺は冠蛇の皮を剥いで内臓を全て切り離す。心臓器に密着している肉もいっしょに。
そのせいで、一品目は酷く貧相な串焼きになった。
手のひらから炎の矢を出す。非常に弱く、また速度は最悪だ。枯れ枝に着火する。
火種を絶やさないよう、随時薪を追加。
表面が焦げるまで焼いた冠蛇の肉。内臓は取った。皮も剥いだ。危険は……ないはずだ。
意を決してそれを口へと運ぶ。
「美味しい…………けど苦いし硬い……」
空腹というスパイスがありながらこの評価に落ち着くというのはそういう事だ。隠さず言えば、人が食べるには向かない不味い品である。
一匹食べてもうお腹いっぱいだ。そう錯覚させる。食べ過ぎる心配がないため、保存食としては一級品かもしれない。
「どんな味するの?」
「苦いって言っただろ。ピリピリする感覚が舌の上に残る」
「うげぇ……美味しくなさそう……」
「だからそう言ってるだろ」
風が通り過ぎるか魔物の足音。それら以外の音が無くなる。
「ミロコヴィルが騎士たちの元に向かってからどのくらいだ?」
「知らない。三十分くらいじゃない。もっとかも」
「待ち続けるのもツラいし、俺たちも向かうか」
「いや、私はいいや。ここで座ってる方が楽だし」
「黙ってついてこい。ここで待ってても何も変わらないだろ」
嫌だと駄々を捏ねても無駄だ。ベルローに拒否権はない。そもコイツのせいで、俺はこんな事になっているのだから。
萎れた顔で立ち上がったベルローと共に、右往左往しながら森の入り口まで歩く。
道に迷わなかったのは、聞こえてくる叫び声のお陰だった。
明らかに人間の喉を出た音であった。それでも急ごうとしなかったのは、面倒に巻き込まれたくないという思いからだった。
ベルローもその考えには納得のようだ。隣を変わらぬ速度で歩いている。
「なんで大声が聞こえるんだろうな」
「きっと酒の席が盛り上がってるんだよ。でないとおかしい声量だからね」
「にしては……雄叫び? にも聞こえるな」
「楽しさの表現方法は千差万別だよ?」
じゃあ、まあいいか。いつかは着くし。深刻に考えなくても大丈夫かもしれない。
と、余裕をこいていてのは間違いだったみたいだ。たどり着いた宴会の席には、冠蛇の群れがいた。それ自体はいい。なにせ数が多くない。おそらく、俺たちの相手したのが最大派閥と言える群れだったのだろう。
問題は、中心で暴れる一匹。全長は、俺の身長を優に超えるだろう。体の太さと言ったら、一薙ぎでぐちゃぐちゃに潰されかねない。
それほどの巨体だ。騎士たちも手を焼いている。数名の死者を出しながらなんとか食らいついているといったところだ。
「あれも冠蛇か?」
「そうじゃないかな。だって模様がいっしょだよ。ほら見えた。頭のあれ」
指差した先に視線を向ける。目を凝らして見てみると、白い三又が見える。本当だ。冠蛇ってあそこまで巨大化するもんなんだな。
俺とベルローは草むらから眺めていた。あのレベルの化け物と正面切って戦いたくない。
それに騎士たちだけでなんとか出来そうである。彼らは訓練を積んだプロなのだから。
「知らないふりしてここで隠れてるか」
「賛成。私、もう魔力が枯渇してるし」
「結構使ってたもんな。あの魔法って、どうやって使うんだ?」
「土を成形する魔法? それとも球体の魔法?」
「球体のやつだ。風魔法の応用か?」
「そう。押し出す力と吸い込む力に分けて、それをごちゃ混ぜにするの。こういう感じ」
両手を差し出す。右手は引力を持った風魔法。左手は斥力を持った風魔法。内側に力を与えるか、外側に力を与えるかの違いだという。
その二つを混ぜ合わせると一層小さな球体になり、消えた。
「微妙な調整が必要で、練習しないと混ぜ合わせる事もできないよ」
「”押し出す力”と”吸い込む力”……か。難しいな。一つの属性でも、色々な使い方があるってことか」
「魔法は奥深いらしいよ。そうだ、しっかり学びたいなら魔法学院に行けばいいよ。あそこなら基礎を学べるんだから」
「生憎そんな時間は無くてな。ロスメリスを追わなくちゃいかん」
「ロスメリス……”狼”の頭目か」
低い声はベルローのものではない。そして振り向くのを拒否する俺がいた。
「ここで一体何をしている?」
「状況を見て参戦しようと思ってな。このまま出て行って、どうにかなるとは思えなかったんだ。食われて終わりだ」
背後に忍び寄ったミロコヴィルに、俺は答えた。すると彼は予想だにしない一言を口にする。
「真面目なのだな。私はここで眺めていよう。彼らだけで何とかできるだろう。
下級とはいえ、騎士だ」
こいつは俺を試しているのか?
