七十三話 冠蛇本格退治
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快復したなんて言えない体。踏み出す足が次の一歩を拒否しているみたいだ。騙し騙し歩いて合流地点へ。俺が最後だった。
「冠蛇を見つけた者は?」
ミロコヴィルがそう聞く。ベルローは何も見なかった様子だ。手を挙げて、自分の見つけた冠蛇の事を伝えた。それから毒の危険性も。
「一人で戦うなと言ったのにな。まさか自分からその約束を破るとは」
「三匹だったんだよ。一人で倒せるかと思って油断した」
冠蛇の排泄物が転がる地面。それらを避けて木に寄り掛かり、膝を山折にして座る。ベルローの解毒剤が役に立った。さっきよりも気分が落ち着いている。
「冠蛇はどの程度いたんだ?」
「俺が見たのは三匹だけ。おそらく、もう少し進めば鉢合わせるんじゃないか」
確証はないが。まあ仲間の死体に気が付けば、辺りを彷徨くかもしれない。もう一度戻ってみる価値はある。
俺の体もだんだんと感覚を取り戻してきた。まだ吐気はあるが許容範囲内だ。
立ち上がる。ベルローの手は借りなかった。これだけのことで借りを作るのは癪なのだ。
「お前は真ん中にいろ。ベルローが殿だ。先頭は私が歩く」
「逆の方がいいんじゃないかな。私は眼が見えてるから、いち早く気が付けるよ」
「それもそうか。魔眼は便利なものだな」
「制約も多いけどね」
隊列はこうだ。
魔眼で夜目の効くベルローを先頭に据える。松明で辺りを照らすのは、殿を務めるミロコヴィル。体調不良の俺は真ん中だ。
三人で歩く。俺の進んだ道だ。戦闘の痕跡と、胴体が切り分けられた三匹の冠蛇を見つけた。それ以外に痕跡らしい痕跡はない。
これらを餌に待ってみるかとも考えた。
可能性に賭けて時間を浪費するよりは自ら行動した方がずっと効果的だと結論する。
「死んでるのにまだまだ毒は健在だね……指が痺れちゃった」
しゃがんで観察していたのではなく、指で突いていたとは。ベルローの好奇心は賞賛に値するが、遊んでいては埒が明かない。
「おい自分で実験しようとするな。これから戦うんだぞ? 分かってるのか」
「わかってるよ。だから戦いの前の下準備。体表に分泌される毒は、この程度だってね」
粘性のある液に包まれた指先で、俺を指す。確かに痺れているようだ。人差し指は痙攣しピンと伸ばすことも出来ない。
そんな状態を俺に見せつける。
興味を惹かれたか、ミロコヴィルも顔を覗かせた。
「どれほどの痺れなんだ?」
「力を込めたら動かせるけど…………普段の感覚では動かせない。素手で触るのは厳禁だね」
「もちろん噛まれる事にも注意しろよ。噛まれたら全身が動かせないからな。地面に倒れて終わりだぞ」
俺は釘を刺した。動けなくなるだけで済んだからよかったものの、呼吸困難にでもなったら笑えない。
再度隊列を組みなおして森の奥へと進んでいく。おどろおどろしい雰囲気にやられそうになる。ここで全員の足が止まる。
「いる。冠蛇だよ。大量だ」
「数は分からないのか?」
「とにかく大量にいる。数えるのが億劫になるくらい」
「目に見える敵は全て倒すぞ。いいか、一匹も打ち漏らすな」
「わかってる。それで、どうやって戦う? 一人が一匹ずつ相手にするのか」
「それしかない。魔法を使って広範囲を攻撃すれば森にも被害が出る。面倒な魔物に目を付けられるかもしれないからな」
「了解。気を付けつつ数を減らしていくか」
さっきの反省を踏まえた俺は、両手に武器を握った。冠蛇は体長の小ささも相まって倒しやすくはある。
現にこうして、メイスで叩くだけで息の根を止められる。
一匹倒すと他の冠蛇がこちらを向く。この場にいるすべての冠蛇が敵意をむき出しにしたのが分かった。
多勢に無勢という言葉は自然界にも存在する。一斉に襲い掛かってくる奴らの勢いは留まるところを知らない。
ベルローの短いダガーは、抜き身であるがその刀身に刃物は見えない。鈍らだ。顔の前にそれを構えると独り言を呟く。魔法の詠唱か。ならダガーは杖の役割を担っている。
俺の想像は当たっていた。ベルローの独り言が終わった後、切っ先を前に示すと、地面の土はねじれて円錐の形をとった。