「いやいやそうも言ってられないんじゃないか」
「なら、頑張ってもらおうか。腕の見せ所だぞ」
「いいねいいね! B級冒険者の実力、見せてよ」
「あのなぁ……B級冒険者ってのは、なにも魔物退治だけしてるんじゃないぞ?
加えて俺は探索系統の冒険者だ。旅芸人みたいなもんなんだよ」
そうこうして草むらは賑やかになった。三人が中腰で語らいあっているのは、側から見れば面白おかしく映るだろうか。
「終わったようだな…………長話はこのためか?」
「そんなわけないだろ? ただ確認したい事が多かっただけだ」
長旅のおかげで、俺の弁舌も進化したと喜ぶべきか。
地面を揺らす振動に続いて衝撃音が耳に届く。直後、わっと起こった歓声が勝利を物語っている。
「どれ、私たちも帰るか。馬車はすでに準備済みだ。お小言を言われるより先に戻るぞ」
俺たちが一番乗りだった。轡や手綱の外された馬が奔放に雑草を食べている。
対して体の一番小さな馬は準備万端で、いつでも出発できますと言わんばかり。
客室に乗り込み、また同じ席順だ。窮屈だなと思いつつ恩赦の事について聞いてみる。
「これで本当に解放してくれるのか? あんまり実感が無いんだが」
「普通の領主ならそんなことはしないな。そもそも囚人に助けを求めるなんて真似、権力者はやらないが」
「はは……無しって事か…………」
「ベロー領主は約束を守らないだろうな。だから私が逃してやろう」
耳を疑った。ミロコヴィルは何を言っているんだ。自身の仕えるはずの領主に、謀反でも起こす気か。
「ベロー地区領主の悪行は私も知っている。
知らぬ存ぜぬでは、もうどうにも出来ないほどにな」
「それと何の関係があるんだ。お前の立場が危うくなるんじゃないのか?」
「ならん。せいぜい二人程度の囚人、逃げても何も気にはせんよ。あの領主はそのような人間だ。それよりベルロー、領主の不正の証拠はあるのか?」
「えっ? あ、ああたぶん持ってるよ。お頭がポカやってなかったらだけど」
「そうか。ならいい。いつの日か奴を追い出さねばならん。そうしなくては、ベローに住む者が居なくなってしまう」
景色を眺めて言う。何処か遠くを、見ているようだった。
「あんたはベロー地区が好きなのか」
「好きではないな。雪は降らぬし暑い。だが土地に住む者は違うだろう。あれは故郷と呼べる場所だ。家が無くなるというのは辛いものだからな」
そう言って。
馬車は走り続けた。まるで目的地を通り過ぎてもお構いなし。たどり着いたのは一本の街道。
地図を指差しミロコヴィルは言う。
「この道を進み続けろ。いいか、真っ直ぐだ。そうしたらシャンデラ王国にたどり着く。
尤も、徒歩は現実的ではないがな。それからベルロー、お前の言うお頭はお前を助けに来るのか?」
「来る。間違いなく」
「どんな人間だ? 伝言を伝えておこう。そしてシャンデラ王国に送り出す」
「頭に布を巻いてるコートの人。
伝言は…………あっそうだ『次は置いていかないでくださいね!』って伝えてもらえますか?」
「…………聞いておいてなんだが、自分で伝えたらどうだ? まあいい。くれぐれも、道中は気をつけろよ。ではいつかまた」
ミロコヴィルは馬車の扉を閉めた。運転手もグルなのか、何も言わずに馬に合図を送る。
朝方の街道には俺とベルロー。彼女的にはドラマチックな別れだ。
俺は終始振り回されていたわけか。
ここに来て怒りがまた湧いてくるとは思わなかった。
「俺…………骨折り損じゃないか……?」