一撃の火力ではなく数で攻める。冠蛇への対処法としては理に適っているように思えた。
前衛の幾匹もが屍となるが、それでも勢いは止まらない。仲間の遺骸を乗り越え掻き分け。依然としてその敵意を滾らせている。
今度は俺とミロコヴィルの出番だ。互いに魔法を使わない近接戦闘職。ミロコヴィルより一歩遅れて前に出る。
両手を振り回して二匹ずつ狩る。運が良ければ、巻き込んで倒せる。
だが隣の――正確には距離は離れているが――ミロコヴィルは、扱いづらい独特の長剣で、文字通りに薙ぎ払う。
彼の剣は薄くしなやかなブレードだ。切れ味は言うまでもないが、高い技量を要求するものだろう。俺には無理だ。
こうして適当に、打って切ってを繰り返すようなぞんざいな武器が、俺には向いている。
数分間、俺たちは冠蛇を狩り続けた。全身に広がる酸素不足が顕著になってきた。攻撃の手が緩む。
それでも止まらない。相手の方から勝手に、いくらでもやって来るのだ。ベルローの魔法を避けるために背後にステップ。一時的に数が減っても、湯水の如く湧いて出てくる。
全身を動かして命のやり取りをしていれば、疲労なんて一瞬で困憊である。
「まだまだ見えるか? ベルロー!」
「終わりなんて、わかんないよ。黙って仕事して!」
イライラが溜まっているらしい。終わりの見えない仕事は、いつだって腹立たしい。
幸いなことに誰一人として毒に犯された者はいない。良い兆候だ。だがこのままだとも限らない。いっその事、ここら一帯を焼き尽くしてしまえれば。
たった一つの炎魔法でも燃え移るだろう。ここは可燃物だらけだ。ただ俺たちも酸欠になるが。冠蛇の頭を潰す。胴体を切り離す。
「ミロコヴィル、少しの間一人で頑張ってくれ。ベルローへの作戦がある」
「早く済ませろよ。それと、その作戦を教えろ」
「ベルローが放つ魔法を、もっと大規模にして倒す。全部とはいかなくても多くを減らせると思わないか?」
「なんでもいいが倒せるのなら。わかった」
次々と倒して、次々と現れる。俺は一度、大きく背後へと退いた。足がもたれて倒れそうになる。
「地面から出すあの魔法、もっと大規模にできるか?」
「できるけど、それじゃあ君たちを巻き込んじゃうよ。それに、魔力を込めるのに時間も掛かるし」
「出来たら合図してくれ。俺とミロコヴィルも、それを目安に後ろに下がるから」
それを言うと俺はまた前線に戻る。
「あっちょっと! まったくさ。どうなっても知らないからね……」
ミロコヴィルが、左から右へ刃を振った。その下を潜り抜けるように現れては冠蛇を倒す。
魔法に集中するベルローには、一匹も近づけさせるわけにはいかない。
「作戦はどうなった、うまくいきそうか?」
「どうだろうな。ただまあ、言ってしまえば攻撃の巨大化だからな。それにこの状況……やってもらわないと困る」
「合図があったら俺たちが退くのか? それとも後退しつつか?」
「退くん……だ! ベルローが合図するから、そしたら俺とお前は後ろに下がる」
キリの無い猛攻を凌ぐ。合図はまだかと待ち続けた。短刀は血脂に濡れて上手く斬れない。ようやく、合図が掛かったのがその時だった。大きく叫ぶ声で「下がって」と聞こえた。
音に驚いて体勢を崩すが、首根っこを掴まれ連れていかれる。
直後、俺がいたはずの地面は数えきれないほどの円錐を成して、冠蛇を一掃する。
それでも障害物の間を縫ってこちらを目指す諦めを知らない冠蛇がいる。
「どうやってもいいんだよね?」
「もうこの際だ。適度にやってくれ」
そう言われて、ベルローはダガ―を前に構えた。それは狙いを定める動作。俺の耳には届かない小さな声で詠唱し、そして小さな小さな球を生成した。
速度の出ないそれは浮遊し飛んだ。土の円錐の隙間を通り抜けた先えで、それは炸裂する。直後、体が引き寄せられた。強い引力に、持っていかれそうになる。
踏ん張りを効かせ、その場に立ち尽くす。二十秒か三十秒か。そのぐらいだ。
ようやくおさまった頃には、木々は禿げあがり落ち葉は綺麗さっぱり消えていた。ついでと言わんばかりに冠蛇の姿も見えなくなっていた。




